すでに説明したように,筆者は神経・筋肉研究分野の「古典的」生理学が,「遺伝子研究」に学問の主流の地位を譲る変動期にめぐり合わせた。当時筆者が最も苦々しく思ったのは,この『ネイチャー』誌の態度であった。
筆者はこの雑誌に時々論文を発表していたが,ある時,投稿した論文を「筋肉研究者は数が少なく,したがってこれに関する論文は大多数の読者に注目されないので掲載できない」との理由で,論文審査なしに編集者によって却下されたのである。
筆者の国外の友人たちも,みな,同じ目にあい,「『ネイチャー』は筋肉の論文をもはや受け付けないそうだ」との噂がひろまり,彼らは『ネイチャー』を論文発表の際,考慮の外に置くようになった。
ノーベル生理学・医学賞受賞者のハクスレー氏は,筆者と30年にわたり親交があったが,やはり同じ理由で,論文掲載を拒否され,筆者の自宅を訪問された際,「Nature is no longer useful!」(『ネイチャー』誌はもう役に立たない!)と憤懣を述べられた。
このように,一般に絶大な権威と信用があると見なされている『ネイチャー』誌の正体は,現在流行の,したがって研究者数も圧倒的に多い学問分野の論文を恣意的に優先して掲載することによって購読者数を増やし,利益を増大させる商業誌,つまりビジネスに過ぎないのである。
杉 晴夫 (2014). 論文捏造はなぜ起きたのか? 光文社 pp.35-36
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