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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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傷つく一言

 親の一言に子どもは敏感に様々な思いをもつものなのだ。
 こういった声を聞くと,親の傷つく一言は大きく分けて次のように区別できる。

 (1)志望先,受験先の会社について「知らない」とか「やめなさい」と言われる
 (2)大企業や公務員をすすめ「安定していていいわよ」と言われる
 (3)試験に落とされて自信を失っているときに,性格を否定される
 (4)落ちたことを言うと「また?」のように,「まだ決まっていないことを自覚させられる言葉」を言う

 親であるアナタも,こういった行動や発言をしていないか,今一度振り返ってみてほしい。

常見陽平 (2012). 親は知らない就活の鉄則 朝日新聞出版 pp.168-169
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学業阻害?

 そう,学業阻害といったところで私大の文系などでは大学3年の前期で卒論やゼミ以外の単位を取得できてしまう。これも日本の大学の現実である。もちろん,私もバカではないので「単位取得=勉強」だとは単純には考えない。だが,メディアにあふれる論調よりは,文系に関しては,就活は学業阻害になっていないのが現実だ。
 理系の学生や,勉強熱心な学生はともかくとして,大多数の文系学生にとって,就活によって阻害されるのは,「勉強」ではなく,「サークル」や「恋愛」や「遊び」や「バイト」なのだ。

常見陽平 (2012). 親は知らない就活の鉄則 朝日新聞出版 pp.131

未来の斜陽産業

 また,業界を見る際,その業界が黎明期,成長期,成熟期,衰退期のどのステージにあるのかもおさえておきたい。もちろん,先のことはわからない。仮にもし,40年働くとしても何が起こるのかは社長ですらわからないだろう。
 就活時の花形産業は,未来の斜陽産業だ。今「石炭をやりたい」と言う学生はいないが,数十年前,石炭業界は花形産業だった。
 業界再編の動きなどもよく起こるものだ。私が就活をしていた90年代半ばごろ,都市銀行は多数あったが,現在は3大メガバンクを中心に再編されている。
 もっとも,挽回のストーリーだってある。以前,「商社冬の時代」と言われたことがあった。商社が介在する意味がない時代がやってくるのではないかということだったのだが,その後の総合商社は事業投資にシフトして,ますますのビッグビジネスとなった。現在,総合商社の大手5社の売上は約50兆円にも達しているし,学生にとって不動の憧れ業界となっている。

常見陽平 (2012). 親は知らない就活の鉄則 朝日新聞出版 pp.122-123

知っている企業しか知らない

 新卒採用をめぐる永遠の課題は,就活生は「知っている企業しか知らない」ことである。親もそう変わらない。要するに,消費者として認知する企業しか知らず,そこを中心に受けてしまうことが永遠の課題である。
 就活を前にした3年生に「知っている企業とはどんな企業か」と尋ねると,CMに出てくる企業ばかりだったりする。自分が消費者として商品を使っている企業,ニュースや広告などで知っている企業ばかりの名があがる。
 いうまでもなく,「知っている企業」が「いい企業」とはかぎらない。ましてや,人気企業が「いい企業」だとはかぎらない。それこそ,JALは経営破綻するまで,ずっと人気企業ランキングの上位に入り続けていた。当時から,数々の不祥事を起こしていたし,「JALはもう危ない」と危機説が囁かされていにもかかわらずだ。
 そして,こういった「知っている企業」は,企業社会のことがよくわかrない若者が,就活の初期〜中期段階に選びがちだ。事実,ランキング上位の企業は消費者が顧客のB to C企業か大手企業がほとんどである。
 そして,誰でもこれらの企業にいけるわけではない。人気企業ランキングベスト100に入る企業の求人は毎年2万人くらいだ。それに対して人気企業に応募する学生は山ほどいる。
 こういった「知っている企業しか知らない」という学生の多さが,雇用のミスマッチを生むと考えられている。そして,そのために起こる内定率の低さを「就職氷河期」とは呼ばない。雇用のミスマッチが生む就職率の低下だから「就活断層」と呼ぶのである。

