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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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祖父母のふるまいが影響

本章の重要なメッセージは,両親や祖父母の環境や行いは,さまざまな形でわたしたちに影響するということだ。たとえば,体や脳の発達を変化させたり,糖尿病になるリスクを高くしたり低くしたりするのである。そうした環境のストレスは,エピジェネティックに,いわゆる「やわらかな遺伝子」によってわたしたちに伝えられる。病気や死亡の原因となるライフスタイルや環境の危険因子を特定するのが難しいのは,わたしたちが間違った場所を間違ったタイミングで見ているからなのかもしれない。アンケート用紙は100年前の祖父母にあてて送るべきだったのだ。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.195
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孫に影響

エベルカーリクスの教区で1905年に生まれた303人の成人に注目した研究では,1803年から1849年までの収穫と食料価格から,親と祖父母が入手できた食糧の量を推定した。女の子の卵母細胞(卵子のもと)と,男の子の精祖細胞(精原細胞。精子のもと)は,通常の細胞の半分の染色体(23本)を持ち,それぞれ生殖腺に蓄えられる。エベルカーリクスでの研究は,思春期直前の9歳から12歳まで——それまで陰のう内で守られていた精子が移動しはじめ,そのDNAがエピジェネティックな修飾を受けやすくなる時期——に焦点を当てた。
 最初の結果は驚くべきものだった。祖父母が過食したグループは,祖父母が飢饉を経験したグループより,平均で6年早く亡くなっていたのだ。対象の枠を広げ,性別で分けると,相関はいっそう明らかになった。12歳以下で飢饉を経験した男性の息子の息子(孫)の寿命は長く,心臓発作で死亡する確率は低かった。祖父が過食すると,孫は,心臓病で早死するリスクが高まるだけでなく,糖尿病のリスクも4倍高くなった。相関がはっきりと見られたのは男性だが,女性にも同じような相関が見られた。しかしその場合も,同性同士においてだった。女性は祖母の習慣に,男性は祖父の習慣に影響されていたのだ。つまり,飢饉の間に祖父母の卵子や精子に何かが起きると,それは同姓の孫に影響するのである。ブリストルでなされた追跡調査では,166人の父親の早期(11歳以下)の喫煙は,息子の肥満を導いたが,娘には影響しなかった。思春期前の過食も,次世代に同様の有害な影響をもたらした。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.189-190

フラッシュバックと時代

キングス・カレッジ病院の精神科医であるサイモン・ウェセリー教授によると,PTSDと診断された元軍人の多くは,フラッシュバック(無意識のうちに,過去の記憶がきわめてリアルに思い出されること)などの症状を訴えている。実を言えば,それは新しい医学的現象で,第一次世界大戦後の時代にはまだ知られていなかったし,当然ながら,そんな症状を報告する人はひとりもいなかった。したがって,それを報告する人が出てきたのは,フラッシュバックを描いたテレビや映画のせいではないか,と疑う識者もいる。ある心理実験(被験者の家族に「子どもの頃ショッピングモールで迷子になった」という嘘の証言をしてもらうことで,被験者に嘘の記憶を埋めこむことに成功した)は,トラウマになるような子ども時代の記憶が,たとえ偽りであっても,容易に多くの人に埋め込まれることを示した。その影響されやすい人々は,真実を告げられても,信じようとしないのだ。
 このことは,現実の記憶と,でっちあげられたトラウマの記憶を区別することがいかに難しいかを示している。原因が何であれ,それが現実なのだ。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.163

虐待は決定的か

では,虐待された子ども(ある概算によると,子どもの5人に1人は虐待されているそうだ)は皆,問題を抱えた大人になるのだろうか。サイコセラピストは一般にそう考えているようだ。しかし,1997年にフィラデルフィアでリンド博士とトロモヴィッチ博士が行ったアメリカの59大学の調査結果のメタ分析と,人口に基づく7つの研究は,その見方に断固として異を唱える。
 博士らは,虐待は避けがたいダメージをもたらすという見方が広く浸透しているが,それは特異な事例に基づくものだ,と結論づけた。そして,一般市民と大学生を調べた結果から,子どもへの性的虐待は必ずしも害を及ぼすわけではなく,それを経験した女性の33パーセントと男性の60パーセントは,「自分は虐待の影響を受けなかった」と述べていることを報告した。奇妙なことに,大学生のごく一部は,そのような接触(おそらく家族による愛撫など)を「好ましい経験だった」と報告しており,精神的ダメージの程度は,子どもがその接触を「合意の上」と見なしているかどうかにかかっていることを裏づけた。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.160-161

