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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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ながら運転

 運転中の二重課題の実験によると,ラジオやCDを聞きながらでも運転は損なわれない。しかし,議論を続けるような認知的な負担のある課題の場合は,運転に影響を及ぼすばかりか,普通より2倍も多くシミュレーター盤上の信号を見落としたり,さらにブレーキを踏む反応時間を遅らせることになる。実際,携帯電話で会話しながら運転するのは,違法となる血中アルコール濃度レベルの飲酒運転に等しい。米国の人間工学会は,年間2600件の米国における死亡事故と,33万件の負傷事故は,運転中の携帯電話での会話が原因だと推定している。

ターケル・クリングバーグ 苧阪直行(訳) (2011). オーバーフローする脳:ワーキングメモリの限界への挑戦 新曜社 pp.86
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ワーキングメモリ

 「ワーキングメモリ」という言葉は,1960年代にカール・プリグラムという神経科学者がすでに使っているが,心理学者であるアラン・バッドレーが1970年代初期にその一般的な意味を定義した。バッドレーはワーキングメモリに3つのコンポーネント(構成要素)を想定した。1つは視覚情報を保持するための視空間的スケッチパッド(visuospatial sketch pad)と呼ばれる。2つ目は言語情報を保持するための音韻ループ(phonological loop)であり,3つ目は視覚空間的スケッチパッドと音韻ループを調整する中枢的コンポーネントで,中央実行系(central executive)と呼ばれる。その後,バッドレーはまた別のワーキングメモリの保持機能をもつエピソード・バッファー(episodic buffer)をコンポーネントに加えたが,これはワーキングメモリにエピソード記憶を保持する役割をもつ。しかし,このバッファーは他のコンポーネントに比べると,その性格が必ずしも明確ではない。チェスのコマの移動を想起するとき,使っているのは視空間的スケッチパッドであり,電話番号を想起するときに役立つのは音韻ループによるリハーサルだ。このどちらの場合も注意に寄る調整が必要で,この調整を行っているのが中央実行系だ。

ターケル・クリングバーグ 苧阪直行(訳) (2011). オーバーフローする脳:ワーキングメモリの限界への挑戦 新曜社 pp.41

注意

 オレゴン大学の心理学者マイケル・ポズナーは,よく工夫されていて簡単に実施できる一連の実験を開発した。この実験はパソコンで行えるうえ,それぞれ違った種類の注意を必要とする。その1つでは,観察者はパソコンの画面に小さな四角いターゲットが見えたらすぐにボタンを押すように求められる。ターゲットが提示される前に警告信号は出ないので,これは「刺激駆動型の注意」が必要な課題である。もう1つは,ターゲットが提示される前に,三角形の警告刺激が出される。しかし,どこに出るかは分からない。警告刺激は観察者の覚醒水準を上げることになる。3番目のものは,「コントロールされた注意」を見るものだ。ターゲットが提示される数秒前に矢印が画面に提示され,すぐにターゲットが出るという警告に加えて,提示される位置も示す。観察者は注意をコントロールして,ターゲットが出てくると予想される画面位置に注意を向けることができる。
 このようなテストで反応時間を計測することで,科学者は違った種類の注意について定量化を行ってきた。面白いことは,これらの注意はかなり相互に独立しているということである。このような注意の間の組織的な独立性が示しているのは,注意のタイプごとに問題が起こりうるし,それは必ずしも,他の種類の注意にそれほど影響しないということである。

