親子心中(特に母子心中)の場合,母親は20〜30代と比較的若く,なんらかのこころの病が自殺の引き金になっている例が圧倒的に多い。
多くの場合,背景に精神疾患が存在しているという事実を一般の人が知っているかどうかは別にして,わが国で母子心中が起きると,苦境から脱出する方法として自殺しか思いつかなかった母親に対して社会の同情が寄せられることはあっても,その母親が非難されることはまずない。
このような苦境に追い込まれた母親の心の中では,自分と子どもが一体になっていて,もはや自分の死後に子どもが生き残ることなどおよそ信じられなくなってしまっている。子どもの生命を絶つことは,けっして完全な他者を殺害することとは考えられていない。自己の一部を抹殺することと同義になっていて,他者を殺害するといった意識はなかったと考えられる。自分が亡くなった後に,子どもだけが生き残ることなど,およそ想像できなかった母親の気持ちをわが国の社会はある程度受容する。むしろ,kどもを残して自分だけが自殺するといった場合の方が,個人は非難されかねない。
社会一般の風潮と一致して,法曹界も精神医学会もこの種の拡大自殺の概念をある程度認めているといってもよいだろう。母子心中を図ったものの,母親だけが生き残ったような場合,ほとんどの例で,精神科治療の対象となることはあっても,厳罰に処せられるようなことは稀である(当然のことながら,最近のように,保険金を得ることを目的に母子心中を偽装するなどというのは,厳しい処罰を受けるべきである)。
たとえ同じ現象が起きたとしても,このように文化によって解釈が異なってくるのだ。とくにアメリカ社会はこの種の「他殺・自殺」を引き起こした親に対しては非常に厳しい態度で臨む。個別の意志と尊厳を有する存在として認めることがアメリカ社会の大前提であることを反映しているのだろう。
高橋祥友 (2003). 中高年自殺:その実態と予防のために 筑摩書房 p.82-84
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