忍者ブログ

I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

分母無私

 リスクの伝え方次第で受け止め方に大きな差が出る理由も,分母の無視で説明できる。致死性の伝染病から子供を守るワクチンについて「永久麻痺のリスクが0.001%ある」という文章を読んだとき,あなたはきっと,リスクは小さいと感じるだろう。では同じワクチンについて「摂取した子供の10万人1人は永久麻痺になる恐れがある」という文章ならどうだろうか。この場合,最初の文章では起きなかった何かがあなたの頭の中で起きる。ワクチン接種によって生涯麻痺の残った子供のイメージが浮かび上がるのである。そして,無事だった9万9999人は霞んでしまう。分母の無視から予想できるように,相対的な頻度(○○人に○人,○○回に○回など)で表現するほうが,抽象的な「確率」「可能性」「リスク」などの言葉を使ったときより,確率の低い事象が過大に重みづけされる。すでに述べたように,システム1は全体より個を扱うほうが得意だからである。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.143-144
PR

過大評価

 めったにない出来事が起きる確率は,それ以外の出来事が特定されていない場合に,とりわけ過大評価されやすい。ここで私のお気に入りの事例を紹介しよう。心理学者のクレイグ・フォックスが,まだエイモスの学生だった頃に行った調査である。フォックスはプロバスケットボール・ファンを回答者に募り,NBAのプレーオフでどこが勝つか質問した。正確には,参加8チームそれぞれについて優勝の可能性を予測してもらった。この場合,各チームの勝利が関心事象となる。
 読者はもうどんな結果が出たか,おおよそのところは予想がついていることだろう。だが実際の結果の極端ぶりを見たらきっと驚くにちがいない。たとえばあるファンが,シカゴ・ブルズが優勝する可能性を質問されたとしよう。質問された瞬間に関心事象は定まるが,それ以外の事象は残り7チームのいずれかの優勝ということになり,注意の対象が分散し,イメージが湧きにくい。するとこのファンの記憶と想像力は確証モードで作動し始め,ブルズ優勝のシナリオを組み立てようとする。ところが,この同じ人が次にロサンゼルス・レイカーズが優勝する可能性を質問されると,やはり先ほどと同じことが起きる。かくして8チームどこも優勝の可能性がむやみに高くなり,比較的弱そうだと思っていたチームでさえ,輝かしいチャンピオンとしてイメージされる。結果,この人が予想した各チームの優勝確率を足し合わせると,なんと240%になってしまった。もちろん,こんな予想はまるででたらめである。8チームの優勝確率は,必ず100%にならなければならない。8チームそれぞれの優勝確率ではなく,イースタン・カンファレンスとウェスタン・カンファレンスの優勝確率を質問した場合には,このようなばかげた結果にはならない。関心事象とそれ以外の事象が特定されているので(カンファレンスは2つしかない),予想確率を合計するとちゃんと100%になった。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.137-138

損を防ぐ

 人間も含めてあらゆる動物は,得をするより損を防ぐことに熱心である。縄張りを持つ動物の場合,たいていは防衛側が勝つことは,この原則で説明できる。ある生物学者の観察によれば,「縄張りを脅かそうとする侵入者が現れた場合,ほぼまちがいなく縄張りの主の勝利に終わる。それも数秒以内に決着がつく」という。人間の場合には,組織改革を試みたときに起こりがちな顛末を,この原則で説明できるだろう。たとえば企業の再編やリストラ,事務手続きの合理化,税法の簡素化,医療費の削減などがこれに当たる。はじめからわかっていることだが,改革というものはまず必ず,全体としてみれば改善であっても,大勢の勝ち組をつくる一方で,一部に負け組を生む。だが改革で不利益を被る人たちが政治的な影響力を持っている場合,潜在的な負け組は潜在的な勝ち組よりも積極的に,かつ強い決意をもって,その影響力を行使する。すると結果的にはこの人たちに好都合な改革になり,当初の計画より費用は高く効果は低い,ということになりやすい。改革案には,現材の利権保有者を保護する既得権条項が盛り込まれることが多い。たとえば人員を減らす場合には解雇ではなく自然減を選ぶとか,給与・福利厚生のカットは今後の新入社員にのみ適用する,といった具合である。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.109

