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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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ラピュタの元ネタ

 しかし,CBA(引用者注:Cosmic Brotherhood Association。UFO団体)が展開した宇宙考古学を,娯楽物語の設定に見事に取り込んでしまったのは,なによりも『天空の城ラピュタ』(宮崎駿監督,1986年)が一頭地を抜いている。伝説のラピュタを撮影した写真と,特務機関がその証拠であるロボットをこっそり回収していたということ自体,UFOの目撃とロズウェル事件をそのまま反復している。超古代に栄えた文明,金星人よろしく地上におりたラピュタの王族,そしてその叡智を伝える楔形文字風の古代文字と呪文,どれも前述した神智学周辺ではおなじみの主題である。ラピュタの内奥にある「玉座の間」の場面では,マヤ文明か縄文を思わせる紋様の巨像が鎮座しているが,その姿や途中の回廊で朽ち果てたロボットも,どこかしらタッシリ・ナジェールの「火星人」や遮光器土偶を連想させもする。きわめつきは「ラピュタの書」だろう。核兵器を連想させる威力をみせつけてムスカは,これこそが「旧約聖書にあるソドムとゴモラを滅ぼした天の火だよ,ラーマヤーナではインドラの矢とも伝えているがね」と,宇宙考古学そのままのセリフを吐くのである。宮崎駿自身が語るところによれば,以前,インドとの合作で叙事詩の『ラーマヤーナ』を映像化する話があり,その際に,プロデューサーが「地球は1回核戦争にあっている」という内容の本を置いていったという。結局,『ラーマヤーナ』の話はなくなったものの,その本で「古代に空を飛んだり,核兵器を操ったりしたというようなことが,インドでは信じられている」ということを知り,それが古代の機械文明というラピュタの主題につながったように思うと述べている。時期と内容からいって,その本は橋川卓也ほか『人類は核戦争で一度滅んだ——古代から現代へ発せられた恐るべき警告!!』(Mu super mystery books,学習研究社,1982年)あたりかと思うが,こうした着想探しは,あまり意味のあることではないだろう。デニケン以降,こうした主張の類書はそれこそ無数にあるからである。

橋本順光 (2009). デニケン・ブームと遮光器土偶=宇宙人説 吉田司雄(編著) オカルトの惑星—1980年代,もう一つの世界地図— 青弓社 pp.85-110
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70年代から80年代

 1970年代には,ホラー映画のヒットやスプーン曲げ,「ノストラダムスの大予言」,テレビのUFO番組などに代表されるオカルトブームが起きる。オカルト雑誌の老舗「ムー」(学習研究社)創刊は79年のことだ。さらに80年前後になると「精神世界」や「ニューサイエンス」などという言葉ももてはやされるようになる。
 大学生が漫画を読むなどとマスコミに揶揄されたのは1960年代末ごろのことだ。さらに,コミックだけでなく,テレビアニメの視聴者層までがハイティーンより上に広がったのは70年代になってからで,75年には第1回コミック・マーケットが開催されている。
 1970年代半ばから80年代にはジュニア向け文庫が次々に創刊され,現代のライトノベルの前身になった。また,推理小説の世界では,60年代での社会派一辺倒が70年代に入るとともにブレーキがかかり,伝奇的ギミックや論理(に支えられたゲーム性)が見直されるようになった。高城彬光『邪馬台国の秘密』(光文社,1973年)のように古代史の謎解きそのものをテーマにした作品も受容されるようになったわけだ。さらに81年には,いわゆる本格派の原点といわれる島田総司『占星術殺人事件』が登場している(ちなみにこの作品も,本筋とは関係はないが邪馬台国に言及した箇所がある)。

原田 実 (2009). 邪馬台国と超古代史 吉田司雄(編著) オカルトの惑星—1980年代,もう一つの世界地図— 青弓社 pp.63-82

専門家対アマチュア

 邪馬台国ブームには,『まぼろしの邪馬台国』以来,「専門家」に対するアマチュアの反逆という側面があった。「専門家」の知識よりもアマチュアの直感こそが真実への道,ということで,その傾向は,近代科学批判とも容易に結びつきうるものである。
 また,その側面は本来は半権威主義に根ざすものだったはずだが,「専門家」を敵に回して互角に戦う(かに見える)アマチュアを支持するあまり,むしろその人物の方を権威に祭り上げるという転倒さえ生じた。