ターケル・クリングバーグ 苧阪直行(訳) (2011). オーバーフローする脳:ワーキングメモリの限界への挑戦 新曜社 pp.27

フリン効果

 1980年代,ニュージーランドの社会学者ジェームス・フリンが思い立って実施したのは,過去のIQ(知能指数)得点を長期にわたって調査することだった。調査の結果,フリンはそれ以降十数年心理学界に騒動を引き起こすこととなる発見をした。人々のIQが上昇しているように見えたからだ。この現象はフリン効果と呼ばれている。
 さてIQは,全人口に対して,統計上その平均得点が100になるように標準化されている。一定の年齢層(たとえば18歳の人々)の大きなサンプルに新しいバージョンのIQテストを実施した場合も,平均値が100になるよう調整される。その場合,新しいバージョンのIQテストを受けた人は旧いテストも受けるように求められ,新旧双方のIQテストの成績が一致するかどうかを調べる。フリンが見出したのは,どのグループでもテストを受けるたびに旧テストより成績が良くなったということだ。18歳の人々のグループが20年前のテストを受けたとすると,20年前の彼らの同年代の人々の得点100にはならず,必ず少し高目の値が出るのだ。フリンは1932年から1978年の間の,全体で7500名以上の参加者にのぼる70以上の調査を検討して,平均IQが10年間で3ポイント,おおよそ3%上昇していることに気づいた。
 この報告がセンセーショナルだったのは増加の程度だった。2世代,60年間の間に得点がおよそ1標準偏差も上昇していたのである。すなわち,1990年の同年齢層の得点の平均値をとった18歳の人々を,仮に60年前の時点で評価したとすると,その特典は高いほうの6分の1に入るのだ。30人のクラスの平均的学生の場合なら,突然トップの5位以内に入ることになる。
 このIQの上昇は,教育の改善の結果だとも言い得るが,もしそうなら語彙や一般知識の検査で得点が上がり,問題解決の検査ではさほど上がらないはずだ。なぜなら,問題解決は文化や教育のレベルとは比較的かかわりがないと考えられるからだ。しかし,アメリカ人のIQテストの変化を詳細に調べらた結果,まさにその反対であることが見出された。得点の上昇は問題解決で著しく上昇し,一方,語彙検査の得点はほとんど変化がなかったのである。

ターケル・クリングバーグ 苧阪直行(訳) (2011). オーバーフローする脳:ワーキングメモリの限界への挑戦 新曜社 pp.13-15

構造が変わる

 ジャグリングのような一種の曲芸は皆が毎日やるわけではないが,いったん練習を始めれば,以上の例から見て数週間で脳の地図が大いに変化するはずだ。換言すれば,特定の活動が学習ずみになると,脳にどのような変化が生じたかを調べられるということを示している。ある研究では,ジャグリングの練習を3ヵ月した後とする前の参加者グループの脳の構造について調べられている。そこからわかったことは,練習期間を通して脳の後頭葉の運動知覚にかかわる皮質が拡大したが,練習をやめて3ヵ月が過ぎると再び縮小し,トレーニングで拡大した領域のおよそ半分が失われたということだった。つまり,わずか3ヵ月の活動で,あるいはわずか3ヵ月練習をしなかったことで,脳の構造が変わるのだ。

ターケル・クリングバーグ 苧阪直行(訳) (2011). オーバーフローする脳:ワーキングメモリの限界への挑戦 新曜社 pp.12-13

無知につけ込む

 人間の多様性に関わる遺伝学は道徳的に危険だとする主張のほうが,はるかに深刻だ。もちろん,人種主義的科学の歴史を鑑みれば,こうした」主張がどこから生まれるかわかるだろう。しかしながら,やはりそれは間違った主張だ。思慮分別のある人なら,人間どうしのあいだの相違などほんのわずかなので,それを悪用して社会正義の遵守を妨げる理はないことを熟知しているはずだ。グールドのスローガンを借りれば,「人間の平等は歴史上の偶然的な事実である」のだから。それよりも,人間の多様性の原因が研究されずにいる限り——世界の様々な地域の人たちを区別する7パーセントの遺伝子の多型が解明されずにいる限り,そのあいまいな部分を悪用して社会不正を促すような理論を展開する人々は,跡を絶たないだろう。社会不正が新しい知識の結果として起こることもしばしばだが,より多くの場合——はるかに多くの場合——社会不正は私たちの無知という知識の裂け目につけ込むのだ。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.303-304