目標

 私たちはよく短期目標を立てる。目標というものは,がんばって達成しなければならないが,必ずしも上回る必要はない。だから首尾よく達成すると私たちは気を抜いてしまう。これはときに経済学の理論に反する結果を招く。たとえばニューヨークのタクシー運転手は,月次目標や年次目標を立てているかもしれないが,とりあえず日々の努力を左右するのは毎日の売上目標である。しかしこの目標は,達成が容易な日もあれば難しい日もある。雨の日には客を探す必要はほとんどなく,早い時間にあっさり目標を達成できるだろう。しかし天気のいい日には,町を流していても一向にお客がつかまらないことが多い。すると経済学の論理では,運転手は雨の日には長時間がんばって働き,晴れた日に休暇をとるべきだということになる。晴れた日は売上げが少ないので,安く休暇を「買う」ことができるからだ。しかし損失回避の論理からすればまったく逆である。売上目標(=参照点)が決まっている運転手は,達成できなければ損失なので,晴れた日はこれを避けるべくがんばって働く。雨の日は,目標を達成したら,ずぶぬれになってタクシーを探すお客を尻目にさっさと家に帰ることになる。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.106

危険優先

 ある実験によれば,怒った顔は大勢のニコニコ顔の中から「飛び出して見える」という。一方,大勢の怒った顔に混じった1つのニコニコ顔は,見つけるのが難しい。人間に限らず動物の脳には,悪いニュースを優先的に処理するメカニズムが組み込まれているからだ。捕食者を感知するのにほんの100分の数秒しか要さないこのメカニズムのおかげで,動物は子どもを産むまで生き延びることができる。システム1の自動作動は,こうした進化の歴史を反映していると言えよう。一方,よいニュースに関しはこのようなメカニズムは存在しない。言うまでもなく,人間も動物も異性や餌を獲得するチャンスには敏感に反応するし,広告や看板はそうした性質を利用して制作されている。それでもなお,危険は好機より優先されるし,またそうあるべきだ。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.103-104

不合理

 ある学問や研究手法がいつから始まったのかをはっきりさせるのは,かなり難しい。だが行動経済学として知られている学問がいつどのように始まったのかは,はっきりわかっている。それは1970年代初めに,経済学科の大学院生だったリチャード・セイラーが正統的でない考えを抱き始めたときだった。当時セイラーは,正統中の正統であるロチェスター大学の大学院に在籍していたが,生来鋭い基地と皮肉に富む性格だったため,合理的経済主体モデルでは説明できないような事例を集めてはおもしろがっていた。セイラーにとってとりわけ愉快だったのは,教授陣のふるまいに経済的不合理性を発見したときである。なかでもひどく目に引くものが1つあった。
 それは,R教授(いまではこれはリチャード・ロゼット教授であることが判明している。ロゼット教授はのちにシカゴ大学ビジネススクールの院長になった)のふるまいである。R教授は標準的な経済理論の頑固な信者であり,かつ,大のワイン好きだった。セイラーの観察によると,教授はコレクションしたワインを売りたがらず,100ドル(それも1975年のドルで)出すと言われてようやく渋々売るのだった。しかし教授はオークションでワインを買うときに,35ドル以上はけっして出さない。つまり35〜100ドルの間では,教授はワインを買いもしないし売りもしない。この大きな差は,どうみても経済理論に反する。教授は1本のワインに1つの価値を与えるべきである。もしあるワインが教授にとって50ドルの価値があるなら,50ドルを上回る値段を提示されたときに売らなければおかしい。またもしそのワインが売りに出ていたら,50ドルまで払って手に入れてしかるべきである。これ以上なら売ってもよいという値段は同一のはずだ。ところが実際には,教授が売ってもいいと思う最低価格は100ドルであり,買ってもいいと思う最高価格の35ドルを大幅に上回る。どうやら,持っているだけで価値が高まるらしい。
 セイラーはこのような例を多数集め,「保有効果(endowment effect)」と名付けた。「授かり効果」と呼ばれることもある。この効果は,正規の取引が行われない品物にとりわけ顕著に現れる。そうした状況は,容易に思いつく。たとえば,あなたは人気バンドのコンサートのチケットを手に入れたとしよう。もともとこのバンドの大ファンなので,500ドルぐらいなら出しても惜しくないと思っていたが,運よく正規料金の200ドルで買うことができた。その後にチケットは売り切れになり,インターネット上では3000ドル出すから売ってほしいという熱烈なファンがいることがわかる。さて,あなたは売るだろうか。もし他の大勢のチケット購入者と同じなら,売らないだろう。となると,あなたのチケットの最低売値は3000ドルよりも上,最高買値は500ドルということになる。これは保有効果の一例である。標準的な経済理論の信奉者なら頭を抱えるだろう。セイラーはこうした謎を説明できる理論を見つけようとした。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.91-93

