ドームに絵を描く仕事は,臆病者には向かない。仕事場は,いちばん低い地点でも協会の床上35メートルの高さがある。ソーンヒルと助手たちは来る日も来る日も,1時間近くかけて描きたいと思う場所へたどり着く。それから,つらい仕事の始まりだ。
ドーム内部は,天井から吊った足場に取り巻かれている。絵描きたちの落下を防止する手すりなどない。低いほうの段ではほぼ直立した姿勢で作業ができるが,上に行くに従って,丸天井の湾曲のためにうしろへ反った無理な姿勢をとることになる。背面にあるのは,はるか下の大理石の床まで目がくらむような落差だ。この仕事には,急性不安と慢性めまいをカクテルにしたような症状がつきまとう。死亡事故こそ起きなかったものの,危機一髪の話はある。ソーンヒルがあとずさっていて,危うく足場の縁ぎりぎりまで近づいた。さて,びくっとさせて地面にまっさかさまという結果にならないよう,助手はいかにして彼の注意を引いただろうか?その苦肉の策で,当然受けてしかるべき感謝は得られなかったかもしれない。助手はただたんに絵の具の缶を壁に投げつけただけだった。
トニー・ロビンソン&デイヴィッド・ウィルコック 日暮雅道&林啓恵(訳) (2007). 図説「最悪」の仕事の歴史 原書房 pp.200-201
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