原田 実 (2009). 邪馬台国と超古代史 吉田司雄(編著) オカルトの惑星—1980年代,もう一つの世界地図— 青弓社 pp.63-82

海外学術調査

 朝鮮戦争特需が支えた神武景気によって経済復興を果たした昭和三十年代は,日本人が敗戦から立ち直り,自信を取り戻そうとしていた時代だった。それと歩調を合わせるように,大学所属の研究者や学生らによる「海外学術調査」が盛んになる。その先頭を切ったのは今西錦司を中心とする京都大学の人類学者たちであった。
 今西らが確立したのは,大学の研究室を母体として,民族学(文化人類学)と考古学・地質学・植物学の学者陣と,登山家・報道カメラマンらとの合同学術遠征隊を組織し,新聞社の後援で世界中の<秘境>に旅立つという海外学術調査のフォーマットである。
 この大学とマスメディアとの蜜月時代は,海外学術調査には国庫からの補助がないために常に外部にスポンサーを探さざるをえなかった大学人と,外貨割り当ての制限によって自由な海外渡航がほぼ不可能だった報道人との利害の一致によって成立していた。学者側は新聞社のスポンサードによって海外学術調査が可能になり,新聞社は調査団に自社もしくは系列社の撮影隊を同行させることで独自の海外取材が可能になったのである。
 さらに新聞社は,映画・出版・展覧会・講演会などの興行権と同時に,学術調査という「文化活動」のPRを通して広告収入や新聞購読者数の増加をも見込んでいた。海外遠征隊の動向は逐一,後援社の新聞や雑誌で報道された。その成果は帰国後,一般向け書籍や写真集として刊行され,また劇場用ドキュメンタリー映画やデパートでの展示会・講演会となって全国を巡り,多くの「大衆」にめくるめく海外の<秘境>体験を分け与えた。<秘境>ブームは,こうした「学術調査=探検」のリアリティを背景に成立したのである。

飯倉義之 (2009). 美しい地球の<秘境>—<オカルト>の揺藍としての1960年代<秘境>ブーム— 吉田司雄(編著) オカルトの惑星—1980年代,もう一つの世界地図— 青弓社 pp.19-39

「お金になりません」?

 その証拠をいくつか示そう。70年代半ば,ソフトウェアやアプリケーション研究に,より多くの財政的支援を求めるヒラノ助教授に対して,通産省の担当課長は言った。「ソフトウェアはお金になりません。通産省としては,ソフトウェアより,“ハードウェア(ものづくり)”に集中投資したほうがいいと考えています」と。
 また,通産省の知恵袋と言われた東大工学部教授は,「日本は足腰が強ければ,アタマが少々野暮ったくても構わない(ソフトウェアやアプリケーションは,アメリカに花を持たせてやりましょう)」と言っていた。
 