親の影響2%

環境(外的要因)には2通りあり,ある人の固有の,ランダムな要因(たとえばスリに襲われたり,事故に遭うといった経験も含まれる)と,家族や兄弟に共通する要因(たとえば住宅環境など)に分けられる。行動遺伝学者は,家庭環境(育児の仕方も含む)がどの程度,子どもの性格に影響するかという謎を追ってきた。その謎を解き明かす目的で彼らが行った双子と養子に関する研究は,2000年の時点で43件を超えていた。これらの研究の多くは規模が小さく,粗いものであったが,すべてを統合してメタ分析(複数の研究結果を統合し,分析・比較する方法)したところ,はっきりとしたパターンが見えてきた。
 エリック・タークハイマーが,43の研究のデータを全て統合したところ,親の影響による行動の違いはわずか2パーセントで,兄弟姉妹の影響で生じる違いと同程度だった。誕生の順番と年齢の影響はわずか1パーセントで,さらに重要性が低かった。この結果は,生まれた順番が性格に大きく影響するという心理学者の信念に,真っ向から対立するものだった。そして通常通り,50パーセントは遺伝要因によるもので,残りがその人に固有かランダムな要因によるものとされた。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.137

神の遺伝子

かつて,科学者たちが「神の遺伝子」を見つけたと発表したことがあった。彼らは,心理テストで判定した信仰心の強さと,遺伝子との相関を解析し,ある神経伝達物質輸送体に関する遺伝子,VMAT2を「神の遺伝子」として同定したのだ。しかし残念ながら,2007年以前の遺伝子分野でなされた多くの「発見」と同じく,後にこれは間違いだったことがわかった。
 わたしのグループは,50万個のDNAマーカーによる全ゲノムスキャンを行い,信仰(あるいは不信仰)の原因遺伝子を追跡し,かなり近いところまで絞った。イギリスの双子4000組のゲノムを調べて,15番染色体上の一連のDNAにはっきりとした印を見つけたのだ。それが見つかるのは,100万回に1回程度だった。この印のついた遺伝子を見つけようと,染色体を調べてみて驚いた。その印の近くに遺伝子は存在しなかったのだ。このエリアは,遺伝子学者たちには「遺伝子砂漠」と呼ばれている。なぜなら,タンパク質をコードする遺伝子がほとんど存在せず,無意味なジャンクDNAばかりが並んでいるからだ。だが,不思議なことに,病気と関係のある配列の多く(4つに1つ)は,こうした「遺伝子砂漠」と呼ばれる領域にあるのだ。その理由は,まだわかっていない。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.119-120

宗教遺伝子率

宗教は信者たちに,より多くの子どもをもつことを奨励する。1984年から2004年までの世界価値観調査の対象となった82カ国において,毎週宗教儀式に出席する女性は,平均で2.5人の子を持ち,そうでない女性の子どもの数はわずか1.67人だった。より厳しい正統派の宗教では,さらに驚くべき数字が出た。オールド・オーダー・アーミッシュの夫婦は,平均で6.2人の子をもうけ,他の厳格な宗教でも,出生率は平均的な女性の3倍にのぼった。しかし,きわめて厳格な宗教のコミュニティで育った人も,そこを離れて世俗に移ろうとする人もいる。
 最近,アメリカで,将来の宗教遺伝子(信仰深い遺伝子)率——厳格な宗教集団の各世代の出生率と,宗教から離れる人の割合から算出する——を予測する研究がなされ,驚くべき結果が出た。小規模な宗教集団の遺伝子は,今後も生き残るだけでなく,増加して,人口に占める割合を高めていくのだ。たとえばアーミッシュや正統派ユダヤ教徒は,現在,アメリカ全人口の0.5パーセントを占めるにすぎないが,出生率が通常の3倍にもなるため(ひとりの女性が平均で6人の子どもを生む),ひと世代ごとに5パーセントの信者が減ったとしても,10世代後にはアメリカの総人口の20パーセントを占めるようになる。たとえその集団の50パーセントが,宗教から離れて世俗の世界に入ったとしても,20世代後にはアメリカの多数派になるのだ。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.118

