実際のところ,状況はこれよりももっと悪いかもしれない。何世紀もの間,哲学者たちは,心の管理のこうした失敗が人々をおかしな信念に導くと述べてきた。しかし,心がどのようにはたらくかを解明するために,哲学者たちがもっていた道具は,内省と推理だけだった。心理学者たちがこれらの道具を実験でおきかえてはじめて,明快で確実な信念から私たちを遠ざけるようにさせる,一連の心的プロセスが発見された。たとえば,次に挙げるものだ。
・多数意見(コンセンサス)効果 人は,ある光景を見た時に,その印象を他の人が述べることに合わせる傾向がある。たとえば,ある顔を見た時に,怒りの表情として感じても,まわりの人々がその顔を軽蔑の表情として見ているのなら,それが軽蔑の表情に見えると言ってしまう。
・誤った多数意見効果 多数意見効果とは逆に,ほかの人々も自分と同じ印象をもっていると誤って思ってしまう傾向のことを指す。たとえば,ある光景を見た時に,その光景を見たほかの人々も自分と同じような感情を抱いていると思ってしまう。
・生成効果 自分が生成した情報は,見たり聞いたりしただけの情報よりもよく記憶されている。特定の光景を思い浮かべて自分から報告した細部は,実験者から指示された細部よりも,あとでよく思い出せる。
・記憶の錯誤 実験心理学者にとって,偽の記憶を作り出すことは簡単にできる。この場合に,人は,実際には想像した項目であるにもかかわらず,見たり聞いたりしたと直観的に思ってしまう。同様に,自分が特定の行為をしているところを何度も想像するうちに,その行為を実際にしたという錯覚が生じる。
・情報源のとり違え 特定の状況におかれると,情報源について混同することがある(自分の推論だったのか,それともほかのだれかの判断だったのか?聞いたのか,見たのか,それともなにかで読んだのか?)これが,その情報の確かさの評価を難しくする。
・確証バイアス いったん仮説をもってしまうと,それを確証するように見える肯定的な事例に気づきやすくなり,そうした事例を想起しやすくなる。逆に,否定的な事例には気づきにくくなる。肯定的な事例はその仮説を思い出させ,証拠とみなされる。否定的な事例はその仮説を想起させず,したがって証拠とはみなされない。
・認知的不協和の低減 人は,以前の信念や印象の記憶を,新しい経験に照らして再調整する傾向がある。もし新しい情報がある人物の印象を形成するなら,たとえ以前の判断が実際にはそれと逆であっても,自分が最初からその印象をもっていたと思う傾向がある。
パスカル・ボイヤー 鈴木光太郎・中村潔(訳) (2008). 神はなぜいるのか? NTT出版 pp.390-391
(Boyer, P. (2002). Religion Explained: The Human Instincts that Fashion Gods, Spirits and Ancestors. London: Vintage.)
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