蛇足であるが,心理学で統計学がどのように生かされているかについて,大きな誤解をしている人がいるようである。これも心理学の間違ったイメージの原因の1つと考えられる。ある受験生の面接での発言がこの大発見(?)のもとになった。面接担当の教員(筆者)が「心理学では数学みたいなこともやるけれど,大丈夫ですか?」というような質問をした。それに対し受験生は「はい,心理学はデータと統計の学問ですから」と答えた。一見立派なやりとりであるが,筆者はこの受験生の答えに恐るべき誤解を嗅ぎとってしまった。それはプロ野球の野村監督のいわゆるID野球(「野球はデータや」)のような発想である。人の行動に関する膨大なデータを集め,それによって行動の意味や予測ができるようなデータベースを構築しているのが心理学だ,とこの受験生は思っていたのではないだろうか。つまり「2ストライク3ボールでは,打者は打っていこうという気持ちが強くなっているので,外角の落ちる球を投げればぼてぼてのピッチャーゴロで仕留めることができる」というたぐいの「データと統計」である。これを「心理学」に当てはめると,「一度彼女に振られた男は臆病になり,次の恋愛をするときには必要以上に相手に合わせようとし,その結果優柔不断と思われ,結局また振られることがある。その確率は統計によると約30%」ということになるだろうか。これはテレパシーの代わりの「統計」である。こういう法則は心理学には1つもありませんのでご注意を。
道又 爾 (2009). 心理学入門一歩手前:「心の科学」のパラドックス 勁草書房 p.117
PR