感謝の気持ちを忘れないことと似た態度としては,好ましい経験を「満喫する」という態度も重要であるという報告がされている。ブライアントとヴェロフによると,日常生活での平凡な経験でも,満喫する態度を持つことで非凡なものになるという。たとえば,通勤で東京駅の丸の内出口を利用する人であれば,普段は仕事のことに気持ちが集中していて東京駅舎の建築の美しさを立ち止まって鑑賞する時間などないだろう。しかし,信号を待っている時に東京駅の駅舎を鑑賞したり,オフィスビルの入り口に飾ってある花を眺めたりする瞬間を大切にすることで,日常生活への満足度が高まるという。なぜ東京駅舎の美しさは,最初に見た時には印象に残るのに,その後は完全に無視されがちなのであろうか?これは,初めての経験は人の注意を引くが,慣れるにしたがって新しい刺激や変化だけに注意が向くからであるという。ここには,前述のさまざまな出来事への適応と同じような心理的機能が働いていると思われる。つまり,意識して注意を払わない限り,美しい山々も川も田園も,すべて背景として潜み隠れてしまうのである。同様に,意識して注意を払わない限り,暖かい親友や家族の存在も当然のこととして受け取られ,感謝の気持ちを忘れてしまうのであろう。
大石繁宏 (2009). 幸せを科学する:心理学からわかったこと 新曜社 pp.140-141
PR