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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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学童期の時間

子供たちが10代半ばになるころには,思い出の隆起が作動し始める。学校の課題や試験勉強によって時間が引き延ばされることはあるが,こなさなければならない日課はしだいに減っていき,自由が増えて,それから間違いなく初体験の数々がやってくる。始めてのセックス,初めてのお酒,初めての恋,初めて故郷を離れ,自分の行動やあり方を初めて自分で決める。前述したとおり,この時期にはアイデンティティが確立されるため,これらの初体験は記憶にしっかりと刻まれてすぐに思い出せる。この時期の記憶が特に鮮やかなのは,新たに確立したアイデンティティの強化に役立てるためだと述べたが,私の意見としては,それ以外にも,成人の仲間入りをするこの時期が,追想的に時間を計るときの基準になることも原因の1つだと思う。数えきれないほどの新しい出来事に出会う時期は少なくとも20代半ばまで続き,そのころには私たちは記憶の数から時間の長さを判断するようになっている。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.185
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子どもの時間

新しい体験に満ちた生活を送っている7歳の子供を例にとって考えてみよう。すでにわかっていることだが,この子は大人に比べて時間がゆっくり過ぎると感じている。それがなぜかを理解するために,この子が時間の流れを予期的,追想的にどのように感じているか改めて考えてみよう。子供の場合は大人よりもパラドックスが生じることは少ないのだが,それは予期的に見ても時間が引き伸ばされる場合があるからだ。子供の生活は大人に比べてはるかに自由が効かないうえ,やりたくもないことをやらされる時間が多い。あなたも子供のころに,いつ終わるともしれないドライブ旅行に連れて行かれたことや,退屈なレッスンが早く終わらないかと思いながらいたずら書きをしていたことがあるだろう。その反対に楽しいことをしているとき,夢中になった子供は大人より充実した時間を過ごせるようだ。子供はビニールプールで新しい遊びを考えたり色々なことを試したりして,大人には真似できないほど何時間でも楽しく過ごしていられる。そんなときの時間の流れは速くて,速すぎると感じるくらいだ。彼らはプールから上がって昼食を食べなさいと言われて驚く。そばで見ている親にとっては,時間がゆっくりと流れていたが,遊びに夢中な子供たちは,あっという間に時がたったと感じていたのだ。夜になって寝る時間が近づくと,さらに時間は速く流れ,あと1回だけゲームをさせて,あと少しだけ遊ばせて,あと1つだけお話をして,と懇願することになる。子どもたちが経験するこの現象はホリデー・パラドックスの変形版で,予期的な時間の見方が大人に比べて未熟なために複雑化したものだ。子供の毎日は新しい経験に満ちているので,急いで学校へ行くように親から言われても,どんな探検のチャンスも逃したくない。道路工事をやっていれば立ち止まって眺め,犬に出会えば頭をなで,変わったことがあればすぐに見つけて,何でもやってみようとする。敷石の割れ目を踏まないように跳んで歩いたり,でこぼこした塀に登ってその上を歩いたりできるのに,なぜ歩道を歩く必要がある?つまり,子供の生活には退屈なことを無理やりやらされて時間がゆっくり流れるときも少しはあるが,全体として見れば,大人の休日と同じように面白いことにあふれていて,新しい記憶がたくさんあるため,あとで振り返ると1ヵ月,1年が引き延ばされているように感じるのだ。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.184-185

