本書では,1つのパズル——なぜここ50年間に精神病患者の数が急増したのか——を解こうとしている。私たちは今,そのパズルの最初のピースを手にしたのではないだろうか。ソラジン導入前の10年間には統合失調症初回エピソード患者の65%程度が12ヵ月以内に退院し,退院した者も大多数は4・5年の追跡調査期間中に再入院することはなかった。この現象はボコーブンの研究でも確認された。1947年当時の最先端の心理社会的ケアを受けた精神病患者の76パーセントが,5年後に地域社会で問題なく生活していた。だがハロウの研究で見たように,長期的に薬を続けた患者のうち最終的に回復したのは,わずか5パーセントだった。現代に入って回復率が大幅に低下しており,薬を使わない患者と接した記憶がまだある年配の精神科医たちに個人的に聞いても,昔と今では転帰に相違があると証言してくれる。
「薬物療法がない時代,私が診た統合失調症患者は現代より転帰がはるかに良好でした」とメリーランド州の精神科医アン・シルバーはあるインタビューで答えている。「彼らは仕事を選んでキャリアを追求し,結婚していました。[病院の]思春期病棟に入院していた中で一番重症とされていた患者は現在,3人の子どもを育てながら正看護師として働いています。[薬物療法が登場した]昨今は,多くの患者が様々な仕事に就いているものの自分の手でキャリアを選んだ人はおらず,誰一人結婚していない。それどころか,長期的な恋愛関係さえ持てていません」。
また,薬によるこうした症状慢性化が精神障害者数の増大をもたらした過程を,数字で追うこともできる。1955年の時点で,州や郡の精神病院には26万7000人の統合失調症患者がいた(アメリカ人617人に1人)。それが現在,統合失調症(または他の精神疾患)でSSIまたはSSDIを受給している人の数は推定240万人にのぼる(アメリカ人125人に1人)。ソラジンの登場以後,アメリカ社会における精神病による障害者の率は4倍に増加した。
ロバート・ウィタカー 小野善郎(監訳) (2012). 心の病の「流行」と精神科治療薬の真実 福村出版 pp.172-173
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