常見陽平 (2012). 親は知らない就活の鉄則 朝日新聞出版 pp.112-113

メディアと実際

 新聞の見出しなどに踊る就活をめぐるデータは,どのような調べ方をしたのかを疑ったほうがいい。さらには,各大学や状況によっても異なることに留意してほしい。
 就職難を乗り越えるために必要なのは,メディアに踊らされないようにすることが大切である。メディアはかわいそうな話が大好きだ。特に就職難のネタは,まさに親も子どもも共感,同情するネタであり,センセーショナルであるために,便利に利用される。
 だが,実際,決まる学生は決まるし,メディアが報じるよりもずっと求人は大学に届き続けている。

常見陽平 (2012). 親は知らない就活の鉄則 朝日新聞出版 pp.91-92

自己分析の罠

 一方で,私は採用担当者をしていたころから,学生の自己分析について疑問を抱いていた。学生たちは,次のような自己分析の罠にはまっていないかと危惧していたのである。

1.自分自身に成功体験など「すごい体験」がなくあせってしまう。自信をなくしてしまう
2.志望先に合わせた,都合のよい自分を演じてしまう
3.聞こえのよいことだけを中心に,無難に,きれいにまとめてしまう
4.自分の体験を適切に評価できない(極端な過大評価,過小評価をしてしまう)
5.学生同士でアルバイト,サークルなど体験が似通っており,一見すると差がつかない
6.自己分析が目的化してしまい,それに取り組んだだけで満足してしまう
7.独りよがりになってしまっていて,客観性に欠ける

 なんとなく大学に入り,挫折を経験せずに育ってきた20歳前後の若者に,自己分析などさせても自信をなくすだけではないか。そして,これまでの自分の殻に閉じこもってしまうのではないかと疑問に思っていたのだ。
 しかし,そのあとに気づいた。たしかに,人間にはそれぞれ独自の価値観,行動特性,思考回路というものがあり,深く掘り下げていくと,なんでもないようなことのなかに,本人の強みを見出すことができるということである。

常見陽平 (2012). 親は知らない就活の鉄則 朝日新聞出版 pp.77-78

自己分析

 この自己分析が本格的に広まったキッカケは杉村太郎氏(故人)が手がけた『絶対内定』(当初はマガジンハウス,現在はダイヤモンド社が刊行)だといわれている。この本はベストセラー,ロングセラーとなった。発売されたのは90年代前半で,まさに「就職氷河期」である。状況が苦しいなか,自分の強みを明確化し,未来を強く構想する手段として自己分析は急速に広がっていったのだ。
 そう,自己分析が必要になった第1の理由は,「就職氷河期と重なったため」である。
 バブルが崩壊し,採用数も減少,採用基準が厳しくなった状態では,ほかの人材との違いをアピールしなくてはならない。皆が企業の求める人物像に合わせた無難なアピールをするというのは当時の学生にもあった傾向だ。そんななかで,自分がいかにその企業に合っていて,活躍できるかをアピールするためのネタ探しに自己分析が活用されたといえるだろう。
 もうひとつの理由は,「自分探し」である。昔の若者に比べ,「なぜ,働くのか」といった自己実現としての職業の意味合いが強くなった。単に内定のためだけでなく,人生を自分らしく生きるためには「自分を知る必要がある」と考えるようになったからである。
 結果,自分の夢を叶えるためにも,自分の内面にある資源を棚卸しし,何が強みで何が足りないのかを明確化するようになったのだ。

常見陽平 (2012). 親は知らない就活の鉄則 朝日新聞出版 pp.76-77

足切り

 人気企業,大手企業のなかには,プレエントリーではなく,応募書類のエントリーシートが数万通を超える企業もある。そんな大量のエントリーシートを前にして,採用担当はどうするか。多くの場合は「学歴による足切り」のような対応をせざるをえない。なぜなら,採用担当にさける人数・時間にかぎりがあり,とてもさばききれないからだ。なかには,日本を代表する大手メーカーのように現場の管理職を千人以上巻き込み,全員のエントリーシートを読んでいる企業もあるのだが。
 エントリーシートの段階に関して言うと,「事務系でいうなら,偏差値63以下の大学は落とすことにしている」(大手電機メーカー)など,極端な学歴切りにつながっている。