今野 浩 (2012). 工学部ヒラノ教授の事件ファイル 新潮社 pp.161

架空バイト

 出費が嵩む教授の間で,昔々からコッソリ行われてきたのが,研究費の中から学生にアルバイト謝金を支払い,仕事をしてもらった分を除いたお金の一分を,“合意の上で”上納してもらうという手である。
 工学部という組織には,実験がつきものである。教授・助教授は,年3500時間働いても足りないくらい多くの仕事を抱えているから,自分で(時間がかかる)実験をやっている余裕はない。かつては,実験助手や教務補佐員というポストがあって,これらの人に仕事を頼むことが出来たが,公務員の定数削減が進む中で,これらのポストは削られてしまった。
 一方,助手は一人前の研究者だから,手足としてこき使うことはできない。こうなると,実験やプログラミングを頼めるのは,大学院生だけである。
 大学院生は,日頃から指導を受けている教授に頼まれれば,イヤとは言いにくい。権威が10分の1に落ちたとはいうものの,教授の頼みを断れば,指導が手抜きになるかもしれないし,時給1000円程度であっても,自分の役に立つ仕事を手伝ってお金をもらえるなら悪くない。運が良ければ,ほとんど仕事をせずにお金をもらえる場合もある。
 仕事をしない学生にアルバイト代を払うことは禁じられている。しかし,仕事をしたかしないかを認定するのは,仕事を依頼した教授である。学生は出勤簿に印鑑を押しさえすれば,仕事をしたことになるのである。
 学生アルバイトには,週20時間までという制限があるから,支払えるお金は月に7〜8万円が限度であるが,働かなかった分を上納してもらえば,年に20万くらいになる。これだけあれば,極貧学生の生活補助など,自分の懐から出ていく様々な出費の半分くらいは取り戻せる——。
 このようなことは,やらない方がいいに決まっている。しかし80年代までは,相当数の教官がこれをやっていた。ある程度の研究費を持っていて,何人もの大学院生を抱える教授の中で,このようなことをやったことは一度もない,と言い切れる人はどれだけいるだろうか(高潔な纐纈東大名誉教授は,絶対にやらなかっただろうが)。
 事務官はこのようなことを知っていたはずだが,見て見ぬふりをしていたのは,工学部教授が自分の懐を痛めていることを知っていたためだろう。
 この種の“犯罪”が広く世間に知られるようになったのは,90年代に入ってからである。それまで秘やかに行われていたものが,大規模かつあからさまに行われるようになったからである。

今野 浩 (2012). 工学部ヒラノ教授の事件ファイル 新潮社 pp.130-132

厳しいのは若者だけ

 流動性が高いアメリカでは,2流大学の1流教授は,たちまち1流大学に引きぬかれてしまう。また業績が上がらない2流大学は解雇され,3流大学に流れていく。ひとたび3流大学でティーチング・マシーンになったら,研究者としてカムバックする道は閉ざされる。
 この結果,スタート地点ではピカピカだった。博士の多くは,10年後には行方知れず,あるいは“透明人間”になってしまうのである。
 学生も同じである。優秀な学生には1流大学から奨学金が出るから,2流大学には入らない。また成績が悪い学生には,たちまち退学勧告が出る。能力と実績による完全な輪切り社会,それがアメリカの大学なのである。
 “識者”の中には,ひとたび准教授になれば,遅かれ早かれ教授に昇進する日本の大学は甘い,と批判する人がいる。しかし処遇が厳しいのは,アメリカでも若者だけであって,ひとたびテニュアを手にしてしまえば,地位は安泰である。
 アメリカの名門デューク大学に勤める友人に聞いたところでは,テニュアを手に入れたあと,業績不振が理由で解雇された人は1人もいないということだ。つまりアメリカの大学も甘いと批判される日本と,それほど違わないのである。
 ついでに言えば,年齢による定年制を廃止したアメリカの大学は,70歳超の教授が溢れる“老人天国”である。

今野 浩 (2012). 工学部ヒラノ教授の事件ファイル 新潮社 pp.39-40

学位工場製

 経歴詐称と言えば,長寿人気番組「笑点」でおなじみの,三遊亭円楽師匠(現円楽,もと楽太郎のことです)が頭に浮かぶ。この人の頭の良さには,かねがね経緯を払ってきたが,忙しい合間を縫って博士号を取り,かつてヒラノ教授も非常勤講師を務めたことがある,「税務大学校」で講義を担当していると聞いて,1万時間かけて博士号を取ったヒラノ教授の敬意は尊敬に変わった。
 ところが円楽師匠の博士号は,「アメリカンM&N大学」なる「ディプロマ・ミル(学位工場)」が出したものだと知って,尊敬は崇拝にグレードアップした。
 ディプロマ・ミルというのは,まったく勉強しなくても,お金さえ出せば学位を出してくれるビジネスである。たとえば,「アダム・スミス大学」という格調高い名前を持つ大学の場合,1万8000ドル払えば,2年ほどで博士号を出してくれる。
 円楽師匠はシャレのつもりで取った,と言っているそうだが,完全に担がれたヒラノ教授は,さすがは円楽と唸ったのでした。

