つねに危険が潜んでいたり不快なことの多い社会では,安心を与えるような宗教は見当たらない。逆に,そのような宗教が見られるのは,危険や不快なことの少ない社会である。たとえば,安らぎのある世界観をもたらそうと明白に企図された数少ない宗教システムに,ニューエイジの神秘主義がある。それは,人間はすべての人に,途方もない力が宿っていて,あらゆる種類の知的・身体的偉業が可能だとする。それによると,私たちはみな,宇宙にある神秘的だが基本的に慈愛に満ちた力に直結している。健康は,内なる精神の強さによって獲得される。人間の本性は,基本的によいもので,私たちのほとんどは,前世ではきわめて興味深い一生を送っていた。注目すべきは,安心感を与え自尊心を煽るこうした考え方が現れ広まったのが,歴史上もっとも安全で豊かな社会のひとつにおいてであった,ということだ。こうした信仰をもつ人々は,中世のヨーロッパや現代の第三世界の農民のようには,戦争にも,飢餓にも,乳幼児の死にも,不治の病にも,専制的な弾圧にも苦しんでいない。
パスカル・ボイヤー 鈴木光太郎・中村潔(訳) (2008). 神はなぜいるのか? NTT出版 p.29
(Boyer, P. (2002). Religion Explained: The Human Instincts that Fashion Gods, Spirits and Ancestors. London: Vintage.)
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