常見陽平 (2012). 親は知らない就活の鉄則 朝日新聞出版 pp.57

親からの電話

 都内女子大のキャリアセンター長は「親からの相談のような,クレームのような電話はよくかかってくる」と疲れをにじませる。過去にあった保護者からの強烈な電話のひとつは,地方在住の母親からかかってきたこんな内容だったという。
 「学芸員の資格を取得しても,私の娘はちっとも地元では就職できない。どういうことなのかきちんと説明してくれないか?せっかく大学に行かせたのに。責任とってほしい」
 こう電話でまくしたてたそうだ。
 この女子大では,図書館の司書や,学芸員の資格をめざすことができる。おそらくこの母親は,「就職に安泰」と思って,この女子大に子どもを入れたのだろう。
 だが,「大学入学=学芸員の資格がとれる」はわかるにしても,「学芸員の資格がとれる=地元で就職できる」わけではない。だいたい少し調べれば,地元に学芸員の求人が少ないことくらい,大学に入る前からわかっていたことではないだろうか。

常見陽平 (2012). 親は知らない就活の鉄則 朝日新聞出版 pp.25-26

危険な誘惑

 「死者は無抵抗に,生前の印象的な出来事に象徴されます。それはなるほど,何をしたかというより,したことのうちで,何が目立ったかの問題です。……私はそもそも,死に方に拘る,という考え方が好きではありませんでした。それは,危険な誘惑です。生きることへの拘りを断念させてしまいます。」
 「そうなのかもしれません。……わかる気がします。」
 「どんな人生でも,死に方さえ立派であれば,立派な人生だ。——それは,人を破滅させる思想です。戦争になると,政治家はこの考え方を徹底させます。たとえこれまでの人生が不遇であっても,最後に国家のために戦って死ねば,国家は立派な人間として,あなたの人生を全面的に肯定する,と。恐ろしい,卑劣な嗾しです。……私は,苦しみに満ちた人生を送ってきた人間が,死に方一つで,最後にすべてを逆転させられる——自分の一生を,鮮やかに染め直すことが出来ると夢見ることに同情します。その真剣な単純さを愛します。自分は表面的には違っていても,本質的に立派な人間だったのだと,最後に証明しようとすることを理解します。しかし,賛同はしません。」

平野啓一郎 (2012). 空白を満たしなさい 講談社 No.4073-4074/6700(kindle)

理解していない

 最大の問題は,やはり就職市場の構造というものをマスコミや識者,果ては行政までよく理解せずに対策を講じることにあるのだろう。
 人気企業はとてつもなく狭き門だ。それは確かに好景気になれば2倍程度には広がるが,それでもやっぱり狭き門だ。この雇用吸収力の乏しい分野をどうこういじったって,まったく就職氷河は溶けやしない。
 にもかかわらず,多くの人が,人気企業さえどうにかすれば,就職全体が大きく変わると考える。そして,経団連に代表される大企業も批判の矢面に立つのがいやだから,お付き合いでおためごかしを取り繕う。
 それじゃどうにもならないことに,なぜ気づかないのか。
 就職市場の構造は圧倒的多数が,中堅中小企業に就職する,ということにある。
 しかし,このおそろしいほどの数と数のぶつかりあいが,ミスマッチを生む。一昔前のように,大卒はエリートでそこそこの企業に入れた,という少数精鋭時代とは話が異なるのだ。
 労働力調査や企業センサスで調べれば,雇用者の7割強は中堅中小企業で働いていることが確認できる。大学生の就職も,この本の冒頭で書いた通り,6割強が中堅中小に決まる。構造自体は相似形になっている。
 そして,7割と6割の差,この1割分が就職無業となっている。そう考えた上で対策を練れば,もっともっと就職問題は良い方向に進んでいくだろう。
 この市場構造に気づかないでいると,永遠に就職氷河は消えない。

海老原嗣生 (2012). 偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 朝日新聞出版 pp.193-194