記憶とアイデンティティ

私が気に入っている説は,アイデンティティ(自我同一性)が関係しているというものだ。記憶とアイデンティティとの間には密接な関係があり,私たちはそのせいで思い出によって落ちこんだり苦痛を感じたりする。この記憶とアイデンティティの関係をヒントにすれば,思い出の隆起の謎が解けるかもしれない。ほとんどの人たちは青年期の終わりから20代初めにかけて,自分が何者で,何者になりたいかを模索する。例のジョンとリチャードの実験を行なったリーズ大学の心理学者マーティン・コンウェイが提唱したところによると,アイデンティティを確立するこの時期には特に記憶が鮮明になり,人はその記憶を何度でも振り返ることで,確立したアイデンティティが維持しやすくなるのだという。この説が本当なら,ある種の大きなアイデンティティの変容を青年期以降に経験した人は,その新たなアイデンティティを強化するために,2度目の思い出の隆起を経験するのではないだろうか。コンウェイはバングラデシュの人々の記憶を調べた際に,まさにこの2度目の思い出の隆起を発見している。バングラデシュの人々はパキスタンからの独立戦争を経験したあと,1970年代に新たな生活を始めたのだ。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.168

時間の目印

最近の2ヵ月を思い出して,夜に会った友人の数を数えなさい。

 あなたはおそらく,数ヵ月前に会った友人も最近会ったような気がして,数に含めてしまうだろう。間違いは簡単に生じるが,防ぐのもまた簡単だ。この方法を用いれば調査の精度を上げられるし,自分で時間の流れを評価する際にも間違いを少なくできる。質問の中に,時間の流れを示すはっきりした目印を入れればいいのだ。つまり,「去年,南海医者にかかりましたか?」ではなく,「元日から何回医者にかかりましたか?」と質問する。この場合は,目印である元日がしっかりとした拠りどころになるので,どの出来事がそれより前で,どの出来事があとだったか考えやすくなる。私たちは頭の中で記憶を組み立て直すときには,最小限の認識努力しかしないが,実際の日付を尋ねられれば,記憶をその他の目印と照らし合わせざるをえなくなるので,正しい答えが出しやすくなる。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.155

一年間の地図

ではこの種のテストで,時間の空間的可視化について何がわかるのだろう?マーク・プライスという研究者がノルウェーのベルゲン大学で,時間と空間の共感覚を持つ被験者に,1年の月がどう並んでいるか図を描かせた。その後,被験者をコンピューターの前に座らせ,1月から12月のどれかをランダムに画面に映し出す。このときは文字に色はついていなかった。被験者への指示は,ただ1年の前半の月に割り当てられたキーと,後半の月に割り当てられたキーを押すことだけだ。そこでプライスは次のようなことに気づいた。その人の頭の中にある1年の地図で3月が左上にあった場合,前半の月に割り当てられたキーが,キーボードの左側にあるときのほうが速く打てる。けれども前半の月のキーがN(右手側の隅)だと,打つのが遅くなる。地図のことは被験者には告げないし,理論的にはキーがどの位置にあっても同じスピードで反応するはずだ。けれども彼らはどうしても地図を思い浮かべてしまうため,自分の地図と一致するキーには速く反応できるのだ。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.107

時間処理のエネルギー量

イーグルマンの理論ならば,時計が止まっていると感じる錯覚も説明できる。最初のころの針の動きが遅く感じるのは,脳が秒針の動きを認識するのが初めてだからだ。その後,秒針が動くのを見続けるうちに,神経の発火や使われるエネルギーが減少して,時間が過ぎるという感覚も弱くなる。同じように,ぼんやりとした光より明るい光が点滅したときのほうが,長い時間,光っていたと感じるし,同じ時間でも,単純な曲よりも複雑で難しい曲が流れているときのほうが長く感じる。それは私たちが,時間を処理するためにどのくらいエネルギーを使ったかで,時間を計っているということだろうか?