「人種は存在しない」

 「人種」は,長いこと四面楚歌の状態にあった。科学者の中では遺伝学者たちが先頭に立って攻撃してきたが,その攻撃は世界じゅうの遺伝的変異のパターンを研究した2つの調査結果にもとづいている。最初の調査からわかったことは,ヒトゲノムに豊富に見られる遺伝子の多型で人間を分けると,伝統的・民族文化人類学的な人種とは一致しないということだ。どんな遺伝子にもさまざまな多型が現れる。たとえほとんどの多型が「沈黙」していて,コードするタンパク質に影響を与えないとしても多型は存在している。当然のことながら,ある多型はある特定の地域に多く見られることがある。だがほとんどの遺伝子の多型について,地域的広がり,あるいは希少性の世界的分布を見てみると,昔ながらの人種の境界線とは一致しない。人種の境界線はたいがいはっきりと引かれるが,概して遺伝子の多型の頻度はなだらかに変化している。多型の頻度の地域的な差は遺伝子ごとに異なる。だからもし人類の間に境界線を引こうとしても,ほとんどの遺伝子は境界線のどちら側に分類されるのかを簡単に示してはくれないのだ。
 2つ目の実験からわかったことは——それによって遺伝学者たちは人種それ自体を疑り出したし,いまも疑っているが——どんなに小さな集団でも遺伝的多型は見られたということだ。世界じゅうから集めた遺伝的多型の約85パーセントは,たとえばカンボジアやナイジェリアといったどんな国やどんな集団でも見られ,約8パーセントがオランダやスペインといった国ごとに見られ,残りのたった7%だけが大陸——「人種」を大雑把に解釈したもの——ごとに見られた。たしかにオランダ人とディンカ族との間には遺伝的な相違はあるが,オランダのデルフトに住むふたりの人間の間の相違とたいして変わりはない。
 遺伝的多型に関するこうした事実は,1960年代から知られていた。それ以後10年ごとに,遺伝的変異を発見・分析するより精度の高い方法を利用したより豊富なデータによって裏付けられてきた。1960年代は多型のタンパク質がゲル上を移動する様子を研究していたが,現代はゲノム全体の塩基配列を研究している。科学者たちは何十年にもわたって——本書で私がしているように——こうした結果を説明し,遺伝学的には,人種は存在しないと主張してきた。人種は実体のないものを具象化したものであり,社会的構成物であり,さもなければ信用に値しないイデオロギーの残存物だと。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.294-296

死亡者数ゼロ

 1994年に目を見張るようなことが起きた。スゥエーデンの8歳の少女の死亡者数が,ゼロだったのだ。1人もインフルエンザで死なず,1人もバスに轢かれて死ななかったのだ。その年の初めに11万2521人いた8歳の少女は,その年の終わりにも11万2521人いたのだ。
 もちろん,これは統計上の偶然にすぎない。その年には8歳の少年が何名か死亡したし,7歳と9歳の少女の何名か死亡した。翌年には8歳の少年も少女も死亡した。だが1994年にスゥエーデンの8歳の少女が1人も死亡しなかったということは,子どもたちを死から守るという,産業文明の進歩による最大の偉業が達成されたことを象徴的に表していると言えるのかもしれない。
 先進国における子どもの死亡率は,特に事故や犯罪による死亡を除けば,限りなくゼロに近づいた。少なくとも250年かけて達成されたこの偉業によって,平均寿命はゆっくりと上昇していった。1750年以前の平均寿命はたったの20年だったが,現在では経済大国の平均寿命はおよそ75年だ。平均寿命の上昇は,まず感染症の犠牲になる子どもたちを病気から救ったことによって成し遂げられた。しかしおもしろいことに,こうした国々では子どもを死から守るという目標は完全に達せられたにもかかわらず,平均寿命は伸び続けている。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.290