終わった産業

 日本の学生は,企業のうわべの人気だけを気にしすぎるという大問題だ。これが,正しい行動ならばいいだろう。しかし,往々にして,将来自分の首を絞めることにつながる。
 なぜなら,人気企業とは,現時点が最盛期であり,その後は停滞期に入るケースが多いからだ。そうした企業を志望するということは,「終わった産業」に入ることと同義なのだ。
 ただ,学生はいつの時代もその過ちを繰り返してきた。
 1950年代ならば3白(砂糖・製紙・セメント)と石炭,1960年代なら造船,鉄鋼,1980年代ならJAL,そして現在ならさしずめマスコミだろう。
 私は,トヨタの相談役であり,同社中興の祖である奥田碩氏が話した,以下の様な言葉を覚えている。
 「私の時代は,できる人たちはみな3白に就職していった。私はデキが悪かったから,たまたま愛知にある田舎企業にしか就職できなかった。その企業が今では世界一となっている」
 同じことは,1990年代にも起きている。今度はテレビと新聞が広告メディアとして退潮期にさしかかり,代わってインターネットが主役に躍り出始めた時期だ。時代の空気を読んで,サイバーエージェントや楽天,ヤフーなどの企業がこの時期に立ち上がっている。
 ただ,それでも旧来メディアへの志望熱は冷めず,学生たちが本気でイーコマース系に動き出したのは,それから10年ほど時が過ぎてからだ。
 この繰り返しからは,なかなか抜け出すことはできないと思う。なぜなら,今全盛の産業が「終わった産業かどうか」は通り過ぎてからでないとわからないし,「これから花開く明日の産業」についても同じことが言えるからだ。
 さて,なぜ私は,いまこの「終わった産業」についてこの場で話しているのか。
 それは,日本の大学生が「人気企業(終わった産業)」にしがみつき,「不人気企業(明日の産業)」を敬遠しているその裏側で,不人気産業は,優秀で辞めない外国人学生を戦力化し,将来の海外進出の先兵にしようとしているからだ。

海老原嗣生 (2012). 偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 朝日新聞出版 pp.184-186

考える力を

 大学のキャリアセンターに呼ばれて行くと,そこでは「白い靴下は面接ではNGですか」「自分のことを語るとき,『私』と『自分』とどちらを使うべきですか」,こんな話ばかりを聞かれる。
 そんなことよりも,企業が望むのは,的確に相手の質問意図をとらえ,それに対して,説得力の高い応答を,素早く,しかも簡潔に行えることである。そういう力は,「面接対策」ではなく,学問・学究活動をしながら十分磨ける。この部分は,大学教育と融合が可能なはずだ。こうした,本質的な考える力の養成ならば,スキル教育を重視する専門学校とも一線を画すことができるだろう。
 つまり,考える力を鍛えるよなシラバスを作り,そのシラバスの題材として,経済や法律や文学などを利用すれば,大学教育と社会人力養成は相反さない。そうすれば,学生も学業に力を入れる。
 逆に,現状のような「就職活動を後ろ倒しにする」などという本質的ではない対症療法を繰り返していても,決して学生は学業に力を注ぎはしないだろう。

海老原嗣生 (2012). 偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 朝日新聞出版 pp.169-170

女性雇用はコストか

 女子を採用し長期雇用することに対して,いまだに多くの企業は「コスト」と感じているのが,偽らざる気持ちだろう。なぜなら,女性に出産・育児による休業ブランクや,夫の転勤による異動希望・退職などがついてまわるからだ。
 とすると,企業の選択肢は以下の4点になる。
 1点は,これらのコストを払って採用しても,目に見えるメリットがある「女性向け産業」。マスコミや日用品メーカー・専門商社などが,これに当たるだろう。
 2点目が,コストの支払いに前向き(途中休業したとしても,長期雇用する対価が大きい)な長期熟練型産業。重工業と建設インフラ業がこれに当たる。これらの企業は,採用したからには,面倒見もよく,定着率も高い。ただし,超厳選で数をしぼる。
 3点目が,女性の総合職採用は控え,一般職でアシスタント的な任用を主流にする企業。ここには金融や総合商社が入る。ただし,昨今ではこうした業界でも女性の勤続年数は伸びている。その理由として,アシスタント的職務でも,「阿吽の呼吸」や「特殊な社内文化」などを理解する熟練者は,企業にとって重宝されるからだ。
 とりわけ,総合職の異動が激しい都銀や総合商社などでは,1つの部署に長く勤務し続ける庶務役の女性が,文化継承の要であったりもする。つまり,勤続者は歓迎される傾向にあるのだ。
 そして,こうしたアシスタント職の場合,ひとつの部署でひとつの仕事をこなし続けるために,休業したとしても,そのブランクが「将来のキャリア形成にマイナス」などとならない。数年休んでも戻ってきやすいというメリットとなる。そのため,最近では女子一般職の勤続年数が伸びているのだ(こうした一般職の有利さを知ると,ますます,総合職で男性同様にキャリアを築こうという気持ちが削がれるかもしれない)。
 そして最後の4点目が,ライフイベント(出産・育児)に達しない短期雇用のため,女性採用に躊躇しない業界。定着率が良くないために,出産適齢期まで残る女性が少ない産業だ。ここに分類されるのが,IT・コンサルとサービス・小売業。

