1906年に,ヘルマン・ロールシャッハに影響を与えたスイスの高名な精神医学者オイゲン・ブロイラー(Bleuler, E.)は次のように書いた。「1人の人のどのような精神過程も,どのような行為も,その人の過去の経験によって決められたようにしかならない。どの行動も,すべて全体としての人間を表している。人の筆跡や人相,手の形,あるいはスタイルや靴のはき方さえからも,その人のパーソナリティの全体を推測しようとすることは,根拠のない野望とはいえない」。
1930年代末に,ブロイラーの考えはアメリカの心理学者ローレンス・フランクによってさらに推し進められた。フランクはブロイラーと同じように,人のすべての行動は内面を表わしているという考えをもっていた。「パーソナリティは,人がすべての状況に押す一種のゴム印のようなものとみなすことができ,その人が1人の人間として存在するのに必要な形を与えるものであるといえる」。
自己報告式質問紙検査の大きな弱点は,人が個人としての自分自身を完全に表現することを妨げ,自分を社会的に決められたカテゴリーに当てはめてしまうところにあるとフランクは述べた。解決法は,インク図版のような構造化されていない刺激,または「場」を与え,それに対して反応を求めることであった。「構造と文化的型をあまりもたない場(事物,材料,経験)を与え,パーソナリティがその可塑的な場に,生活についての見方,真意,意味,型,そして特に気持ちを投影することができるようにすることによって,人が経験を組織づけるやり方をあらわにするように誘導することができるだろう。このように,人は場を組織化し,材料を解釈し,それに対して情動的に反応するはずなので,私たちはその人のパーソナリティの『私的世界』の投影を引きだすことができるのである」。
こうしてフランクは「投影仮説」をもち込んだが,これはきわめて長く影響を与えた考え方であり,ロールシャッハテスト,ならびにそれと同様の検査がどのようにはたらくかを説明するのに今でも時々用いられる。フランクは物理学から比喩をもち込む傾向があったので,ロールシャッハテストとその他の「投影」検査をエックス線撮影にたとえた。これはブルーノ・クロプファーがやがて採用することになった比喩である。
J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 p.73
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)
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