今野 浩 (2012). 工学部ヒラノ教授の事件ファイル 新潮社 pp.36-37

海外からの電話

 海外の実行犯で特に有名なのは,中国の主に福建省のグループです。彼らはもともと留学や出稼ぎで来日したカタギの連中でした。そして日本で振り込め詐欺のノウハウや犯罪のための人脈を確保し,帰国してから地元で同じ手口の犯罪を始めました。ですから中国でも2008年ごろから振り込め詐欺が問題化しはじめています。
 次に彼らは福建省から東京へ電話を入れはじめました。東京の出し子グループとのパイプがあれば,現金の回収も容易です。中国の都市部における平均月収は2千元といわれています。日本円にするとわずか3万円です。東京で日本円を稼げば,あっという間に地元の大富豪になれるのです。
 そのうち福建省から電話をかける孫も,日本人をあてがうようになりました。その日本人もたいていはインターネットカフェ難民です。東京でスカウトされて,「中国でおいしい仕事があるから」と福建省まで連れていかれます。そこでパスポートを取り上げられ,彼らの命ずるまま軟禁状態でひたすら日本へ振り込め詐欺の電話をかけさせられているのです。

藤野明男 (2012). 悪魔のささやき「オレオレ,オレ」:日本で最初に振り込め詐欺を始めた男 光文社 pp.197-198

若者が参入する理由

 では,なぜ若者たちは振り込め詐欺に手を染めるのでしょうか。理由は簡単です。ほかの犯罪に比べて儲かり,かつ捕まるリスクが圧倒的に少ないからです。
 振り込め詐欺がうまくいくと,1ヵ月に数百万円,数千万円という現金が容易に稼げます。そして,実際に逮捕されるのはほんの氷山の一角です。
 奪った現金を元手にブティックや飲食店,不動産業といった表の事業を始める人間も少なくありません。実際,本橋刑事が追っていた事件でも,犯人逮捕の際はすでに足を洗って不動産業やブティックを経営していたケースが何例もあったそうです。
 結果,そういう成功体験を先輩から聞いた若者が,一攫千金を夢見て次々に参入してくるのだとか。だから詐欺事件を働くというより,ちょっとブラック系のベンチャービジネスをやるような感覚なのでしょう。

藤野明男 (2012). 悪魔のささやき「オレオレ,オレ」:日本で最初に振り込め詐欺を始めた男 光文社 pp.194-195

効果的な手口

 僕が1回の電話で振り込ませる額は,だいたい30万円から50万円前後でした。最初に成功した体験から分かるように,相手がすぐに振り込むことに躊躇しないラインが,このあたりの金額だったのです。それを上回るとやはり,
 「払ってあげたいのは山々だけど,お母さんも本当にお金がないの。ごめんね」
 という回答が一気に増えます。回収がゼロになるくらいなら,1件であんまり欲張らずにそのぶん,数で稼ぐほうが効率がいいわけです。
 逆にこの金額基準から発想した振り込みをお願いする理由づけとして「交通事故の示談金」を使うことを思いつきました。
 「ゴメン。オレ,友達のクルマを運転していてぶつけちゃって。人のクルマだから自動車保険が適用されないんだ。被害者がかなりヤバい人で,明日までに示談金を振り込めばそれでチャラにしてくれるって……」
 「分かった……。どこに振り込めばいいの?」
 「本当にゴメンね。近くに書くものある?今から口座番号,言うよ」
 相手の声から息子や孫の真似がうまくできないと判断したときは,とっさに事故の被害者のほうを装います。
 「お宅のお孫さんにクルマをぶつけられたんですよ。お孫さん,自動車保険に入ってないらしく『自宅に電話して家族に示談金の相談をしてくれないか』って言われましてね……」
 妊娠中絶費用のお願いをするストーリーも効果がありました。
 「お母さんごめん,彼女を妊娠させちゃったんだ。話し合って堕ろすことにしたんだけど……今,お金がないんだ。彼女の銀行口座にお金を振り込んでくれないかな!?お母さんにはオレから必ず返すから」
 そして,女性名義で作られた架空の口座番号を伝えます。状況によってはライト信販の女のコのどちらかに,彼女のフリをして電話に出てもらう手も使いました。
 母親の多くは「自分の息子がいたいけな女のコを孕ませてしまった」「人様の大事な娘さんを傷モノにしてしまった」と激しく動揺し,冷静な判断ができないまま誘導されてしまいがちでした。

