他にもいろいろなやり方があるが,ときにはスイッチを切るだけでじゅうぶんだ。筆者チュンカはある会議に出たとき,自分の前のプレゼンテーションを聞いている経営陣の一団を観察した。彼らは発表者を無言で迎え,おざなりな質問を2つ3つするだけだった。ずらりと並んだ50人以上の上級管理職たちは,新しいスライドが映ると目を上げるだけで,プレゼンターと視線を合わせようともしない。しかし無礼なのではない。マルチタスクの世界へようこそ。彼らはみな数々の通信装置で武装している。携帯電話はマナーモードにしているが,全員がEメール,インスタントメッセージ,ブラックベリーなどで外部の人間とひんぱんに連絡をとっている。出席者同士もコンピュータを介して裏でつながり,すさまじいペースで会話が交わされている。しかしオープンな対話による相互作用はまったくなかった。
この日,会社の未来を語りあう1日がかりの会議に臨み,発表の準備をしていたチュンカはふと,自分のパソコンの電源プラグが差し込んである同じコンセントに,会議用のワイヤレスネットワーク全体の電源がつながっているのに気づいた。そしてどうしたか。いちばん格上のクライアントの了承を得て,現場の技術サポート員にあらかじめ知らせたうえで(彼は真っ青になったが),電源コードを抜き,何食わぬ顔で発表を始めたのだ。あちこちで出席者がコードを調べ,隣のスクリーンに目をやり,技術サポート員に怒りの視線を投げた。しかしチュンカの目論見どおり,マルチタスクの霧が少しずつ晴れるにつれて,みんな会話に加わりはじめた。やがて会話は熱をおび,この会社の未来について,誰の記憶にもないほど活発な議論がかわされた。
ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.263-264
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