クエン酸回路は,もう一つ別の理由でも魅力的である。それは自分自身をもう一個つくりだすのである。回路が一回りするとき,最初にあった一つの分子を二つに変身させ,それぞれが新しい回路とそのすべての分子を産み落とし,結果的に,四分子をつくりだす,……ということがつづく。科学者はこの性質を自己触媒反応(autocatalysis)と呼んでいるが,これは現在の細胞と原始的なRNA複製因子を同等に定義するためのしゃれた用語である。
クエン酸回路の自己触媒反応は自身を直接コピーするわけではないし,回路の他の分子をコピーもしない。その代わりに,回路の反応のネットワーク全体を通じて間接的にコピーされるのだ。仮想のRNAレプリカーゼは自己複製分子ではあるかもしれないが,クエン酸回路は化学反応の自己触媒ネットワークなのだ。これは,クエン酸回路の欠点ではなく,生命の特性を定義するのに,RNA複製因子とその遺伝情報は必要ないかもしれないという,もう一つのヒントなのである——生命は遺伝子に先立って存在することができるのだ。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 75-76
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