藤野明男 (2012). 悪魔のささやき「オレオレ,オレ」:日本で最初に振り込め詐欺を始めた男 光文社 pp.56-57

振り込め詐欺の手口

 僕が主に使った手口はこんな感じです。
 振り込め詐欺は必ず平日の午前中,9時過ぎぐらいから11時前までに最初の仕込みの電話を入れます。これには2つの理由がありました。まずひとつは午前中に家に居るのは専業主婦か年寄りですから,社会で働いている人より騙しやすいことです。2つ目は午前中に仕掛ければ,その日のうちに振り込ませることができるからです。夜をまたいでしまうと帰宅した家族に相談したりしますから,成功の確率はずっと下がります。
 仕込み電話のときは相手に電話が繋がってもこちらからは話しかけず,相手が話しだすのを待ちます。そして,その話し方によってこちらのキャラクターを相手に合わせます。
 「もしもし,もしもし……!?」と相手がきっかけを出してこない場合は,ひたすらすすり泣く声を演じます。そこで相手が「ミツルなの?」などと固有名詞を出したらシメたもの。「うん,オレ」とミツルに成りすまします。
 「キョウコ?」とか女のコの名前を出された場合は,「うん,わたし」と女声の声色を出してそのまま演じるか,「すみません,じつは僕,キョウコさんの彼氏なんです」とキャラを切り替えて話を続けます。
 もちろんすべてがうまくいくわけではありません。「あなた誰?うちにそんな人はいません」と言われたら潔くガチャ切りをしていました。
 仕込みで引っ掛けられたターゲットには,1時間以内に2回目の電話を入れます。
 「あ,オレ。さっき頼んだ金,振り込みにいってくれた?まだなの?頼むよ,午前中までに振り込んでおいてよ」
 という感じで再度プッシュします。そして,その数十分後に3回目の電話を入れます。この電話で誰も出なかったり,ほかの家族が電話に出れば問題ありません。相手は振り込みに出かけたという証拠ですから。逆に相手が出る場合は,まだ行動を起こしていないということですから「オレ,本当にヤバいから」と泣き脅しをします。それで振り込みがなかったときは,「結果が出なかった」ともうそこには手をつけません。でも逆に3回電話してモノにできなかったケースのほうがまれで,1回目の仕込みで引っかかった相手はほとんど逃すことはありませんでした。
 午前中に勝負をかけるわけですから,1日に電話するのは僕の場合でせいぜい5件くらいです。そのうち1,2件が成功すれば“今日のノルマは達成”という感覚でした。

藤野明男 (2012). 悪魔のささやき「オレオレ,オレ」:日本で最初に振り込め詐欺を始めた男 光文社 pp.54-56

振り込め詐欺集団の誕生

 翌日,ユウチャンの受け持つ口座にはさらに150万円が振り込まれていました。銀行通帳でその数字を確認するや否や,女のコ2人が速攻で動きました。それぞれが「紹介屋の出し」をペラペラとめくりだしたと思ったら,
 「もしもし,私……」
 とユウチャンと同じ手口で電話をかけはじめたのです。
 (これは負けられないぞ!)
 すぐに僕も続きました。
 取りあえずは,ユウチャンの手法をそのままコピーしてやってみました。「紹介屋の出し」に記載されている債権者の実家をて適当に選んで電話をかけるやり方です。そのなかでもユウチャンと同じく,おばあさんがいる家庭を狙いました。先方が電話に出ると,
 「あっ,オレだけど,バイクで事故を起こしちゃって。相手が高級車で示談金を要求してきて」
 と,ここもユウチャンが話していたのとほぼ同じ内容を口にしました。
 「あなた誰?トシユキじゃないでしょ。そんな話し方の子は,うちにはいません」
 怪しまれたのでこちらからガチャ切りしました。すぐに次の電話番号をダイヤルします。
 「もしもし?」
 今度は細そうでやさしい声をした女性が出ました。
 (やった。これはビンゴだ!)
 さっそく名簿に併記されている名前を語り,「交通事故の示談金が必要」という作り話をしゃべります。
 「母さん,どうしても70万円必要なんだよ」
 「う〜ん。でも私はそんな金額,持ってないのよ。お父さんが帰って来たら相談するから,また夜にかけてきなさい」
 せっかく騙せたのに失敗でした。振り込みをお願いする金額が大きすぎたのです。逆に考えるとへそくりで貯めているレベルの金額だと大丈夫な気がしてきました。すぐに次の電話に取りかかります。電話に出たのは,おばあさんらしき声の女性でした。
 「おばあちゃん,明日の朝にどうしても30万円必要なんだよ」
 「分かった。今日中になんとか送るわ」
 「助かったぁ!本当にありがとう」
 僕は電話を切りました。時計を見ると最初に電話をかけはじめてから5〜6分ぐらいしかたっていません。そんなわずかな時間の労力で,明日の朝には30万円が口座に入ってくるのです。
 「おいおい,マジかよ。ユウチャン,これは本当においしいな」
 「なっ,そうだろ」
 ユウチャンが満面の笑みを浮かべて相槌を打ちました。
 数時間後,このオフィスにいる全員が同じ方法で電話をかけていました。後に言う「振り込め詐欺」集団が,ここに誕生したのでした。