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.80-81

3秒ごとに更新

作業記憶に関する数多くの古典的研究によって知られるようになったことだが,3秒という数字は,メモをしたり長期記憶にゆだねたりせずに,何かを記憶しておける時間である。つまり電話番号を聞いた直後なら,何もせずともその番号にすぐかけることができるが,他のことに気を取られたり(携帯電話で一度押し間違えて,最初からやり直そうとするだけでもじゅうぶん),あるいは3秒以上待ったりするだけで,かけるのが難しくなる。まるで脳の中が2,3,秒ごとに更新されていくようだ。
 脳の時間計測について重要な問題の1つは,頭の中の時計(1つでも複数でも)が,どのようにして違った時間枠を処理しているのかということだ。脳内の同じパルスが5分も100ミリ秒も計っているのだろうか?それともまったく違う時計が必要なのだろうか?もし違う時間枠を計るのに違う時計が必要なら,その境界はどこにあるのだろうか?ここでまた,3秒という時間が登場する。時間の評価のしかたが変わるはっきりとした境界は,3.2秒から4.6秒のあいだであることが,実験によって実証されている。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.70

ウェーバーの法則

ウェーバーの法則によれば,判断の間違いはその量に比例して増える。つまり数メートル単位で距離を推定するときのほうが,数キロメートル単位で推定するより誤差は少ない。これと同じことが時間にも起こるため,私たちが頭の中で,ある一定の時間を計っているとき,時間を距離としてとらえているという考えを,デンマークの心理学者スティーン・ラーセンが提唱している。地理的な距離を考えているときと同じように,考えている時間が長くなるにつれて,小さな違いには気づきにくくなる。ウェーバーの法則はどんな動物にも,どんなものを評価するときにもあてはまる。だから赤ん坊に厚紙2枚の大きさを比較させるテストを受けさせても,ハトが種をつついて食べるときにくちばしを動かすタイミングを調べても同じだ。これはサイズを計る能力が,時間知覚のカギを握っている可能性があることを示唆している。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.68

オッドボール効果

ここで私が7つの音を順番に出していくと想像してみてほしい。7つのうち3つは同じだが,真ん中の音だけは違う。たとえば「ド,ド,ド,ソ,ド,ド,ド」というように。音の長さがすべて同じでも,あなたはきっと「ソ」だけ長いように感じるだろう。同じように,画面に写真を次々と映し出していく。「キリン,キリン,キリン,マンゴー,キリン,キリン,キリン」と,それぞれまったく同じ長さで出したとしても,マンゴーのほうが長く映っていたと思うはずだ。マンゴーを見ている間,時間の流れが遅くなるような気がするのだ。これは変わり者(オッドボール)効果として知られていて,私たちが何度も繰り返す,時間計測に関する錯誤である。テスト自体は単純だが,頭の中の時計がどのように働いているかヒントを与えてくれる。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.65

予期と追想

こうした研究について議論すると混乱してしまうことがあるが,それは時間の評価には2つの種類があるからだ。1つは予期的——今の時点から1分間を計って評価する方法。そしてもう1つが追想的——過去のある時点からどのくらい時間がたったかを評価するものだ。時間の流れが遅いと感じるときは,1分たったときどのくらい過ぎたか尋ねると,30秒とか40秒とか1分より少ない数字を答える。つまり過小評価する。しかしあとになって,そのときのことを思い出して答えてもらうと,今度は過大評価するのだ。どちらも時間の流れが遅いことを示している。たとえばあなたが,とてつもなく退屈な劇を見ているとしよう。早く休憩時間にならないかと思っているとき,1時間過ぎたと思ったら知らせてほしいと頼まれた。そのようなときは時間がなかなか経過しないので,40分ほど過ぎたところで1時間たったと思ってしまうかもしれない。ようやく休憩時間になり,第1幕を振り返ると,まるで2時間も続いたように感じてしまう。そのため数字だけ見ると,片方は過大評価,もう一方は過小評価のように見えるが,どちらも時間の流れが遅いと感じているという点では同じだ。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.52