This is an ex-parrot.

 2000年になってついに行動経済学者のマシュー・ラビンが,損失回避を富の効用で説明するのはばかげており,重大な誤りだということを数学的に証明した。そしてこの証明は注目を集めた。ラビンは,数学的に見れば,掛け金の小さい有利なギャンブルを拒否する人は,より掛け金の大きいギャンブルでばかばかしいほどリスク回避的になることを証明した。たとえばラビンは,大方のふつうの人間(ヒューマン)は,次のギャンブルには手を出さないと指摘した。

 50%の確率で100ドル失うが,50%の確率で200ドルもらえる。

 次にラビンは,効用理論に従えば,このギャンブルを断る人は次のギャンブルも断ることを証明した。

 50%の確率で200ドル失うが,50%の確率で2万ドルもらえる。

 だが正気だったら,このギャンブルを断るはずがない。マシュー・ラビンとリチャード・セイラーは,この証明に関する熱狂的な論文の中で,次のように述べている。後者のギャンブルの「期待リターンは9900ドルであり,200ドル以上損をする確率はゼロである。石橋を叩いても渡らないような法律家でさえ,このギャンブルを辞退する人は頭がおかしいと言うだろう」
 たぶん興奮しすぎたせいだろう,ラビンとセイラーはあの有名なコメディ・グループ,モンティ・パイソンからの引用で論文を締めくくっている。怒ったお客が死んだオウムをペットハウスに返そうとする。お客は長々と鳥の状態を説明した末に,「こいつは元オウムにすぎない」と言う。だから「経済学者はいい加減に,期待効用理論は元理論にすぎないと認めるべきだ」とラビンらは結論づけた。多くの経済学者は,この軽率な発言を許しがたい冒涜と感じたものである。だが理論に眩惑されて富の効用に執着し,わずかな損失に対する態度までそれで説明しようとする姿勢が揶揄の対象になったのは,当然といえば当然だった。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.81-82

システム1の動作特性

 エイモスと私は,その時点では脳の2つのシステムというモデルを採用していなかったけれども,プロスペクト理論が次の3つの認知的な特徴を備えていることははっきりしていた。この3つの特徴は,金銭的結果を評価するときに重要な役割を果たす。そして知覚,判断,感情の多くの自動処理プロセスに共通して見られることから,システム1の動作特性とみなすべきだと考えられる。
・第1の特徴は,評価が中立の参照点に対して行われることである。なお参照点は,順応レベル(AL)と呼ばれることもある。このことは,簡単な実験で実感できる。3つのボウルを用意し,左のボウルには氷水を,右のボウルには湯を,真ん中のボウルには室温の水を入れる。1分間,左手を氷水,右手を湯に浸してから,両方の手を真ん中のボウルに入れてほしい。すると,同じ水を左手はあたたかく,右手は冷たく感じるだろう。金銭的結果の場合には,通常の参照点は現状すなわち手持ちの財産だが,期待する結果でもありうるし,自分に権利があると感じる結果でもありうる。たとえば,同僚が受け取ったボーナスの額が参照点になることは,大いにありうるだろう。参照点を上回る結果は利得,下回る結果は損失になる。
・第2の特徴は,感応度逓減性(diminishing sensitivity)である。この法則は,純粋な感覚だけでなく富の変化の評価にも当てはまる。暗い部屋ならかすかなランプをともしただけでも大きな効果があるが,煌々と照明の輝く部屋ではランプが1つ増えたくらいでは感知できない。同様に,100ドルが200ドルに増えればありがたみは大きいが,900ドルが1000ドルに増えてもそこまでのありがたみは感じない。
・第3の特徴は,損失回避性(loss aversion)である。損失と利得を直接比較した場合でも,確率で重みをつけた場合でも,損失は利得より強く感じられる。プラスの期待や経験とマイナスのそれとの間のこうした非対称性は,進化の歴史に由来するものと考えられる。好機よりも脅威に対してすばやく対応する生命体のほうが,生存や再生産の可能性が高まるからだ。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.75-76