藤野明男 (2012). 悪魔のささやき「オレオレ,オレ」:日本で最初に振り込め詐欺を始めた男 光文社 pp.50-52

オレオレ詐欺の誕生

 でも,この日はそこからがちょっと違いました。急に携帯電話のダイヤルボタンを押しはじめたのです。その電話番号は,ある債務者の家族構成の欄に記されていたおばあさんの自宅電話でした。
 「あ,オレだけど……。じつは金に困っちゃっておばあちゃんに電話したんだ。無免許で交通事故を起こしちゃってしはらいでもめてさ,40万円くらい振り込んでくれないかな?」
 ユウチャンはそのおばあさんと何やら数分間ほど話し込んだ後,電話を切りました。そして,隣に座る僕に,上ずった声で話しかけてきました。
 「おい明男,今のおばあちゃん,金を振り込むってさ(笑)」
 「ええ!?嘘だろう。そんな簡単にいくかよ(笑)」
 そんなわけないだろう,とみんながユウチャンの言葉に反応しました。最初は誰も信用していませんでした。
 ところがその翌日,本当に40万円がライト信販の架空口座に振り込まれていました。
 「うん,これは使えるな」
 振り込みの数字を確認したユウチャンは,この手口は商売になると確信したようでした。
 「明男,オレは今日1日,この方法でやってみるよ」
 僕を見るユウチャンの目は,いつにない輝きがありました。

藤野明男 (2012). 悪魔のささやき「オレオレ,オレ」:日本で最初に振り込め詐欺を始めた男 光文社 pp.49

下水処理水のほうが清潔

 ときには下水処理水が飲料水より清潔なこともある。ある下水処理場の職員はこう言った。「ばかげてますよ。大金をかけて高水準の下水処理水をつくっておきながら,それを川に流してまた汚してしまうとは」と。もう1つのばかげたことは,飲料水に正亜リン酸を混ぜ込み——老朽化した水道管から滲出する鉛を中和させるためだ——その結果,下水処理水からリンを取り除くはめになっていることである。
 下水処理水の再利用は,カムフラージュすればうまくいきやすい。このテクニックは,軍国主義にふさわしいようで,イスラエルで使われた。ロンドンで開かれた下水会議で,イスラエルのメルコット下水処理会社の美しい女性が,プレゼンテーションを行った。グレーのスーツで埋まった会場でひときわ目立つ彼女は,メルコット社は下水処理水を帯水層に通し,帯水層から取り出して,飲料水として使用していると説明した。「そこが,人々の心理に訴える重要なポイントです」と彼女はうっとりと見守る観衆に向かって言った。「その水が帯水層から出たものだと人々に知らせることが大切なのです」。
 これは,人々の糞便への嫌悪感をやわらげるうまい方法である。けれども,そもそも汚水を出さない,そして水をむだにしないことができるなら,それにこしたことはない。