信仰心は遺伝する

わたしはよく,新聞や雑誌の記者から,これまでの双子研究で最も驚くべき発見は何でしたか,と尋ねられる。そんな時すぐ頭に浮かぶのは,「信仰心は遺伝する」という発見だが,多くの人にとってそれは信じがたく思えるようだ。病気や身長や体重が遺伝することは理解できても,信仰が遺伝するというのは理解できないらしい。おそらく,信仰心——あるいはその欠如——が遺伝する,という見方は,あまりにも遺伝を偏重しており,自分の行動は自分で決めているという信念にそぐわないのだろう。それでも科学は,信仰心の強さと精神性(スピリチュアリティ)は,家庭環境や教育のみならず,遺伝の影響も受けている,と語る。アメリカ,オランダ,オーストラリア,イギリスにおける双子研究によって,信仰に40〜50パーセントの遺伝的要素があることが明らかにされたのだ。
 なかでも驚かされるのは,宗教も礼拝の仕方も大きく異なるアメリカとイギリスで,信仰心と遺伝とのつながりに関して同じような結果が出たことだ。たとえば最近の研究によると,神の存在を信じている人は,アメリカでは調査対象の61パーセントを占めたが,イギリス人はわずか17パーセントで,3倍以上の開きがあった。逆に,神の存在を信じない人は,イギリスでは18パーセントだったが,アメリカでは3パーセントだった。さらに,日曜に教会へ行くかどうかも異なった。毎週礼拝に参加する人の割合は,アメリカのほうが,イギリスの3倍近く多かった。
 なかには,双子の信仰心が似ているのは,文化や家族の影響ではないか,研究の方法がずさんだったのではないか,と疑う人がいるかもしれない。しかし前述のミネソタ双子研究では,シャロンとデビーのように別々の家庭で育てられた数多くの双子の信仰心を調べて,同様の結果を得た。離れ離れに育てられた一卵性双生児でも,信仰心が篤いかどうかはとてもよく似ていたのだ。結論ははっきりしている。信仰心は,明らかに遺伝の影響を受けるのだ。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.104-105

ジェダイ教

2001年,イギリスの国勢調査で驚くべき結果が出た。39万人もの人が,自分の宗教は「ジェダイ教」だと答えたのだ。ジェダイとは,映画,スター・ウォーズ・シリーズに登場する,神秘的なエネルギー「フォース」を操り,銀河系の自由と正義を守る騎士集団で,その思想には東洋の宗教の影響が見られる。「ジェダイ教徒」と答えた人の大半はジョークだったが,1万6000人以上の人は真剣にそう答えたのだった。ジェダイ教は世界8ヵ所に支部があり,純粋さと慈愛と自然への敬意を信仰の柱としている。イギリスの国勢調査によると,ジェダイ教は現在,イギリスで4番目に大きな宗教団体で,「ヘビーメタル教」の6242人を上回っている。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.100

知能検査

ビネー式の知能検査(IQテスト)は,20世紀初頭にフランスのアルフレッド・ビネーが開発し,アメリカのルイス・ターマンが改訂して普及させて以来,100年近くにわたって,世界中で広く用いられてきた。双子と養子の研究では,IQには遺伝的要素が強いという,政治的論争を招きそうな結果がはっきり出ているが,IQの価値に疑問を投げかける調査結果も集まりつつある。ある研究でIQテストが実施されている国の10年ごとの結果を見たところ,その平均値は上昇しつづけていた。また,幼い頃にIQテストでトップクラスの成績をあげた人を追跡調査したところ,その大半は,それほど成功しないまま人生を終えていた。さらに悩ましいのは,非常に貧しい児童や恵まれない児童では,IQの遺伝的影響がほとんどゼロになるという結果が出たことだ。
 重要なのは,意欲ではないだろうか。最近の研究で2000人の児童について調べたところ,IQテストの高い得点は,意欲の強さと結びついていることが明らかになった。一方,得点が最低レベルだった児童は,意欲も低く,結局,自ら予測した通り,低い点数しか出せなかった。得点の高い児童は,賢い子だと思われたい気持ちが強かっただけなのかもしれない。IQテストは(ある人に言わせれば,人生もそうだが),IQだけでなく,個性と環境のテストと考えていいだろう。
 つまり,意欲は,数字として評価されないが,成功するために不可欠な要素なのだ。意欲こそ,天才の鍵となるもの,すなわち,長時間に及ぶ退屈なトレーニングに耐えられる子どもと,気が散ってすぐ投げ出してしまう子どもの違いではないだろうか。強さでも反射神経でも手先の器用さでも絶対音感でもなく,意欲こそが,長く探されていた天才の要素ではないのか。今ではほぼ忘れられているが,35年以上前に,61組の双子の女の子を調べていて,遺伝が意欲に影響していることを明かした研究がある。意欲をもたらす遺伝子を特定することができれば,それこそが天才になるために最も重要な遺伝子と言えそうだ。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.94-95

