コミュニケーションにおける基準の役割は,次のような文章を考えてみるとよく理解できる。「大きなネズミがとても小さな象の鼻をよじ登っている」。このような文章を書くとき,私は,ネズミと象の大きさに関する読者の基準が私の基準とそう隔たっていない,と信頼している。この基準によって,ネズミと象の代表的な大きさや平均的な大きさは決まっているし,最小と最大の幅やばらつきもおおむね決まっている。読者か私のどちらかが,象より大きいネズミがネズミより小さい象をまたいでしまう,といったイメージを抱くことはまずない。読者と私はそれぞれに,しかし同時に,靴より小さなネズミがソファより大きな象の上をよじ登る図を思い浮かべる。このとき言語の理解を担当するシステム1はカテゴリーの基準にアクセスし,この2種類の動物について,大小の範囲と代表的な大きさを教えてもらっている。
ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.112
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