変異と遺伝的多型

 ある種の遺伝が「変異」か「遺伝的多型」かを決めるのは,世界的に数多く見られるか,人間の益になるかの2点にかかっている。「変異」は希少で害になるが,「遺伝的多型」はたいがいそのどちらでもない。頻度から言えば,赤毛の人はヨーロッパ北部ではよく見られるが(スコットランド北東部のアバディーン市では人口の6パーセント),世界的には希少だ。さらに追い打ちをかけるようだが,この数字は「赤毛の遺伝子」を持つ人を割増して数えている。赤毛といっても人によって千差万別だからだ。MC1R遺伝子には少なくとも30個の多型があり,その多くはアイルランドで発見された。このうちの6個から10個くらいの多型が多様に組み合わさって,赤褐色,真紅,オレンジ,赤みがかったブロンドなどの赤毛を作り出す。逆にアフリカ人はみな,同じ一種類のMC1R遺伝子をもっている。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.233

皮膚の色テスト

 なるほど,彼らの気持ちもよくわかる。リンネが世界の人々をアジア人(黄),ネイティブアメリカン(赤),ヨーロッパ人(白),アフリカ人(黒)の4種類の人種に分類して以来,肌の色は人の属性を表す都合のいい印として悪用されてきた。リンネはこの4種類の人種を肌の色だけでなく気質でも分類した。アジア人は「厳格,傲慢,貪欲で,人の意見に左右される」。ネイティブアメリカンは「頑固で短気だが,満ち足りている。自己の習慣に固執する」。アフリカ人は「狡猾だが,怠惰で無気力,不注意。成り行きまかせ」と良い所は1つもないようだ。それで彼自身の人種はどうなのだろうか?リンネの考えでは,ヨーロッパ人は「明朗快活で創意工夫に富み,社会的習慣を重んじる」。これこそが,のちにアーリア人の優秀性を唱えた19世紀の理論家ゴビノー伯爵アーサーの著作を経て,南アフリカのアパルトヘイト——世界史上最も体系的な人種差別体制——で最高潮に達した,かの悪名高き知的伝統の始まりだった。
 およそ50年にもわたって,南アフリカのアパルトヘイトの立案者たちは世界を敵にまわし,人種の海を2つに割くという絶望的な仕事に国の豊富な資源を費やした。「白人専用」と書かれた講演のベンチには誰が座ることができ,誰ができないかという堂々巡りの話し合いでは,警官や刑事や経営者だけでなく,実際ほとんどの市民が人種を判断する専門家になった。南アフリカの法律は,何を基準に「黒人」「白人」「カラード」(アパルトヘイトの用語では,アフリカ人とヨーロッパ人の混血の意)とするかについては,つねにわざとあいまいにしていた。場合によっては,あなたは誰を知っているのか?どこの出身なのか?人はあなたを誰だと思っているのか?といった程度のことが基準になった。だがこうした社会的基準に,一連の複雑な疑似科学的テストが混ざるようになった。テストの支持者は,「白人で押し通そう」としてもアフリカ人の祖先がいることを暴き出せると断言した。「鉛筆テスト」なんてものを信用する人もいた。被験者に多少でも黒人の血が流れていると,毛髪に鉛筆をさしても落ちてこないというものだ。ほかには爪の下の皮膚を見ればわかるとか,まぶたの色を見ればわかるとか,蒙古斑があればそうだとか,訳知り顔で吹聴する類のものもあった。さらに「陰嚢テスト」といって,性器の色を見ればわかるといったものまであった。1948年から90年まで南アフリカの学校,病院,職場など実際あらゆる公共の場で繰り広げられた人種差別では,子どもの運命は体じゅうのあらゆる部分の皮膚の色で決まった。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.228-230

2色のパレット

 私たちの肌の色はさまざまだ。パレットには2種類の絵の具,つまり色素しか載っていない。1つはユーメラミンで,皮膚や毛髪や瞳を褐色や黒色にする暗い色素。もう1つはフェオメラニンで,より色の薄い部分,つまり金髪や赤毛にある明るい色素だ。画家が三原色を混ぜてすべての色をつくるように,肌の色もこの2つの色素を混ぜることによって出来上がる。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.220

