ぼくが強く感じたもう1つは,本来はタコを食さない英国人であるヤングらがタコを対象としたという事実である。食さないどころか,英国ではタコはデビルフィッシュとして忌み嫌われている。確かに,よくよくみればタコは腕が8本もあり,そこに吸盤がつき,かつそれがにゅるにゅると動く。なんともグロテスクである。ぼくも含めて日本人はタコをたこ焼きとか寿司のネタという食べ物として見たり,漫画のコミカルなキャラクターとして見たりはしても,グロテスクとは見ないであろう。むしろある種の親近感さえ抱くのではないだろうか(実際に生きているタコに触るのはイヤだという人も多いだろうが)。
そのように考えると,英国人がどんな研究内容であれタコをその対象とするのは異質なことであり,異例中の異例ということではなかったかと思う。とくに,ヤングらが実際に研究をしていたのは,今から半世紀も前のことである。今でこそイギリスにもSushi Barがあるが,その当時は魚介類を生で食べることさえイギリスではまれであったろう。そういう時代にタコはデビルフィッシュそのものだったと思う。それをあえて研究対象とするのは,勇気さえ必要だったのではないかと想像する。
池田 譲 (2011). イカの心を探る:知の世界に生きる海の霊長類 NHK出版 pp.191-192
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