集団遺伝学の中心的な洞察の一つは,一つの集団(個体群)を個別の生物個体の単なる集まりではなく,遺伝子全体を集めたプールとみなすことである。たとえば,ガの翅の色を決定する遺伝子は,それぞれ明るい翅または暗い翅の原因となる異なったタイプ—専門用語では対立遺伝子(アレル)—をもっていて,それぞれは集団のなかで異なった比率すなわち頻度で生じる。いずれかの時点で,両方のタイプの対立遺伝子が,生物の一つの集団に同数だけ存在していて,なにかの新しい要因—新しい捕食者,あるいは大気汚染の状態の変化—によって暗色の翅をもつガが長生きし,したがってより多くの子をなすことができるようになったと想像してみてほしい。彼らの有利さはかならずしもそれほど大きいものである必要はなく,暗色型の翅をつくる対立遺伝子がわずか1%,雑種第一代で50%から51%に増えるだけで,時間がたつうちに,暗色型の変異が集団のなかでますます大きな比率を占めるようになる。これが自然淘汰の仕組みである。それは対立遺伝子の頻度を変え,やがて,時がたつうちに個体の外見を変えるのだ。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 29
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