「だから何なのだ」

 長身崇拝はジレンマを生む。身長をコントロールする分子のメカニズムがさらにわかってくれば,私たちが,いやむしろ子どもたちが望む身長をミリ単位まで操作することができるようになるだろう。そうなると,いったいどれくらいの身長が適正なのだろうか?身長に関して正常と異常との境界をはっきり定めることはできない。それは臨床的な可能性,もしくは便宜上決められたあいまいな境界なのだ。もちろん,背が低いことが症候になる病気は遺伝的なものを含めたくさんある。だが,もともとは遺伝的なものであっても,小柄なことは必ずしも——むしろほとんどの場合——病気ではないのだ。現在アメリカではおよそ3万人の子どもが,背が伸びるようにとサプリメント(遺伝子組み換え型成長ホルモン)を与えられている。こうした子どものほとんどは成長ホルモンが不足しているので,適切な治療法と言える。だがこのうち3分の1は,「突発性低身長」と呼ばれるものだ。栄養不足とか,虐待とか,臨床的に同定できる病気とかが原因で背が低いわけではなく,単に背が低いだけのことだ。だが両親が背が高くなってほしいと望むあまり,成長ホルモンのサプリメントを服用している。
 これは正しいことなのだろうか?大型犬や小型マウスからわかるように,成長ホルモンは体に影響を与える。だがどんなふうに与えるのかはまだ完全に解明されていない。ならば,十分な医学的理由がないときは子どもの身長に手を加えるべきではない,と言っても過激でも時代錯誤でもないはずだ。しかも成長ホルモンだけが問題なわけでもない。私たちのサイズを決める分子装置について知れば知るほど,それを利用したいという誘惑にますます駆られるだろう。正常と異常との境界は曖昧なだけでなく,可変で,つねに変動しており,医療技術の進歩によってもつねに動いている。ある意味,当然のことだ。生物学上の思いがけない出来事が,病いとして理系できて治癒できるものに変わることは,医学の歴史そのものだからだ。だが身長についても同じことが言えるのだろうか?背が高いことは,あらゆる種類の望ましいことと相関があり,背の低い人で米大統領になったのは数えるばかりだが,だから何なのだ,と言いたい。背の低い子どもに関する研究は,私たちが直感的に知っているとおりの結果を示したからだ。人生において幸福や成功を手に入れられるかどうかには,本人の知性や健康,両親から受けるきめ細かい心配りのほうがはるかに重要な役割をはたしており,身長は最もとるに足りない要因の1つだ。これこそが,子どもの成長を誇らしげに,あるいは不安げに柱に刻むときに,私たちが肝に銘じておかなければならないことだ。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.185-186

プロテウス症候群

 こうしたがんは死に至ることが多い。だがPTEN遺伝子変異を1つ受け継ぐということは,こうしたがんの発症よりもはるかにひどい結果を招きうる。もし2つ目の遺伝子の変異が,幼児期の終わりではなく胚の初期の細胞で起きると,子どもの体のかなりの部分,ひょっとしたら半分までも, PTENタンパク質をまったく持たないことになる。その結果,このタンパク質を持たない部分は1つの大きく広がった腫瘍になる。
 この病気は「プロテウス症候群」として知られる。ギリシャの神々の中で頻繁に姿を変える神の名前だ。「海神プロテウスのように/さまざまなものにくり返し変身できる能力を持つ者がいる/ときには若者に,ときにはライオンに/ときには触れるのをためらわれるヘビに/ときには突進するイノシシに,さもなくば鋭い角の牛に」とオウィディウスは書いたが,ほかの作品ではこの海神を「あいまいなもの」と呼んでいる。プロテウス症候群はきわめてまれで,これまで世界じゅうでたったの60人しか知られていない。この症候群の子どもは誕生時には正常に見えるが,大きくなるにつれて顔や手足がだんだんと歪んでくる。骨や柔らかい結合組織が好き勝手に大きくなり,それが体じゅうに広がるが,体の片側だけということが多い。皮膚一面にひだ状の凹凸ができたり,とくに足の裏がざらざらしたりし,たいていは5歳になる前に死んでしまう。2つの大脳半球が不均衡に発達して神経発作を起こしたり,肋骨が大きくなりすぎて呼吸困難になったり,たくさんの奇妙な腫瘍の1つが悪性に変わったりするからだ。1890年に28歳で亡くなった,いわゆる「エレファントマン」ことジョゼフ・メリックは,プロテウス症候群だったといまでは考えられている。もしそうならば,彼の一生は短かったが,28歳まで生きられたのは幸運だと言える。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.178-179

