脳機能イメージングで示される「局在」は,こうした広汎なネットワークの中で,同時に活動するニューロンの数が多く,血流変化としてそれが検知できる部分のみであるといってよい。ややとっぴなたとえになるが,脳活動を新聞社の活動に置き換えてみよう。脳機能イメージングでは,脳の部位ごとの血流の相対的な変化を,その部位の活動とみなす。では新聞社の各部門の活動はどのように評価すればよいのだろうか。新聞社の最大の出力は,活字による情報だろう。その部門で作られる活字情報の量が,新聞社の各部門の活動の最も的確な指標かもしれない。しかし,執筆や編集作業の流れを正確につかむことは極めて困難な作業になる。同様に脳の各部位に生起している神経活動の質的な意味合いを正確につかむことは不可能だ。脳機能イメージングは,そうした質的な活動の代わりに,脳の各部位のエネルギー消費量が反映した血流を代用した。新聞社の評価を,出力される活字情報量ではなく,各部署で消費される電力で代用するようなものである。
新聞社の各部署ごとの消費電力で,社内の活動を測定するとどんな結果が出るだろうか。実際に測定したわけではないが,たぶん巨大な輪転機の回る印刷部門が最も電力消費の多い部署になるのではないだろうか。では,新聞社の活動の中心は,輪転機のある印刷部門であろうか。もちろん印刷部門がなければ新聞の発行はできないから,重要な部門であることは確かだ。しかし,新聞社の活動の中心はなんと言っても,取材や取材からえられた情報に基づく記事の執筆であろう。記事の執筆には多大なエネルギーは要さない。電力を指標とした新聞社の活動の評価では,記事の執筆という低エネルギー作業は決して明らかにはならないのである。運動をすれば,一時運動野や補足運動野の活動が最も目立つが,運動を可能にするエネルギー消費の少ない脳部位の活動は,脳機能イメージングによる検出感度以下である可能性があるのだ。もちろん,そうした制約があることは,脳機能イメージング法で研究を行っている研究者本人は熟知している。実験方法を工夫して,想定されるネットワークの全容を捉えることを目標に日夜努力を続けているのである。しかし,一般社会に流布される情報は,大きく脚色されている。
榊原洋一 (2009). 「脳科学」の壁:脳機能イメージングで何が分かったのか 講談社 pp.138-139
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