ローズ・ジョージ 大沢章子(訳) (2009). トイレの話をしよう:世界65億人が抱える大問題 日本放送出版協会 pp.345-346

下水処理水の再利用

 再利用を推進しようとする人々には,この嫌悪感を迎え撃つ2つの主張がある。まず,下水処理水の再利用は,農業ではすでに広く行われているということ。そして,知らぬうちにとはいえ,下水処理水はすでに広く飲まれている,ということだ。数えきれないほど多くの街の水源に,数えきれないほど多くのほかの町から未処理の汚水や下水処理水が流し込まれ,汚物を含む水源を利用して,飲料水がつくられている。ロンドン子が飲んでいる水道水は,7人分の腎臓を通過してきたものかもしれない,というのはおそらく言いすぎだが,少しは真実が含まれている。なぜなら,ロンドンでは,浄化された下水処理水が流し込まれたテムズ川の,その下流から飲料水をとっているからである。実際,アメリカでもいくつかの自治体で,この「飲料水としての間接的再利用」が行われている。アッパー・ココアン下水道局から流出する下水処理水は,オココアン貯水池への流入水の20パーセントを占めているが,その貯水池は,ヴァージニア州フェアフォックス郡の住民の飲料水の水源である。ここでは,干ばつ時には,下水処理水の流入量を90パーセントまで増やすことが認められている。下水道局は,高水準の下水処理が施された処理水は,貯水池に流れ込むほかのどんな水よりも衛生的だ,と述べている。トイレはすでに蛇口に届いていたのだ。

ローズ・ジョージ 大沢章子(訳) (2009). トイレの話をしよう:世界65億人が抱える大問題 日本放送出版協会 pp.344

汚泥の汚染度

 汚泥には栄養分があるため,それを餌とする藻類が海中に繁殖しすぎて,水中に溶けている酸素を吸い尽くす。すると,ほかの生物が海に棲めなくなってしまう。汚泥が海を窒息させてしまうのだ。1989年には,海藻が大繁殖して,貝の養殖場が大きな被害にあった事態を受け,海洋投棄以外の汚泥の処理法を考えなくてはならなくなった。アメリカは,乾燥重量にして,年間700万トンの汚泥を産出していた。その捨て場所が必要になったのだ。
 このとき,だれかが19世紀のヨーロッパのことを思い出したにちがいない。19世紀の初めに下水設備が普及するまでは,自分の家族の未処理の汚物を自分の畑にまくのが,一般的な農家の汚物処理法だった。当時,パリの郊外にあるジェヌビリエでつくられる野菜には,パリのレストランから注文が殺到していた。カリフォルニア州,パサデナにある汚物を肥料に使う農場では,高品質のウォールナッツが収穫されていた。その後の安価な化学肥料の登場で,汚物を肥料とする農業に経済的価値はなくなったが,基本的には理にかなったやり方だ。適切な処理を施せば,下水汚物も栄養のサイクルの一環となりうる。食物が人間に栄養を与え,人間の汚物が食物に栄養を与えるのである。
 けれども,19世紀の終わりごろには,下水汚物は,人の糞尿だけを含むものではなくなり,そして昔ほどよいものではなくなっていた。下水に流されるものは,すべて汚泥に含まれている可能性がある。アメリカの産業界は,現在十万種の化学物質を使用しており,さらに毎年千種類の化学物質が新たに加えられていくと考えられている。この化学物質のなかには,PCBやフタル塩酸,ダイオキシン,その他の発がん性物質が含まれている可能性がある。また,汚泥には,あらゆる場所から集まった病原菌を含んでいる危険性がある。病院や葬儀場から出た廃棄物には,SARS,結核,肝炎などのウイルスが混入しているかもしれない。
 「〜の可能性がある」とか「〜かもしれない」という表現にならざるをえないのは,汚泥に含まれているものを正確に知ることは不可能だからだ。法律上は,企業は危険な化学物質や廃棄物を事前に処理することになっているが,その点についての監視はほとんどされていない。それに,いずれにしても,何千種類もの化学物質が,互いにどう反応し合うか,そして近くに潜む病原菌との間にどんな反応が起きるかは,だれにもわからないのだ。もっとも楽天的な見方をする人は,汚泥のことを,「未知なるものの混合液」だと考えている。それ以外の人々は,汚泥は有害そのものだ,と考えている。汚染物質を取り除いて濃縮し,汚泥にすることによって,水は浄化される。しかし,水の浄化処理の精度が上がったぶんだけ,残った汚泥の汚染度は高くなるのである。

