神経科学は脳の特定の状態と宗教的体験を含む特定の精神的体験との相関性を見事に示してくれたが,一部の者はこれを神秘体験や魂の不死に関する伝統的信念を文字どおり覆すものと考えてきた。こうした懐疑主義的立場によれば,一個の体験は脳によって引き起こされるか,非物質的存在(神あるいは魂)によって引き起こされるかのどちらかであり,その両方の関与によるものではない。体験の神経科学的説明は,超自然的あるいは宗教的説明を排除する。科学は超自然的なものの一切を説明し切ったというのである。
これは理に適った,十分にシンプルな説明であるように見えるかもしれない。しかしながら,これを否定する哲学者,科学者,神学者は大勢いる。人間の宗教的・道徳的信念の出所について,神経学的な,さらには進化論的な説明を行うのは,興味深い科学的試みである。それは「認知科学」と呼ばれる野心的な科学研究の一部として広く行われている。だが,この仮説によれば,宗教的,科学的,その他あらゆる信念のすべてが,まったく同じ,進化した神経科学的器官の産物ということになる。だから,こうした事実に注目しても,真実の信念と偽りの信念とを区別しようという我々の哲学的努力が前進を見ることはない。
トマス・ディクソン 中村圭志(訳) (2013). 科学と宗教 丸善株式会社 pp.165-166
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