スポーツ能力の遺伝率

日常的にスポーツをする傾向が遺伝するのなら,スポーツ能力はどうなのだろう?数年前,わたしたちはオランダの研究者と協力して,大規模な双子の記録を調べた。4500組以上の双子のうち,300組以上が優れたスポーツ能力を共有し,20種目のスポーツのいずれかで国際レベルあるいは全国レベルの大会に出場していた。スポーツの競争能力には,遺伝が66パーセント影響していることがわかった。しかし,腕前も同じというわけではなく,たとえばテニスでは,一卵性双生児の腕前が互角である割合は,わずか50パーセントだった。そうした能力の遺伝率は,わたしたちが推定した,肺活量,筋力,筋肉量といった体の構造の遺伝率に近かった。ちなみに,わたしたちは最近,ケンブリッジの研究者とともに,心臓の健康状態も遺伝することを発見した。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.88

人間に備わった特性

マラソンの世界記録保持者にして,おそらく史上最速の長距離ランナー,ハイレ・ゲブレセラシェは,ケニア人ではなくエチオピア人だった。彼も5歳の時から走って通学したが,肌の色は別として遺伝子の構成は,エチオピア人の大半がそうであるように,ケニア人よりヨーロッパ人に近い。わたしたちは,肌の色で身体能力や知的能力を予測しがちだが,驚くべきことに,肌の色はわずか数個の遺伝子で決まり,その下にある2万5000個の遺伝子についてはほとんど何も語らない。実際のところ,アフリカのごく狭い地域に欧州全体をしのぐ遺伝的多様性が見られるのだ。
 人間の走る能力は,遺伝的な差が大きいとする見方自体,怪しくなってきた。600万年前に人類が他の霊長類から分岐したのは,2本足で長距離を走る必要があったからだという仮説が,現在注目を集めている。長距離を走ったのは,日差しの照りつける広大な平原で捕食者から逃げ,また,獲物を捕らえるためだった。短距離を競えば,人間は大半の動物に負けるが,人間は馬に勝てるし,実際,勝っている。こうしたことは,走るという能力が,ごく限られた人に与えられた稀な才能ではなく,本来人間に備わっている特性だということを示している。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.81-82

次はうまくいくよ

1960年代,アメリカの学校では,子どもたちはしばしばIQの高い順に並べられ,そのことは,IQの高い子にも低い子にも,長期的な悪影響を及ぼした。今,時代は,遺伝子検査と遺伝子決定論の方向に進もうとしている。わたしたちは再び知能検査の過ちを犯すつもりなのだろうか。どんな遺伝子を持っているかによって,わたしたちの心は硬くもなれば,過度に楽観的にもなるが,遺伝子ですべてが決まるわけではないのだ。
 たとえば,テストの点が悪かった時に,「次はきっとうまくいくよ」と力強く励まされたほうが,「ベストを尽くしなさい。でも仕方ないよ,遺伝的にはたぶん能力の限界なのだから」と言われるより,次はよい点がとえるはずだ。将来,遺伝子構造によって人の行動をある程度予測できるようになったとしても,遺伝情報から才能があると決めつけるのは,逆の効果をもたらすだろう。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.68

期待度

デンマーク人はなぜそんなに幸福なのだろう。彼らは最高レベルの気候やお金に恵まれているわけではない。むしろ,それらのレベルは低いのだ。答えは,デンマークでは社会的つながりが強く,またさまざまなものへの期待度が低いというところにある。同様に,2009年にアメリカで,州単位で行われた幸福度調査では,ルイジアナ(ハリケーン襲来前)がトップで,期待過剰なニューヨーカーたちは最下位だった。どうやら求めるものが少ないほど(そして,幸せを得ようと奮闘しないほど)幸せになりやすいようだ。つまり,過剰な楽観主義は,常に幸せに結びつくとは限らないのである。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.57

