彼らの発見したことは,今日では広く学校で教えられているため,それがまだ驚異的なことであったころに戻るのは難しい。ラザフォードが気づいたのは,頑丈で破壊できない原子が,実はほとんどがらんどうだったということだった。ここで1つの比喩を使ってみよう。隕石が大西洋に落下したと想像していただきたい。しかしこの隕石の旅は,どぶんと海に沈んで,そこでお終いとはならない海底に激突して,轟音が響く。そしてなんと,跳ね返ってビューンと海の外に飛び出してくる。この奇妙な現象を説明するには,大西洋の海面の下は,なめらかな海水がずっと続いているのではないとみなすほかない。考えてもみていただきたいが,先入観を打ち破ってこのことに気づくというのは,なかなかできることではない。実はこの隕石の比喩は,ラザフォードが理論的に導き出したことを,大西洋の構造になぞらえて表現するために創造したものだ。ラザフォードの原子構造のモデルを,この喩え話の架空の大西洋の構造に置き換えて説明すると,次のようになる。つまり,海面はごく薄い水からなる弾性を持った膜なのだが,その下はというと,深い波と海流と何トンもの水が存在するのだろうという長年のわたしたちの憶測とはうらはらに,何もなかったのである。
デイヴィッド・ボダニス 伊藤文英・高橋知子・吉田三知世(訳) (2005). E=mc2 世界一有名な方程式の「伝記」 早川書房 p.110
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