クロノスタシス

また心理学の文献では,集中力,すなわち“注意”にも言及されることがある。もし針がなめらかに動く最近の時計ではなく,昔のアナログ時計を持っていたら,何が起こっているか見てみてほしい。そろそろかと思ってもなかなか針が動かず,故障かと思った直後にまた針が動き始めたように感じた経験はないだろうか。これが“クロノスタシス”である。時間が止まっているような錯覚だ。最初はうまくいかなくても,何度か見ているうちにうまくいくようになる。この錯覚についてはこれまで「世界は時計を見るたびにぶれたりするものではない,一貫したものであるというイメージをつくるために,私たちが目を動かすたび,脳が瞬間的に視界を抑制するから起こる」と説明されてきた。その結果,人生が途切れなく進む映画のようにみえるのだ。この一瞬の抑制された視界を埋め合わせるため,部屋にあるほとんどの物体が静止していると思いこむのは筋がとおっている。アナログ時計の針の動きが,私たちの脳をだましているのだ。少なくともそれがこの現象を説明する理屈だ。この説明の問題点は,同じような錯覚が他の感覚でも起こるということだ。同様の現象は,電話の発信音が断続的なビープ音である国で起こる。タイミングによって,音が途切れている時間がとても長く感じ,電話が壊れているのではないかと感じるときがある。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.43

体温と時間のゆがみ

その30年前,ハドソン・ホーグランドというアメリカ人心理学者の妻が,インフルエンザで寝込んでいた。夫はかいがいしく看病していたが,妻は自分がいてほしいときには,いつも夫が部屋の外にいてなかなか戻ってこないと文句を言った。実のところ,彼が部屋を離れていたのは,ほんの数分だった。妻の経験する時間がゆがんでいるのではないかと考えた彼は,チャンスとばかりに,時間知覚と体温についての実験を行ってみることにした。妻の体温は大きく変動していたので,体温計の数値が変わるたびに,1分間を頭の中で計るよう頼み,同時にそれをストップウォッチで正確に計測した。そして確認のため,時間計測作業をさらに5回行うよう,妻を説得した。その結果,病気の妻はこの実験のために,48時間で30回の計測を行なった。
 このとき彼が発見したのは,わけもわからず1分を評価するという夫の頼みを受け入れた妻の忍耐強さだけでなく,体温が高いときほど,実際よりも早い時間で,1分が過ぎたと妻が感じたということだった。つまり時間の流れが遅くなったのだ。体温が39.4度に達したとき,妻はたった34秒で1分が過ぎたと答えた。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.40-41

うつ病と時間のゆがみ

うつ病の人は,たとえ自殺を考えていなくても,時間のゆがみを経験している可能性がある。うつ病の症状が出ているときは過去と現在だけが存在し,未来(特に希望のある未来)を想像できなくなる。イギリスの精神医学者マシュー・ブルームは,このような症状を持つ患者を多く診てきた。そして実験によって,うつ病の患者はそうでない人に比べ,平均して2倍も長く時間を評価することがわかった。言い換えると,彼らにとって時間は半分のスピードで流れているということだ。私はそれを知って,うつ病は時間知覚の障害と考えられるケースもあるのではないかと思い始めた。あるいは時間の流れが遅くなるのは,うつ病の結果かもしれない。それで時間の流れが遅い状態が維持されやすくなり,そこから逃げ出すことがさらに難しくなる。マシュー・ブルームは,睡眠不足のときやライトボックスを使用したとき,体内時計が混乱して気分が高揚することを指摘している。うつ病をわずらったとき,現在と未来は“互いに苦しみで結びつく”。その影響がはっきりしているため,精神医学の哲学的研究者のマーティン・ワイリーは診断の助けとして,患者に診療時間がどのくらいだったか評価させることを提案している。私は単に1分間を頭の中で数えさせるだけでも診断がつくのではないかと思う。もし40秒が1分に感じるなら,その人の時間は引き伸ばされている。時間の流れがゆっくりであるほど,病状は深刻と考えられる。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.35-36