ユーモアの3要素

シリル・バートの教え子で,イギリスの行動心理学の草分けとして知られるハンス・アイゼンクは,1942年という暗い時代にユーモアを研究史,どんなジョークにも3つの要素があるという,今日,広く受け入れられている仮説を打ちたてた。ひとつ目の要素は認知に関わるもので,「わかった」という「落ち」,つまり,予想外の「ひねり」である。ふたつ目は能動的(積極的)なもので,他人の不幸に優越感を覚えることだ(たとえば,「水を張った樽に入った手足のない男を何と呼ぶかって?ボブ(浮き)だよ」というようなジョークがそれにあたる)。3つ目は欲求に関わるもので,性的な風刺やユーモア。最高に受けるジョークはこの3つの要素を兼ね備えている。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.52

バートの捏造事件

60年代に行われた双子研究は,環境重視派の社会学者から激しく批判された。彼らは,道義的な理由から,人格やIQが遺伝に影響されるという考え方に強く反発し,一卵性双生児の親は,子どもを同じように扱いがちなので,双子の人格やIQは似てくるのだ,と主張した。しかし実際には,親の接し方によって偏りが生じるという明らかな証拠はなく,さらに重要なこととして,仮に偏りがあったとしても,影響はわずかで,推定される遺伝率が数パーセント変わるだけなのだ。しかし,社会学者らのむやみな攻撃は人々の心を捉え,遺伝にまつわる発見の信ぴょう性が疑われるようになった。
 おまけに環境重視派は,双子の研究者の中に不正を働く人がいると,まことしやかに語った。格好の標的となったのは,イギリスの高名な教育心理学者,シリル・バート卿である。卿はIQの高い人々の交流団体である「メンサ」の名誉総裁にして,優生学協会のメンバーで,しかもIQは遺伝するという論文を発表し,11歳テスト(3種の中等学校に振り分けるためのテスト)の導入を指揮した人物である。こうした背景もあいまって,60年代,70年代を通じてバートへの風当たりは強かった。
 1971年にバート卿が亡くなると,かねてより卿を批判していた新マルクス主義の心理学者,レオン・カミン(「社会活動のための心理学者の会」のメンバーで,ネズミの心理を研究していた)は,さらにその動きを強めた。バート卿の研究記録やメモの原本が破棄されていたことを知ると,研究の実態を徹底的に洗いなおし,卿が犯した不正を自著において列挙した。1976年,ジャーナリストのオリヴァー・ギリーは,「タイムズ」紙の日曜版に寄せた記事の中で,その内容を公表した。複数の論文を調べたところ,被害者となった双子の数が増えているにもかかわらず,双子の相似性を評価した数値は,どの論文でもまったく同じだったのだ。ありえないことではないが,科学において,そのような一致はあまりに不自然だ。また,カミンとギリーは,バート卿は存在しない共著者をでっちあげた,と批判した。すでに亡くなっていた卿に反論はできなかった。実のところ,共著者はいたのだが,とばっちりを受けるのを恐れて身を潜めていたのだ。バート卿は詐欺師の汚名を着せられ,環境重視派は卿の捏造を証拠として,双子と遺伝に関わる発見のすべてを非難した。この事件で名を上げたカミンは,IQに遺伝性は皆無だ,とまで言い出した。環境重視派は勢いを盛り返し,遺伝学は20年近く忍従を強いられた。
 しかしその後,バート卿が推定したIQの遺伝率,60〜80パーセントという値が間違っていないことが,双子,養子,家族に関する研究の,1万人を超す被験者によって繰り返し証明された。そして卿の説は,80年代後半から積極的に受け入れられるようになった。興味深いことに,優秀な科学者が詐欺師の汚名を着せられるという事例は,バート卿やカンメラーに限ったことではない。アイザック・ニュートンは,音速の計算式が間違っていると批判され,重力理論は盗作だと中傷された。遺伝学の分野では,その始祖とも呼ぶべきグレゴール・メンデルが同様のそしりを受けている。メンデルは,エンドウ豆を研究して遺伝の概念や優性遺伝,劣性遺伝について初めて説明したが,豆を数える際に自らの予想に合うよう端数を切り上げたことを批判されたのだ。だが結局は,ニュートンと同じく彼も,その理論は正しかったことが証明された。環境重視派は,声高にバートや遺伝学を批判し続けたが,双子の研究が間違っているという証拠を挙げるには至らず,それらに多少の瑕があることを示したに過ぎなかった。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.40-42

