我々は,人類の歴史の移り変わりをどれだけ把握できるのか,そして未来の概略をどれだけ予想できるのか。これらの問題を考えるうえでも心に留めておかなければならないのは,ヨーロッパの歴史上,1914年までの100年間は穏やかな平和の日々であり,当時の歴史学者にとって戦争勃発は青天の霹靂であったということだ。アメリカの歴史学者クラレンス・アルヴォルドは,第一次世界大戦の後に次のように書いている。「地獄の申し子たちが,我が物顔に世界を蹂躙し,世界を修羅場に変えた。我ら世代が計画し作り上げてきた歴史という見事な創造物が,粉々に崩れ去った。我々歴史家がこれまで歴史から読み解いてきたものは,誤りだった。残酷なまでの誤りだったのだ」。アルヴォルドを含む歴史学者は,自分たちは過去の歴史における論理的パターンをすでに見つけたと考え,現代の人類の歴史は合理的な方向へ徐々に進んでいるはずだと信じていた。しかし未来は,悪意をもった驚くべき力の掌の上に身を預けており,その力はひそかに想像を絶する破局を準備していたのだ。世界史のうえで第一次世界大戦は,予測できなかった大激変の典型例である。この戦争は,「歴史上もっとも有名な迷い道」が引き金となって起こったものであり,そんなめったにない出来事など二度と起こりはしないと,楽観的に考える人もいるかもしれない。今日,多くの歴史学者は後知恵を頼りに,20世紀に起こった世界大戦はもっと大きな力が原因となったものであり,今でははっきりと将来を見通せるようになったと考えている。しかし,アルフォルドたちも1世紀前,これとほぼ同じ自信を抱いていた。しかも現在,彼らより聡明な者は,我々のなかには本職の歴史学者も含めてほとんどいないと思われる。
マーク・ブキャナン 水谷 淳(訳) (2009). 歴史は「べき乗則」で動く:種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 pp.11-12
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