海老原嗣生 (2012). 偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 朝日新聞出版 pp.136-137

やめない

 人気大手企業は,応募者を学歴(大学名)で選抜している。それをいくら「差別だ」と学生やマスコミが批判したとしても,やめることはないだろう。なぜなら,こうした企業には万単位の応募者が来ているので,何かしらの機械的なスクリーニングを行わないかぎり,選好実務が進まないからだ。その機械的スクリーニングとして,学校名はかなり有意性が高い。厳しいようだが,これが企業の論理なのだ。

海老原嗣生 (2012). 偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 朝日新聞出版 pp.61

受けてみなくちゃ?

 「といったって,受けてみなければwからないじゃないですか。人気企業を受けるのに別にお金がかかるわけでもないんだから」
 そう,就職ということに関しては,まるで相場観がないのが普通の学生なのだ。
 ひるがえって考えてほしい。少し野球がうまいからといって,「受けて見なければわからないから」とプロ野球選手を志望する学生はまずいないだろう。彼らは,リトルリーグで夢砕かれ,中高では名門校に入れずまた挫折し,名門校に進んでも甲子園には届かず……。そう,大学に入るまでに何度も砂を噛む思いをしている。だから,相場観が見についているのだ。
 同じようにちょっとカワイくて歌がうまいからと,AKB48に入れはしないことを多くの女子学生はわかっている。地方の高校で少しデキるからと,東大を受ける学生もいない。皆,小さな頃から何度も挫折を経験し,「ちょっとやそっとじゃ無理」ということがわかっているからだ。
 こうした「相場観形成」がまったくなされず,若者は大学3,4年生になって初めて就職の厳しさを知る。
 こんな状態で,親やキャリアカウンセラーが,口を酸っぱくして「社会はそんな甘いもんじゃない」「多くの人が中堅中小企業で働いている」と説得しても,やはり学生は納得はしない。だから,狭き門の向こう側にいる企業は,対応できないほどの大量の応募者と対峙することになる。かくして企業は,学校名や学部名などの「レッテル」による選別をするしかなくなっていくのだ。

海老原嗣生 (2012). 偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 朝日新聞出版 pp.48-49

名ばかり名門大学生

 昔のように「難関校を出ていれば,基礎学力についてはある程度粒ぞろい」というような考え方は,企業の採用担当からは潰えていくことになった。
 そこから,企業側は「名ばかり名門大学生」対策に追われることになる。
 まだ内定にはほど遠い段階で,筆記試験を課す企業が増えた。その上,従来の言語(国語),非言語(算数)だけでなく,一般常識も加える企業が増えている。エントリーシート(応募趣意書。以下ES)の内容が,自己PRや応募動機といったありきたりなものから,時事問題や科学分野の話などに振られだしたのも,理由の一端はそこにある。
 さらに,応募の早い時期からグループディスカッションにより,思考力,論理性などを厳重にチェックするのもごく一般的となっている。みな,「名ばかり名門大学生」対策の一環ともいえるだろう。
 近年,とみに「就活の厳選化」が叫ばれるようになったのはこうした経緯があるからだ。
 ただ,それを知らない大人たちの間では,「採用が厳選化したのは,高いレベルの“リーダーシップ”“問題発見能力”“コミュニケーション能力”が必要とされるからだ」などととらえられている節がある。
 たしかに,そうした言葉を語る企業の採用担当も多い。しかし,年功序列型が多い大手企業が,本気でそんな「出る杭」ばかりを採用するとはとうてい思えない。そんな「ハイレベル」な基準は,企業により好き・嫌いが分かれるところなのだ。