カストラート

 思春期を迎える前に去勢された少年は,背が非常に高くなる。現代の私たちにとってはほとんど忘れられた事実だが,4世紀のアテネではありふれたことだった。当時のアテネは地中海じゅうから集められた奴隷で溢れており,その中には去勢された奴隷が大勢いたからだ。またこの事実は,流行の最先端にいた18世紀のイタリア人にもよく知られていた。スカラ座のような大劇場に君臨していたのは,現在のようなテノール歌手ではなく,カストラートだった。彼らの声域,音量,この世のものとは思えぬ美声は絶賛され,なかには名声を得て金持ちの有力者になる者もいた。たとえば,ファリネッリ(1705-82)はスペインのフェリペ5世の御前で歌い,騎士(カバジェロ)の位を授けられた。カファレッリは講釈に叙せられ,ナポリに豪邸を建てた。ドメニコ・ムスタファはローマ教皇の騎士に任ぜられ,終身聖歌隊長になった。ロッシーニも,モンテヴェルディも,ヘンデルも,グルックも,モーツァルトも,マイヤーベーアーも彼らのために作曲した。彼らが歌うと,観客は「Eviva coltello!(カストラート万歳!)」と叫び,恍惚となった。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.173-174

病気ではない

 ピグミーの背が低いのは既知の何らかの病気のせいではない,ということはエミン・パシャが収集した骨格標本から明らかだ。ピグミーの四肢は見事に均整がとれていたからだ。もっとも,普通の背丈の人の均整のとれ方とは微妙に異なるが。これは,何万年にもわたる自然選択によってゆっくりと形成された体型なのだ。臨床遺伝学者にはなじみ深い,急激な変異ではない。ピグミーの女性と長身のアフリカ人農夫とのあいだに生まれた子どもたちを研究した結果,ピグミーの背の低さは1つの変異によるものではないだろうということがわかった。子どもたちの身長は両親の身長の中間に位置していたからだ。ということは,数種類の遺伝子がピグミーの背の低さに関わっているのだろう。その遺伝子が何なのかはわからないが,どんな働きをするのかは想像がつく。ピグミーの体型を詳しく測定してみると(数千人を測定),普通の背丈の人たちとくらべて足がやや短く,手がやや長い。また頭と歯は胴の大きさからするとやや大きい。実際,身長だけでなく,体全体の均整が一律にイギリスの11歳児のサイズになっている。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.161