刷り込み遺伝子

最近まで,こうしたエピジェネティックな変化は,限られた遺伝子——刷り込み遺伝子(父親か母親のどちらか一方から受けついだ場合のみ発現する遺伝子)——だけに起きると考えられていた。刷り込み遺伝子は,人間よりマウスに多く見られる。わたしたちはすべての遺伝子のコピーを両親からひとつずつ,合わせてふたつ受け継いでいることを思い出してほしい。そしてほとんどの動物の胎児が育つ過程では,父親の遺伝子と母親の遺伝子の熾烈な戦いが繰り広げられている。父親の遺伝子は,母親を犠牲にしても胎児を大きく成長させ,その生存の可能性を高めようとする。一方,母親の遺伝子は,自らの資源を保存して長生きし,さらに多くの子を生もうとする。マウスでは,通常,母親の遺伝子が勝利を収める。母親由来の数百個の遺伝子が,刷り込みによって父親の遺伝子を抑制し,胎児を母体にとって望ましい大きさに保つのだ。
 人間にはこうした刷り込み遺伝子が100個以上あり,胎児の大きさや発達に関して重要な役割を担っている。これらの刷り込み遺伝子は重要な役割を果たしているが,現在では,それ以外の2万5000個の遺伝子もまた,エピジェネティックな影響を受けている可能性があることがわかっている。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.37-38

メチル化

メチル化とは,細胞内を漂っているメチル基(Me)がDNAの特定の場所(通常はシトシン塩基)にくっつくことを言う。ちょうどキュウリのスティックに薄切りのオリーブを載せるような感じだ。メチル化した遺伝子はタンパク質を作れなくなる(これを「不活性化する」,あるいは「スイッチをオフにする」と言う)。通常,メチル化は遺伝子の働きや「発現」を抑制し,非メチル化(メチル化していた遺伝子からメチル基が外れること)は,遺伝子のスイッチを再びオンにする。非メチル化した遺伝子は発現し,再びタンパク質を作るようになる。突然変異と違って,メチル化・非メチル化は元に戻すことができるが,長期間にわたって続く場合もある。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.33

ルイセンコ学説

ルイセンコは大学という基盤を持たず,また,時間やお金のかかる複雑な実験もしなかったが,スターリンに手っとりばやい解決策を提供して権力と影響力を急速に拡大し,やがてソヴィエトの生物学の頂点に立った。アメリカやヨーロッパの著名な科学者が彼の春化処理の方法に興味を持ってやってくると,ルイセンコは温かく対応したが,その影で,彼の乱暴な手法や成果に異を唱える人や,メンデルやダーウィンを支持する人は反逆者と見なされ,銃殺されたり,終身刑で強制収容所へ送られたりした。1948年,ソヴィエトでは遺伝学は「ブルジョアの偽科学」として公式に禁止され,その状況は1964年まで続くことになる。
 しかし,ルイセンコの修正ラマルキズムには,ちょっとした問題があった。実のところ,そのすべては大嘘だったのだ。彼の実験で成功を収めたものはひとつもなかった。穀物の収穫量は増えず,木も育たなかった。しかし失敗は隠蔽され,事実を曖昧にするための実験が続けられた。そのせいで,数百万人の農民が餓死した。科学者の不在が長く続き,品種改良が進まなかったため,戦後のソヴィエトは恥を忍んでアメリカから食糧を輸入せざるを得なくなったのだ。一方,アメリカでは,伝統的なメンデルの遺伝学による品種改良が成功し,トウモロコシの収穫高は3倍になった。結局,ソヴィエト連邦は,軍隊やテクノロジーの遅れによってではなく,農業に関する遺伝学と生物学のしくじりによって崩壊したのである。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.30-31

「双子の大半は超能力者」?

お昼時のテレビ番組のプロデューサーは,超能力があると自称する双子に弱いらしく,わたしにもよく,そんな双子を紹介してくれないか,と頼んでくる。しかし,実のところわたしたちが調べた一卵性双生児の66パーセントは,自分には超能力はない,と断言した。当然ながら,このようなメディアから見て「つまらない」双子がテレビに登場して,「双子の大半は超能力者だ」という見方に異を唱えるようなことはないのだ。また,超能力心理学者と広告業者は,人間が(潜在意識や無自覚の刺激に導かれて)無意識の選択をすることを知っている。たとえば,自分とよく似た名前の友人を選びがちで,子どもや犬の名前にも何らかのこだわりがある。また,商品を選ぶ際にも,どこか馴染み深く思える商品を選びがちだ。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.21

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