海老原嗣生 (2012). 偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 朝日新聞出版 pp.32-33

つい100かゼロかで

 人間というのは何かを考える時,つい100かゼロかで考えちゃう。
 「彼が好きなの。彼とつきあうにはどうすればいいの?」
 「つきあえないのは絶対イヤなの」
 こう考えてる人,多いです。
 そこでメーターです。
 つまり「絶対イヤ」を「100イヤ」と言い直して,50とか60だとどうだろうかと考えてみる。
 完全解決を望むと,達成は非常に難しくなる。
 自分の感情や価値観について,メーター表現すると,急に客観的になれます。

岡田斗司夫・FREEex (2012). オタクの息子に悩んでいます:朝日新聞「悩みのるつぼ」より 幻冬舎 pp.153

環境を変える

 なので,何か行動する時には環境を変えるのがコツです。
 学級委員長とか社長ができるのは,環境を大きく変えることぐらいだからです。
 入院するとダイエットがうまくいく。入院する環境にいれば,おやつが入手できにくい=食べにくい。だから痩せるというだけなんです。
 要はこの原理の応用です。
 社長とか学級委員長のできることは,計画的に「行動する環境そのもの」を大きく変えてしまう。
 その結果,行動が変わる。社員たちも徐々に「社長の言うこともわかるよな」とか,「あんがい成果が出てるよな」というふうに実績が積み上げられていくと,ようやっと納得していく。
 すると心の中の「小さな自分」たちが,重い腰をあげてようやく一致団結して,1つの目標に向かい出す。
 これが「決心が長続きする」,すなわち「モチベーションが高い」という状態です。

岡田斗司夫・FREEex (2012). オタクの息子に悩んでいます:朝日新聞「悩みのるつぼ」より 幻冬舎 pp.134

統一がとれていない中小企業の社長

 「強い意志があれば,自分の中で意思統一ができるはず」というのは幻想なんですよ。
 もっと現実的に,リアルに自分を観測してみる。
 僕らの心のモデルとして,自分の中に複数の自分がいる。で,その1人がたとえばしょっちゅう食べたがるとか,「決心」社長の監視を盗んで食べたがる。
 「決心」社長の監視がゆるい時,つまり理性がふっとゆるんだ時に,こっそりとポテチの袋開けてパリパリパリパリ食べる。社長に見つかった瞬間に,「いえいえ」とか言って,あっという間に隠れるんですよ。
 どうですか?みなさんが「自分の決心をつい破っちゃう時」って,こんな感じじゃないですか?
 同じように,何かルール違反をついついしちゃう人というのは,多分,そのルール違反を自分でやってる意識があまりないんですね。心の中に,「いや,それぐらいいいじゃないか」という自分がいる。よく海外アニメに出てくる「頭の両側で天使と悪魔がささやく」,あれと同じです。
 学級委員会と言ってもいいんですけども,自分というのは所詮,統一がとれてない中小企業の社長にすぎない。
 だから,自分が決心したからといって思い通りに何かできないのは当たり前。
 「どういうふうに決心すればいいんですか」とか,「どういうふうに決意すればいいんですか」って聞く人もいるけれど,決心や決意ではどうにもならないんです。
 それは社長が決心して社員に大号令かけてるのとまったく同じで,社員は社員でその時は「そうだな」と思うかもしれないけど,それだけなんです。
 家へ帰る途中で「社長,何言ってんだよ」と思うかもしれないし,飲みに行ったら,社員の中の有力なやつが,「社長が言ってることもわかるけどさあ」
 この「さあ」と言った瞬間にみんなが「やっぱり?」「そうだよね?」ってなるわけですね。
 なので,「決心」というのは長持ちしない。

岡田斗司夫・FREEex (2012). オタクの息子に悩んでいます:朝日新聞「悩みのるつぼ」より 幻冬舎 pp.131-133

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