ロートレックの身長

 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック[1964-1901]の身長が低いのは,軽い大理石骨病のせいだと考える人たちがいる。だがこれは,この高名なフランス人画家についていままで後付の診断によって言われてきた,いくつかの病名(何骨形成不全症や骨形成不全症など)の1つにすぎない。この中にとくに説得力のある候補はないが,骨の疾患は山ほどあり,その症状も千差万別,かつ違いは軽微で,簡単に間違えてしまう。とくに患者の情報が,伝記や数枚の写真や選り抜きの自画像(ほとんど戯画化したもの)だったりするとそうだ。それでも,ロートレックの病名探しは続いている。彼の魅力の一部は——とくにフランスの医師たちにとっては——トゥールーズ=ロートレック伯爵家というフランスの名門貴族の出であるという事実だ。トゥールーズ=ロートレック伯爵家は南仏の名家だが,やわな貴族などではない。ルエルグ地方,プロヴァンス地方,ラングドック地方の大半を支配し,十字軍遠征ではエルサレムを略奪し,異端説に手を出して教皇に破門され(10回ほど),13世紀にはフランス国王の怒りを買い,攻撃された。だがアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックの病名を突き止めたいと願うのは,何よりもこの天才画家が自分の奇形を芸術の一部にしたと考えられているからだ。
 そう考えるにはそれなりの根拠があるのだろう。フランスのオルセー美術館や,アルビ(トゥールーズ市からそれほど離れていない)のトゥールーズ=ロートレック美術館で彼の作品を眺めると,鼻孔に目がいってしまう。ムーランルージュの踊り子ラ・グリュー,シャンソン歌手イヴェット・ギルベール,社交界の花メイ・ミルトン,その他大勢のパリの無名の高級売春婦たち。どれを見ても,目に入るのはぽっかり開いた暗い洞窟のような鼻孔だ。実物以上にきれいに見せようとはまったくしていない。ロートレックにとっては,ごく自然なことだったのだろう。彼は背が低かったからだ。成人しても,150センチしかなかった。批評家たちは,ロートレックの疾患は彼の芸術に微妙な影を落としていると主張した。1893年以降,モデルたちの手足を描かなくなり,絵の中は頭部と胴体だけになった。絵の枠は,彼自身の体の忘れてしまいたいだろうあの部分,つまり両脚を排除する道具となった。
 脚のせいでロートレックはずいぶんと辛い思いをした。幼いころはかなり健康そうだが,7歳のころには母親に連れられて聖地ルルドに行っている。足の病気を治す方法はないものかと母親は願ったのだろう。彼は膝がよく曲がらず,歩き方がぎこちなく,転びやすかった。1年しか学校に通わなかったのは,繊細すぎて乱暴な男の子たちとうまくやっていけなかったからだ。10歳のころには,足と太腿に絶えず鋭い痛みが走ると訴え,13歳のときはちょっと転んだだけで両大腿骨を骨折した。杖で体を支えていた期間から判断すると,治るのに約6ヵ月かかったようだ。大人になってからはほとんどいつも,杖を使っている。実際,彼はどんな距離でもいやいやながら,ぎこちなく歩いているように友人たちには見えた。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.141-142

骨形成不全症

 骨のコラーゲンが働かなくなる変異は,「骨形成不全症」という疾患を引き起こす。この病気は少なくとも4種類に分けられるが,なかには幼少期に死亡するものもある。最も特徴的なのは,骨が極端に脆いことだ。このため「ガラスの骨の病」として知られる。コラーゲンは階層的に作られているので,この変異は破壊的な影響を与える。コラーゲンのタンパク質は,3種類のペプチドからなり,このペプチド——アミノ酸の鎖——が寄り合わされて三重らせんを作っている。そしてこの三重らせんが集まって膨大な数の線維になり,織り合わさって,結合組織や軟骨を作る。それぞれのペプチドは別々の遺伝子にコードされているが,変異した遺伝子がたった1つあるだけで,かなりの数の三重らせんを破壊し,ひいては線維を,そして骨をめちゃくちゃにする。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.139

