社会は,いぜんとしてネオフィリックと「ロボット」に無自覚である。無自覚であるから,いいかげんないいとこ取りが「ためになる言葉」のような顔をして大手を振っていられる。現実のこのことは,ほんのつい最近の現象を振り返ってみるだけで,十分に確認可能だ。1995年,今からわずか10年前に,インターネットが急速に流行りはじめたとき,マスメディアは口をきわめて批判していた。一般の論調も,一部の人を除いて,冷ややかであるか無関心であるかだった。「新しいもの」にすぐにとびつくのは,軽薄であるかアメリカかぶれであるか,と多くの人が言っていた。中には,「国が亡びる」と言う人までいたほどだ。それから5年と経たないうちに,「IT革命は世界をユートピアにする」という記事を,同じ新聞が載せる勢いに一変した。けれども,そのことを誰も恥ずかしいとは思わない。人間社会とは,あきれるほどに未来志向なのである。
佐々木正悟 (2005). 「ロボット」心理学 文芸社 p.131.
PR