では脳が活動している,というとき,それは何を意味しているのだろうか。それは,たとえば手を動かすという私たちが注目した神経活動に関わるニューロンのネットワークの中を流れる電気的信号(脱分極)が,手を動かさないとき(手を動かすという活動が休止しているとき)よりも増加しているということを示しているに過ぎないのである。では,手を動かすときに作動する神経細胞は,手を動かさないときには伝記的に活動していないのかといえば,そうではない。手を動かしていないときでも,手を動かすときに電気的な活動が増加する神経細胞も,ブドウ糖や酸素を消費しているのである。自動車でいえば,アイドリング状態にあるといってよいだろう。
PETで検出しているのは,たとえば手を動かすときと動かさないときの,手の運動中枢の血流の「相対的」な変化ということになる。相対的な変化を見る,ということからすぐに分かることは,1回の測定では何も分からないということだ。手の運動で言えば,手を動かしていないときに1回放射性同位元素を注射して測定し,こんどは手を動かしているときに再び放射性同位元素を注射して測定したガンマ線量の差を計算し,増加した部分に色をつけて可視化したものなのだ。
脳活動によって変化するのは,脳全体の血流の絶対量ではなく,その相対的分布なのである。PETで,まったく色がつかない部分は,森氏の本にあるように「活動停止状態」ではなく,注目している活動(たとえば手を動かす)によって,血流量に変化が見られない部分なのである。手を動かすという「注目している活動」によって,相対的に血流が増加する部分が,その注目している活動の遂行に関わっている可能性は高い。しかし,相対的血流の増加が見られないところは,その「注目している活動」に関係がないとは言いきれないのである。
榊原洋一 (2009). 「脳科学」の壁:脳機能イメージングで何が分かったのか 講談社 pp.64-66.
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