ローズ・ジョージ 大沢章子(訳) (2009). トイレの話をしよう:世界65億人が抱える大問題 日本放送出版協会 pp.233-235

儀礼的無関心

 公の場でプライバシーを守るためには,アメリカの社会学者,アーヴィング・ゴフマンが言う「儀礼的無関心」が必要だ。つまり,他人のなかでの暮らしを耐えうるものにするための技術である。彼らがそこにいることを認識はしているが,あらゆる手段を使って,知らないふりをするのだ。あらゆる種類の排泄の音が自分のものであると悟られないために,個室に長々と留まっていた経験のある人はどのくらいいるだろう?新しい恋人がいるベッドルームからあまりにも近すぎるホテルのトイレで,身の縮む思いで用を足したことがある人は?わたしはある。そしてこれからもあるだろう。
 現代のプライバシーという概念は,トイレのドアと同じくらい確固たるもののように思われているが,じつはこの言葉の歴史は浅い。ノルベルト・エリアスは,その著書『文明化の過程』で,工業化が進んだ社会に住む人々は,長い間にいつのまにか,ある種の行為を他者の目を逃れて行いたいという抑えがたい欲求を抱くようになった,と述べている。そして,これは必ずしも進歩とは見なせない,と彼は記す。現代の習慣のなかには,わたしたちの祖先をぞっとさせるものがたくさんある。

ローズ・ジョージ 大沢章子(訳) (2009). トイレの話をしよう:世界65億人が抱える大問題 日本放送出版協会 pp.197-198

肥沃さの原因

 世界のどの民族を見ても,おそらく中国人ほど自分たちの排泄物に慣れ親しんでいる民族はいないだろう。中国人は排泄物の価値を知っている。道路わきの畑に糞便をまく彼らは,人糞を畑の肥やしにする中国四千年の伝統を受け継いでいるに過ぎない。下肥,つまり夜のうちに汲み取られる肥やしを使ってきたからこそ,四千年間ずっと農業を続けてきたにもかかわらず,中国の畑や水田の土はいまなお肥沃なままなのだ。一方,他の偉大な文明——たとえばマヤ文明は,土壌が劣化するとともにその力を失っていった。

ローズ・ジョージ 大沢章子(訳) (2009). トイレの話をしよう:世界65億人が抱える大問題 日本放送出版協会

誰が雇うのか

 マニュアル・スカベンジャーが階級を越えて活躍するのを阻む目に見えない壁は,文化的偏見だが,それ以外に経済的な問題もある。アメリカの雑誌『Fane』に,はじめてスカベンジャーのことを書いたとき,わたしの原稿は編集者の疑問つきで戻ってきた。スカベンジャーが,なぜ,その仕事を自分たちがしなければならないと考えているのか,そしてだれが彼女たちを雇っているのかが,わからないというのだ。編集者はこんな書き込みをしていた。「彼女たちのボスはだれ?教育を受けていない難民?(高い教育を受けている人にとっては,こうした状況は我慢ならないものであるはずだから)」
 そうだったら,どんなにいいだろう。実際には,スカベンジャーたちをいまも雇い続けているのは,地方の公共機関やインド鉄道だ。彼らに汚物の清掃をさせているのである。インド鉄道は昨年,線路を清掃するスカベンジャーたちの雇用を廃止する期日を明らかにしなかった。現行の「開放式」トイレにかわって,完全に密閉された水洗トイレが列車内に設置されるまでは,スカベンジャーはもっとも安価な線路清掃法だからである。ニザマバードの上級裁判所は,最高裁判決の命を受けて,乾式掘り込み便所——スカベンジャーが掃除していた——を取り壊すだけにとどまった。

ローズ・ジョージ 大沢章子(訳) (2009). トイレの話をしよう:世界65億人が抱える大問題 日本放送出版協会 pp.145-146

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