ジェームズ・ワトソンとともにDNAの構造を見出したフランシス・クリックはかつて,「凍結した偶然」の発生が進化過程の本質であると指摘した。偶然発生する遺伝的変異はほとんどの場合,生物の生存能や生殖能を奪い,そのため突然変異した系統はたいてい絶滅へと進む。しかし稀に,適応性を上げるような突然変異が発生し,それが定着して集団へ広がっていくこともある。ひとたびこのようなことが起こると,その偶然の出来事はその場で凍結し,その生物種のさらなる進化は必然的に新たな出発点から始まることになる。このように,進化とは累積的なものである。あらゆる凍結した偶然は,過去に凍結した一連の偶然のうえに付け加わり,時間の流れに従って先へ進む曲がりくねった道筋を構築する。この道筋は歴史に深くかかわっており,凍結した偶然はまさに歴史の不確実さを具現化したものである。
マーク・ブキャナン 水谷 淳(訳) (2009). 歴史は「べき乗則」で動く:種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 p.96
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