現在,学習の脳内過程として唯一確からしいと思われているメカニズムは,長期増強現象と呼ばれるものだ。長期増強現象は,シナプスが一定時間の間に頻回にわたって活動(神経伝達物質の分泌,シナプス後膜の脱分極)することによって,同じ刺激で,より大きな膜電位が生じるという現象である。プリスという研究者によって海馬で見出された長期増強現象は,記憶や学習のメカニズムを説明しうる最有力の現象だ。
長期増強現象によって,シナプスの数が増加しなくても,学習によって脳はより高い機能を遂行することができる。現在でも早期教育の効果の宣伝などに,乳幼児に刺激を与えて脳のシナプスを増やす,といった科学的に証明されていない情報が語られているのを目にする。学習や記憶のメカニズムは,シナプスの刈り込みやシナプスの整理などの,シナプスのミクロな構造の変化と長期増強現象などが複雑にからみあったプロセスであり,まだ十分に解明されていないのである。
こうしたミクロの構造上の変化を可能にするためには,もちろんエネルギーやシナプスの微小な構造の変化などが必要だが,決してそれは筋細胞がもりもりと太くなるような,大量消費モデルではなく,より少ないエネルギーで同等の効果を生じさせるような,エコロジカルな変化ではないだろうか。
榊原洋一 (2009). 「脳科学」の壁:脳機能イメージングで何が分かったのか 講談社 pp.128-129
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