1990年代に研究者たちは,世界中の株式や外国為替の市場における変動をより徹底的に調べ,どの場合にも,べき乗則と,固有の大きさをもたない激しい変動という,同様の性質が成り立つことを見出した。たとえば1998年,ボストン大学の物理学者ジーン・スタンレーは,研究者を率いて,有名なスタンダード&プアーズ社500種平均株価(S&P500)の変動を分析した。この平均株価は,ニューヨーク証券取引所の大企業500社の株価をもとにしており,市場全体を表わす1種の指標となっている。スタンレーたちは,1984年から1996年までの13年間にわたって15秒おきに記録された,450万点という驚くべき数の株価データを使って研究した。この期間の平均株価は,長期的なゆっくりとした増加傾向と,それに伴うたくさんの不規則な上昇と下落とを示していた。
この変動をきわだたせるには,単純に長期的な傾向を無視し,さらに株価が上昇したのか下降したのかも無視してしまえばよい。こうして1分ごとの株価変化の大きさだけを表わすようにすると,問題点をもっと浮き彫りにしたグラフを作ることができる。このグラフは,ピークがたくさん並んだような形をしている。スタンレーたちはこの株価の変動を詳しく調べ,変動の大きさが2倍になると,その頻度は約16分の1になることを発見した。ここで重要なのは,べき乗則の数値ではなく,その規則的な幾何学的性質であることを思い出してほしい。この幾何学的性質は,大きな変動と小さな変動との間に質的な違いはないことを意味しているからだ。
このべき乗則が示唆しているのは,典型的な変動などというものは存在せず,上昇下降とも大きな変化は,どんな意味においても異常なものではないということだ。突然起こる大規模な変化には何か理由が必要だという考え方は,正しくないようである。たとえそれがしばしば起こることだとしても,これは我々の直感に反する。科学者は,べき乗則に従う分布をしばしば,「太い尻尾(ファット・テール)をもっている」と表現する。べき乗則の曲線は,釣鐘型曲線に比べて裾野が急激には落ちないからだ。分布の裾野部分は,極端な出来事に対応する。何物かが系をべき乗則へと調整すると,極端な出来事はそれほど稀なことではなくなる。実際それらを「極端」だと呼ぶことさえ,間違いなのだ。
マーク・ブキャナン 水谷 淳(訳) (2009). 歴史は「べき乗則」で動く:種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 早川書房 pp.232-234
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