死亡前死因分析

 組織であれば,楽観主義をうまく抑えられるかもしれない。また個人の集団よりは1人の個人のほうが抑えやすいだろう。そのために一番よいと考えられるのは,私の「敵対的な共同研究者」ゲーリー・クラインが考えだした方法である。やり方は簡単で,何か重要な決定に立ち至ったとき,まだそれを正式に公表しないうちに,その決定をよく知っている人たちに集まってもらう。そして,「いまが1年後だと想像してください。私たちは,さきほど決めた計画を実行しました。すると大失敗に終わりました。どんなふうに失敗したのか,5〜10分でその経過を簡単にまとめてください」と頼む。クラインはこの方法を「死亡前死因分析(premortem)」と名付けている。
 クラインのこのアイデアには,たいていの人が感嘆する。ダボス会議の場で私がこれを話題にしたところ,後ろにいた誰かが「これを聞いただけでもダボスに来た甲斐があった」と呟いたものである(あとになって,その人は国際的な大企業のCEOであることがわかった)。死亡前死因分析には,大きなメリットが2つある。1つは,決定の方向性がはっきりしてくると多くのチームは集団思考に陥りがちになるが,それを克服できることである。もう1つは,事情をよく知っている人の想像力を望ましい方向に解放できることである。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.52-53

自信と誤診

 自信過剰を優遇するような社会的・経済的圧力は,金融関連の予測だけに働くわけではない。他のプロフェッショナルも,専門家たるものは高い自信を示さなければならない,という社会通念に直面している。フィリップ・テトロックによれば,ニュースの解説に招かれるのは最も自信たっぷりの専門家だという。自信過剰は,医療業界にも蔓延しているようだ。ある調査では,集中治療室で亡くなった患者について,患者の生存中に医師が下した診断と解剖結果とを比較した。このとき,医師に診断に対する自信の度合いも申告してもらった。すると結果は,「絶対確実と医師が自信を持っていた生前診断の約40%は誤診だった」。ここでもまた,専門家の自信過剰を顧客が助長しているようだ。「一般的に,自信なげに見えることは医師にとって弱点とされており,気弱な証拠とみなされる。迷いより自信を示すほうが好まれ,不確実性を患者に開示するのは,もってのほかと非難される」という。自分の無知を率直に認める専門家は,おそらく自信たっぷりな専門家にとってかわられるだろう。なぜなら後者のほうが,顧客の信頼を勝ち取れるからである。不確実性を先入観なく適切に評価することは合理的な判断の第一歩であるが,それは市民や組織が望むものではない。危険な状況で不確実性がきわめて高いとき,人はどうしてよいかわからなくなる。そんなときに,当てずっぽうしか言えないなどと認めるのは,懸かっているものが大きいときほど許されない。何もかも知っているふりをして行動することが,往々にして好まれる。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.50

