今日,医学は化学と密接に結びつけられているが,その昔は,病気の原因と治療を物理学に求めようとする治療師たちがいた。フランツ・アントン・メスメル(1734-1815)は,健康と磁気のあいだにつながりを見出したと思い,ほかのエキセントリックな科学者と同じく,ひとたびその関係に気づくや,この偉大な発見への転向に人生をささげた。メスメルは生まれ故郷のオーストリアで聖職者になるための教育を受け,次に法律を学び,33歳というかなり遅い年齢で医師の免許をとった。
メスメルは,当時流行の天文学理論とニュートンの万有引力の法則を,動物磁気という自分の生物学モデルのなかに取りこんだ。彼の理論では,すべての生物の内部に,中国医学の「気」にも似たエーテル様の流体が存在し,それが生体の活力をつかさどっているとした。良好な健康状態は,体内の磁気の流れが,宇宙を満たす磁気の流れと釣りあっているときにもたらされる,と彼は結論づけた。もしその均衡が崩れたら,磁石で流れを元どおりに整えることで秩序は回復できる,というのである。
当初,メスメルは患者の身体の各部に小さな磁石を取りつけたにすぎなかった。やがてパリに移り,その地で目ざましい成功を収め,一度など,2万リーヴルを積まれても治療法の秘密を明かさなかった。じきに彼は,自前の豪華な設備をもつ医院で集団治療をはじめるまでになった。患者たちは,水と鉄粉の入った浴槽のそばに座り,その両脇から突き出ている鉄棒をしっかりと握った。
メスメルは医学の主流派から激しく非難されたが,芝居じみた言動をいっそう増幅させたので事態はいっこうにおさまらなかった。ほどなく,集団治療は交霊会の様相を呈するようになる。メスメルの強烈でカリスマ的な人格は,その儀式で,前にも増して重要な役割を担った。彼はライラック色のマントをまとい,細い鉄の杖を振り動かしながらその儀式をとりしきった。そして,最終的には磁石の使用をやめ,宇宙の流動体を彼自身の身体を通して,あるいは鉄の杖を介して,患者へと送りはじめた。
メスメルの動物磁気説は,もちろん何の根拠もなかったのだが,メスメリズムとして知られた催眠術を考案したことによって,たしかに彼は科学に永続的な貢献をした。これは,奇人の発見能力(セレンディピティ;ホラス・ウォルポールの造語であるが,彼もまた奇人だった)の好例である。メスメルの鉄の杖と動物磁気説は,いまや「はったり」の同義語になりさがっているが,彼の催眠術のテクニックは,今日でも正当な医学の現場で,多くの実際的な用途に使われている。
デイヴィッド・ウィークス,ジェイミー・ジェイムズ 忠平美幸(訳) (1998). 変わった人たちの気になる日常 草思社 pp.117-119
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