時間がゆがむ要因

では時間がゆがむ主な原因は何だろうか?第1は感情である。歯医者での1時間は,仕事の締切前の1時間とはかなり違うと感じる。明るい表情をした人の顔の写真を見ているときは,どのくらいその写真を見ているか,わりと正確に予測できるが,怖がっている顔をいくつも見ると,実際より長い時間が過ぎたと感じる。しかし感情が時間の感覚をゆがませることが最もよくわかるのは,非日常的な経験をしたときだ。生きるか死ぬかの状態で恐怖を感じているときには,時間の流れが遅くなる。チャック・ベリーが空中を落ちているときのように,命の危険を感じて怯えているとき,1分がまるで15分くらいに引き伸ばされたように感じる。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.28

抑うつリアリズム

このしくみをあきらかにしたのが,1979年にローレン・アロイとリン・アブラムソンの2人の心理学者が発表した今や古典となった研究だ。実験は次のように行われた。被験者の頭上で白熱電球がランダムに点いたり消えたりしている。被験者は手元のボタンを押すことを許可されているが,じつはこのボタンを押しても電球が点くか消えるかには何の影響も生じない。ところが,被験者の中でどちらかと言えば楽観的な人々は,電球が点いたり消えたりするのを自分がある程度コントロールできていると確信していた。これはいわば,コントロールの幻想だ。いっぽう,どちらかというと悲観的な人々は,自分が状況をいっさいコントロールできていないことをより正確に見定めていた。これは<抑うつリアリズム>と呼ばれる現象だ。アロイとアブラムソンの言葉を借りるのなら,悲観的な人々は「より悲しいが,より賢い」のだ。

エレーヌ・フォックス 森内薫(訳) (2014). 脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋 pp.

扁桃体と前頭前野

心に浮かんだ考えや映像にラベルを貼るだけで,前頭前野の抑制中枢を活性化させ,それによって扁桃体の反応をしずめることができる。デューク大学の神経科学者アフマド・ハリーリーは,脳スキャナーに横になった11人の健康な被験者に,2枚1組であらわれるたくさんの画像を見せ,その間の脳の状態を調べた。画像はたとえばヘビとこちらを向いた銃などで1組になっており,被験者はそのどちらかを,もうひとつ別にあらわれる画像とペアにするよう求められる。被験者は必然的に,画像の認識に集中していなくてはならない。画像はどれもすべて恐怖を感じさせる内容なので,課題をこなすうちに被験者の恐怖の中枢が作動し,警戒モードに入るはずだ。
 ハリーリーはもうひとつ,より興味深い内容の実験を行った。今度は画像と画像をペアにするのではなく,画像と同時にあらわれるふたつの言葉のうち,画像が「自然」のものか「人工」のものか,正しくあらわすほうを選びとらなくてはいけない(サメ,クモ,ヘビなどの画像なら「自然」を,銃,ナイフ,爆発などの画像なら「人工」を選ぶことになる)。この作業で被験者に求められるのは,画像を感情的にではなく,言語的に解釈することだ。
 実験の結果,脳の活性化パターンはふたつのケースで大きく異なることがわかった。研究チームの予想通り,前者の<ペアづくり>の課題のときには扁桃体に強い反応があらわれたが,後者の<ラベルづけ>の課題のときには,前頭前野が強く活性化し,それとともに扁桃体の反応が抑制されるという,たいへん興味深い結果が出た。<ラベルづけ>の作業で前頭前野の反応が強まり,それが扁桃体の反応を弱めることにつながったわけだ。
 これらの反応パターンは次のことを示唆している。前頭前野と扁桃体との相互作用のシステムは,現在の経験を意識的に評価することによって,感情をコントロールしたり方向づけたりするのを助けている。うなり声をあげている犬など何かの危険に直面したとき人は,脳内のパニックボタンである扁桃体の指令だけに従うのではなく,前頭前野の助けを借りて,たとえば「その場から逃げられるかどうか」を考え,脅威の度合いを推し量っているものだ。そうすることで,脳内の<石器時代>の領域にある扁桃体の活動を抑制できる。恐怖に対する感情の反応を制御するうえで,この,前頭前野と扁桃体との回路は非常に重要な役目を果たす。不安症やパニック障害,恐怖症,PTSDや抑うつ症などさまざまな心の失調が起きるのは,レイニーブレインの根底にるこの回路が機能不全になるせいなのだ。