楽天家の役割

 楽観主義はごくありふれた傾向だが,一部の恵まれた人は,図抜けて楽天的である。生まれながらにして楽観バイアスを授かっている人は,「あなたは運がいい」と周りから言われる必要はないだろう。なぜなら,本人がすでにそう思っているからだ。楽天的な性格の多くは親から受け継いだもので,幸運になりやすい気質の一部であり,いつもものごとのよい面を見ようとする傾向を備えている。もしあなたが自分の子供のために1つだけ願いを許されるとしたら,楽天的な性格を授けてもらうことを真剣に考えるべきだろう。楽天的な人は一般に陽気で楽しく,したがって人気者である。失敗しても立ち直りが早く,困難に直面してもへこたれない。こういう人が鬱病になる可能性は低く,免疫システムは強靭だ。めったに病気はせず,自分は他人より健康だと感じており,そして実際に長生きする傾向にある。保険数理にもとづく合理的な予想以上に自分の余命を長く見積もる人を対象に,調査を行ったところ,こうした人たちは長時間働き,将来の所得について楽観的で,離婚後に再婚する確率が高く(つまり不幸な経験に希望が打ち克つ),これと見込んだ株に賭ける傾向が強いことが明らかになった。言うまでもなく,楽天的な性格のこうしたよさが発揮されるのは,楽観主義がいきすぎでない人,すなわち現実を見失うことなくプラス思考になれる人に限られる。
 楽天家が私たちの生活で果たす役割は,ふつうの人と比べてはるかに大きい。彼らの決定は大きな変化をもたらす。彼らは発明家であり,起業家であり,政治や軍の指導者であって,そこらの人間とはちがう。彼らがその地位に就いたのは,自ら困難を探し,リスクをとったからである。彼らは才能があり,しかも幸運だった——まず確実に,本人が思っている以上に運に恵まれていた。この人たちが何事にも楽観的なのは,おそらくは性格に由来する。小さな企業の創業者を対象に行われたある調査では,起業家は人生全般について,中間管理職よりも楽天的であることが判明した。彼らは成功体験を通じて,自分の判断やものごとをコントロールする能力に自信を深める。その自信は,周囲からの」賞賛によって一段と強まる。以上の点から,次の仮説を導き出すことができる。多くの人の生活に多大な影響力をおよぼす人たちは,楽天的かつ自信過剰である可能性が高い。また,自覚している以上に多くのリスクをとる。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.39-40

楽観視

 リスクを伴うプロジェクトの結果を予想するときに,意思決定者はあっけなく計画の錯誤を犯す。錯誤にとらわれると,利益,コスト,確率を合理的に勘案せず,非現実的な楽観主義に基づいて決定を下すことになる。利益や恩恵を過大評価してコストを過小評価し,成功のシナリオばかり思い描いて,ミスや計算ちがいの可能性は見落とす。その結果,客観的に見れば予算内あるいは納期内に収まりそうもないプロジェクト,予想利益を達成できそうもないプロジェクト,それどころか完成もおぼつかないプロジェクトに邁進することになってしまう。
 このように考えると,リスクの大きなプロジェクトを前にした意思決定者が,必ずとは言えないまでもしばしばゴーサインを出すのは,成功の確率を過度に楽観視しているからだ,と言うことができる。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.35

いつなら信用できるか

 長い旅路の末に,ゲーリー・クラインと私は,最初の質問である「経験豊富な専門家が主張する直感はどんなときなら信じてよいか」に対して答を出すことができた。私たちの結論は,有効である可能性の高い直感といんちきである可能性の高い直感を区別するのはほとんど場合に可能だ,というものである。美術作品を本物か偽物か判断するときと同じで,作品自体を見るよりもその出所来歴に注目するほうが,よい結果が得られることが多い。その直感が十分に規則性の備わった環境に関するものであって,判断をする人自身にその規則性を学習する機会があったのなら,連想マシンがすばやく状況を認識して正確な予想と意思決定を用意してくれるだろう。この条件が満たされているなら,あなたはその人の直感を信用してよい。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.20-21