サリドマイド

 サリドマイドは,どんなふうにその破壊的な効果をもたらすのだろうか?サリドマイドとそれがもたらす薬害に関する広範囲にわたる文献を総括しようとすれば,およそ5000の専門論文にも及ぶだろう。にもかかわらずサリドマイドについてはいまだにほとんど解明されていない。だが,わかっていることもある。サリドマイドは催奇物質であって,突然変異原ではないということだ。つまりサリドマイド被害者の子どもは通常と比べて,先天的疾患になる危険が大きいわけではないということだ。サリドマイドは変異を起こすのではなく,細胞の増殖を抑える。つわりがいちばん辛い時期(妊娠39日から42日)に妊婦が服用すると,母親と胎児の体を循環し,細胞分裂を阻止する。じつはこの時期は,胎児の将来の四肢となるごく初期の細胞集団が,みずからを形成する時期なのだ。だからサリドマイドの影響を受けた期間によって異なるが,1つか,それ以上の骨の前駆細胞が増殖できなくなる。その結果,四肢の一部が失われることになる。サリドマイドは肢芽の形成に不可欠なFGFの働きを直接妨害するという説もあるが,これはまだ推測の域を出ていない。サリドマイドの手口がどんなにひどいものであろうとも,強力な薬であることに間違いはないので,いつまでも使用を断念できないようだ。さまざまな病気に対して効能が指摘され,役立てようという声が高まるにつれ,サリドマイドをめぐるタブーは破られつつある。南アフリカでは,ハンセン病の治療に使われている。妊娠に気づいていない女性にも投与されてしまうため,再び四肢に異常のある子どもの出生が報告され始めている。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.105-106

オイディプス=腫れた足

 科学以前の時代の神話や民間伝承や伝説の断片は,寄せては返す波が砂浜に残す波形のようなものだ。力も意味もないくせに,ある秩序だけは存在する。時間や複雑な因果関係によってあいまいになっているが,規則正しい自然界の痕跡だけはまだ残っている。起源が何であれこのような伝承によると,人間の手足は体のどこよりも奇形になりやすい。それにはきっとそれなりの意味があるのだ。ギリシャ神話のオリュンポスの神々のなかで奇形なのは1人しかいない。ゆがんだ足のヘパイストスだ。彼は母親のへらに捨てられ,妻のアフロディテに裏切られ,恋するアテナに振り向いてもらえなかった。だが鍛冶の秘伝を人間に教え,工芸と鍛冶の神様になった。ギリシャ・ローマ時代の黒絵式や赤絵式の壺に描かれているヘパイストスはたいてい,生まれつき両足が内向き,つまり内反足だ。一方,人間のなかでは,父を殺し,母を妻にし,わが眼を潰したオイディプスが,最も有名な奇形かもしれない。生まれつき足が腫れていたので,「オイディプス(腫れた足)」という名が付いたのだ。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.96

肋骨で大騒ぎ

 ヨーロッパでは肋骨が余分にあるといつも大騒ぎになる。サー・トマス・ブラウンは『俗信論』で,あるエピソードを紹介している。イタリアのピサの解剖学者マッテオ・レオナルド・コロンボ[1516-59]は,肋骨が片側だけ13本ある女性を解剖した。「そんなことがあるはずがないと非難する一団が現れたが,これは間違いなく女性の体にあった肋骨だ,と彼は断固主張した。彼の言う通りならば,イブはアダムの左右どちらのあばら骨から作られたのか,という論争は,信託を下されたように収拾することになるだろう」とブラウンは記している。旧約聖書の『創世記』第2章第21節から第22節にある「(神は)人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた」という文章は,解剖学に悪い影響を与えてきた。私は最近,生物学のクラスで30名の大学生(なかでもイギリスで最も優秀な学生たちを含む)に,男と女の肋骨の数は同じかどうか質問をした。なんと30名のうち6名ほどが,違うと答えた。「しかし,理性を働かせ,精密な調査をすれば,この論争はじきに終止符が打たれるだろう。われわれが男女両方の骨格をよく調べ,骨の構造を見れば,男も女も12対,24本の肋骨を持っていることがすぐにわかるだろう」とブラウンはいつものように力強く述べている。まったくその通りだ。しかし驚いたことに,肋骨が余分にあるのはそう珍しいことではない。成人10人の1人ほどの割合だ(ただし女性のほうが頻度が高いとか低いとかいった男女差はない)。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.81

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