エレーヌ・フォックス 森内薫(訳) (2014). 脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋 pp.260-262

進化の影響

人間の脳には高い学習能力があるが,その能力もまた,進化の影響を免れていない。わたしたちの脳には,特定の何かを優先的に学びとる準備がもともと備わっている。脳はまっさらな黒板のようになんでも平等に学習するわけではないのだ。たとえば脳内で恐怖をつかさどる回路は,原始的な危険を優先的に不安視するように仕組まれている。この生来の傾向は,世界観や信条の形成に非常に重要な役割を果たす。

エレーヌ・フォックス 森内薫(訳) (2014). 脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋 pp.217

エピジェネティクス

こうした発見により,分子生物学のしくみは根本的な見直しを促されている。エピジェネティクスの作用によって何かの資質が次代に受け継がれるのは,ミバエだけに限った話ではない。植物でも動物でも菌類でも,そしてヒトにおいてさえも同じことが言える。たとえば,わたしの曾祖母が高脂肪な食生活をしていたら,わたしが肥満になる確率は高くなるのだろうか?答えはどうやら,あきらかに「イエス!」のようだ。
 ペンシルバニア大学の神経科学者,トレイシー・ベイルが行った実験では,妊娠しているマウスに非常に高脂肪のエサを与えたところ,予想通り,その子どもは誕生時からすでに体長・体重とも平均を上回り,インシュリンに対する反応度も低かった。これらは肥満と糖尿病の危険因子として知られる特徴だ。これらの幼いマウスは高脂肪のエサはもう与えられていないのに,成長して妊娠すると,やはり体重が重くインシュリンに反応しにくい子どもを生んだ。さらに2世代後でもやはり,平均より体重が重く平均より食事を多く食べるマウスが誕生した。ペイルが2008年に神経科学協会の会議で発表したように,「あなたは,あなたが食べたものだけでなく,あなたの祖母が食べたもので作られている」のだ。

エレーヌ・フォックス 森内薫(訳) (2014). 脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋 pp.188-189

手当たり次第

ゲノムワイド関連解析には欠点もある。多くの科学者が指摘するのはこの手法が,できるだけ広い範囲に網を放って何かがかかるか見てみるというような,いわば手当たりしだいのアプローチであることだ。手法そのものは別に悪くはない。何を探そうとしているのか明確な目標がないときには,とりわけそうだ。だが裏を返せばそれば,何を探しているかについて明確な仮説がないという意味だ。そして,明確な仮説をもつことは科学の重大な指針のひとつだ。
 さらに大きな問題は,調査の規模が大きいため,被験者それぞれの脳内回路や認知バイアスについて詳しく調べるのが困難なことだ。このアプローチで典型的に用いられるのは,被験者に電話でインタビューをしたり,性格についての質問票に回答してもらったりというやり方だ。これでは,ゲノムワイド関連解析で用いられる評価項目は往々にして,候補遺伝子アプローチに比べて大雑把なものになってしまう。

エレーヌ・フォックス 森内薫(訳) (2014). 脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋 pp.166-167

単一遺伝子の影響は小さい

候補遺伝子の研究がいくつも成功をおさめたにもかかわらず,反対陣営は依然このアプローチにまったく納得していない。急先鋒に立つのは,オックスフォード大学ウェルカム・トラスト・センター(イギリスに本拠を置く医学研究支援団体)のヒト遺伝子研究所で精神病遺伝学部門を率いるジョナサン・フリントだ。フリントいわく最大の問題は,何千もの人を対象にした複数の大規模調査でも,単一の遺伝子と性格上の特質との相関性は,微細なレベルしか認められていないことだ。神経症の調査では症状の相違のうち,特定の遺伝子のせいだと考えられるのはわずか2パーセントだった。

エレーヌ・フォックス 森内薫(訳) (2014). 脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋 pp.163-164

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