専門家の直感

 規則性に乏しいどころか,もっと悪い環境もある。たとえばロビン・ホガースは,専門家が経験からまちがった教訓を引き出すような「悪質な」環境に言及している。ホガースが取り上げたのは,20世紀前半に医師の手本とされたルイス・トーマスである。トーマスは,腸チフスになりかかった患者をしばしば直感的に見分けることができた。そこで彼は自分の勘が当たっているか,患者の舌を触診して確かめようとした。しかし次の患者へ移るときに手を洗わなかったため,次々に腸チフス患者が発生する事態となる。かくして彼は,自分の臨床診断は絶対確実だという確信を持つに至った。なるほど彼の予測は正確だった——だがそれは,専門家の直感とはとうてい呼べない代物だった。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.17

判断の妥当性は

 主観的な自信は信用できないとしたら,直感的な判断のもっともらしい妥当性をどうやって評価すべきだろうか。そうした判断が本物の専門知識やスキルに裏付けられているのはどんな場合で,妥当性の錯覚を露呈しているのはどんな場合だろうか。答は,スキル習得の2つの基本条件から導き出すことができる。

・十分に予見可能な規則性を備えた環境であること。
・長期間にわたる訓練を通じてそうした規則性を学ぶ機会があること。

 この2つの条件をどちらも満たせるなら,直感はスキルとして習得できる可能性が高い。チェスは,規則性のある環境の代表例と言える。ブリッジやポーカーも明確な統計的規則性を備えており,こちらもスキルとして習得可能だ。医師,看護師,運動選手,消防士が置かれる環境は,複雑ではあるが,基本的には秩序がある。このように,ゲーリー・クラインが取り上げてきた精度の高い直感は,妥当性の高い手がかりに裏付けられている。こうした手がかりは,たとえシステム2が学習して名前をつけていなくても,システム1が学習して活用することが可能だ。これに対してファンドマネージャーや政治評論家が長期予想をする状況は,予測妥当性がゼロに等しい。彼らの予測がことごとく外れるのは,予想しようとする事象が基本的に予測不能であることを反映しているにすぎない。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.16-17

この方がまし

 たとえば,あなたの会社でセールスマンを採用するとしよう。あなたが真剣に最高の人材を雇いたいと考えているならば,やるべきことはこうだ。まず,この仕事で必須の適性(技術的な理解力,社交性,信頼性など)をいくつか決める。欲張ってはいけない。6項目がちょうどよい。あなたが選ぶ特性は,できるだけ互いに独立したものであることが望ましい。また,いくつかの事実確認質問によって,その特性を洗い出せるようなものがよい。次に,各項目について質問リストを作成し,採点方式を考える。5段階でもよいし,「その傾向が強い,弱い」といった評価方式でもよい。
 この準備にかかる時間はせいぜい30分かそこらだろう。このわずかな投資で,採用する人材のクオリティは大幅に向上するはずだ。ハロー効果を防ぐために,面接官は項目ごとに,つまり次の質問に進む前に評価させる。また,質問を飛ばしてはいけない。応募者の最終評価は,各項目の採点を合計して行う。あなたが最終決定者の場合,「目を閉じて」はいけない。合計点が最も高い応募者を採用すること。この点は,強く心に決めなければならない。ほかに気に入った応募者がいても,そちらを選んではいけない。順位を変えたくなる誘惑に,断固抵抗しなければいけないのである。
 膨大な量の研究は,こうした状況で現在一般に行われているやり方よりも,今説明した手順に従うほうが,最高の人材を選べる可能性がはるかに高いことを約束している。つまり,さしたる準備もなく面接を行い,「私は彼の目を見つめ,そこに現れている強い意志に感動した」といった直感に従って採用を決めるよりも,ずっとましだということである。

ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.335-336

効果的な面接法

 そこで私は,面接官がいくつかの人格特性を評価し,それぞれに個別に点数をつける方式を採用した。面接官からのインプットはこの個別の点数だけで,戦闘任務の適性を示す最終スコアは,計算式に従ってコンピュータ処理する。私は戦闘部隊での行動に関係があると考えた6つの人格特性(責任感,社交性,誇りなど)のリストを作成し,それぞれについて一連の質問を準備した。招集前の生活における過去の事実を尋ねる質問で,たとえば就いた職業の数,職場および学校での遅刻や欠席・欠勤,友人と交際する頻度,スポーツに対する興味と参加の度合いなどである。その趣旨は,それぞれの分野で過去にどれだけうまくやってきたかをできるだけ客観的に評価することにあった。
 標準化された事実確認質問を行うに当たって,私はハロー効果を排除したいと考えた。ハロー効果は,第一印象がその後の判断に影響を与える現象である。ハロー効果を防ぐために,私は面接官に対し,6つの人格特性について決められた順序で質問すること,次の質問に移る前に5段階で採点することを指示した。そして,それ以上のことをしてはいけない。新兵が軍隊でどれだけうまくやっていけるかなど,彼の将来のことを考える必要はない,と私は面接官たちに伝えた。面接官の仕事は新兵の過去について必要な事実を聞き出し,その情報を項目ごとに採点することであって,それ以上でも以下でもない。「あなた方の任務は信頼性の高い採点を行うことだ。将来予測のほうは私が行う」と私は言ったが,その「私」というのは,面接官の採点を統合する数式のことだった。
 こう言うと,若くて頭のいい面接官たちは暴動寸前になった。自分とほとんど年のちがわない相手から命令されることが不快だったし,自分の直感を遮断して退屈な事実確認質問だけをするのも気に入らなかったからである。1人はこう不満をぶちまけた。「それでは私たちはロボットになってしまいます」。そこで私は妥協した。「面接は指示通りに確実に実行してください。そして最後に,あなた方の希望通りにしましょう。目を閉じて,兵士になった新兵を想像してください。そして5段階でスコアを付けてください」。
 新方式で数百回の面接が行われ,数カ月後に新兵が配属された各部隊の隊長から各人の実績評価を回収した。結果を見て私たちは大いに満足した。ミールの本が示したとおり,新しい面接方式が従来の方式よりはるかに正確に兵士の適性を予測していたからだ。もちろん完璧にはほど遠く,「まったく役立たず」から「いくらか役に立つ」へと進歩した,と言うのが適切だろう。
 私にとって大きな驚きだったのは,「目を閉じて」面接官が最後に行う直感的判断も,非常によい成績だったことである。実際,6項目の採点の計算処理と同じぐらいの精度だった。この発見から学んだ教訓を私はけっして忘れたことはない。選抜面接において直感を軽蔑するのは正しい。しかし直感が価値をもたらすこともある。ただしそれは,客観的な情報を厳密な方法で収集し,ルールを守って個別に評価した後に限られる,ということである。私は「目を閉じる」評価にも6項目評価と同じ重みを持たせた計算式を作成した。この件から学んだもっと一般的な教訓は,こうだ。自分の直感であれ他人の直感であれ,直感的判断を無条件に信用してはいけない。だが無視してもいけない,ということである。
 45年後,ノーベル経済学賞を受賞した私は,一時的にイスラエルでちょっとした有名人になった。一度同国を訪れたとき,誰かが私を懐かしの基地に案内してくれたものである。そこにはまだ新兵の面接を行う部隊があり,私は心理部隊の隊長に紹介された。彼女は現在の面接方式を説明してくれたが,それは私が設計したシステムとほとんど変わっていなかった。あれから何度も調査が行われたが,この方式は有効だということが確かめられたという。説明の最後に隊長はこう言った。「そして私たちは面接官にこう言います。目を閉じてください,と」

ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.333-335

計算に任せろ

 以上の研究から,驚くべき結論が導かれる。すなわち,予測精度を最大限に高めるには,最終決定を計算式にまかせるほうがよい,ということだ。とりわけ,予測可能性が低い環境についてそう言える。たとえばメディカルスクールの入学試験では,教授陣が受験生と面接した後に合議により最終合格者を決める方式が多い。まだ断片的なデータしか集まっていないが,次のことは確実に言える。面接を実施して面接官が最終決定を下すやり方は,選抜の精度を下げる可能性が高いということである。というのも面接官は自分の直感に過剰な自信を持ち,印象を過大に重視してその他の情報を不当に軽視し,その結果として予測の妥当性を押し下げるからだ。同じように,まだ熟成がすんでいないワインから将来の品質を予測する専門家は,確実に予測精度を下げる情報源に頼っている。それは,ワインの試飲である。もちろん専門家なのだから天候がワインの品質におよぼす影響はよくわかっているだろうけれども,試飲してしまったあとでは,計算式のように首尾一貫して天候を考慮することはできない。

ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.326-327

金融業界のスキルの錯覚

 数年前,私は金融業界におけるスキルの錯覚をこの手で調べるという,めったにないチャンスに恵まれた。裕福な顧客向けに資産運用上の助言その他のサービスを提供する会社に呼ばれ,投資アドバイザー向けに講演をしてほしいと依頼されたことがきっかけである。準備のために資料がほしいと頼んだところ,思いがけない幸運に行き当たった。提供された資料の中にアドバイザー25名の投資成績8年分をまとめたスプレッドシートが入っていたのである。成績は数値化され,主にそれに基づいて年度末のボーナスが決まる。毎年の成績に従ってアドバイザーをランク付けすれば,アドバイザーに持続的な能力格差があるかどうかがわかるし,同じアドバイザーが一貫して好成績を収めているかどうかもチェックできる,と私は考えた。
 そこでこの点を調べるために,2年分の成績を1組にしてランキングの相関係数を計算することにした。1年目と2年目,1年目と3年目……7年目と8年目まで,28組のペアをつくり,それぞれについて相関係数を求めた。統計的に考えればスキルの存在を示す相関係数は低いだろうと予想してはいた。それでも結果が出たときには驚愕したものである。28個の相関係数の平均は0.01だった。つまりゼロである。アドバイザーの間にスキルの差があることを示す相関性は,どこにも見当たらなかった。私の計算結果は,アドバイザーの仕事が高度なスキルを要するゲームよりも,サイコロ投げに似ていることを示していた。
 その会社では,投資アドバイザーがやっているゲームの性質に誰も気づいていないようだった。アドバイザー自身,自分たちは難しい仕事をこなす有能なプロフェッショナルだと自負しており,上司もそれに同意していた。講演の前夜,リチャード・セイラーと私は同社の経営幹部数人と食事をした。ボーナスの決定をする人たちである。私たちは,投資アドバイザーの年ごとの成績相関はどの程度だと思うか,と質問してみた。彼らはこちらが何を言うつもりか想像がついたらしく,にやにやして「そんなに高くはないだろうね」「年ごとの変動が大きいと思う」と答えたものである。だが誰1人として,よもや相関係数がゼロであるとは予想していなかった。

ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.313-314

ハロー効果

 スイスの経営学教授フィリップ・ローゼンツヴァイクは,示唆に富む好著『ハロー効果(The Halo Effect)』の中で,ビジネス書を大きく2つのジャンルに分けている。第1は,経営者あるいは成功した企業とさほどでない企業を比較分析するタイプである。そのうえでローゼンツヴァイクは,(幻の)確実性にすがろうとする読者の期待に,2つのタイプのビジネス書がどう応えているかを調べた。そして,どちらのジャンルのビジネス書もリーダーの個性や経営手法が業績におよぼす影響をつねに誇張しており,したがってほとんど役に立たないと結論づけている。
 なぜそういうことになるのだろうか。この事情を理解するには,ある会社のCEOの評判を経営の専門家(たとえば他社のCEO)に訊ねたらどんな答が返ってくるか,想像するとよい。彼らはその会社の最近の調子を抜け目なく把握していることだろう。だがグーグルのケースで見たように,こうした知識自体がハロー効果を生む。うまくいっている企業のCEOは,臨機応変で理念と決断力があるように見えるのである。しかし1年後にその企業が落ち目になっていたら,同じCEOが支離滅裂で頑固で独裁的だとこきおろされるにちがいない。どちらの評価も,その時点ではもっともだと思える。成功している企業のリーダーを頑固で支離滅裂だと言うのはばかげているだろうし,不振企業のリーダーを理念を決断力があるなどと言うのもおかしいからだ。

ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.300-301

bitFlyer ビットコインを始めるなら安心・安全な取引所で

Copyright ©  -- I'm Standing on the Shoulders of Giants. --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]