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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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政治難民に対して

 日本は政治難民に対してもひじょうに冷淡だ。2005年1月,日本は,UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の難民認定を完全に無視して,トルコのクルド系難民とその成人した息子をトルコに強制送還した。それ以前にも日本は,本国に帰れば危険であることがわかっていたアフガニスタン難民を強制退去させている。こうした日本の姿勢についてUNHCRは「かつてないこと」で「日本が行っている海外の難民や災害被災者への人道的な支援とは」「著しい対照をなしている」と指摘している。
 日本の移民政策の決定基準は公正さでなくDNAである。ペルーのアルベルト・フジモリ元大統領の事件がそのことを証明している。ペルーで汚職容疑がかけられていたフジモリは2000年,東京に逃亡したが,日本の入管当局に逮捕されるどころか,大歓迎された。すぐさま日本国籍を認められ,さらに法務省がペルーへの引渡しを拒否した。フジモリは1938年にペルーのリマで生まれたが,そのとき日本国民であった両親が日本大使館に誕生を届け出ていたからである。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.389
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セマイ

 日本人は自分の国について尋ねられると,たいてい「セマイ」という言葉を使う。「窮屈」「狭い」「混みあっている」というような意味である。この表現を用いるのは,カリフォルニア州ほどの面積の起伏の激しい列島に,1億2600万人が暮らしているので,ひじょうに過密な状態だ,ということをいうためである。なにしろ険しい山岳部が多いので,住宅地や農耕地の面積は限られているのだ。しかし,「セマイ」という言葉は,物理的な狭さ以上の意味を含んでいる。たとえば韓国やオランダも面積は小さく,日本よりも人口過密な国だが,外国に対しては日本よりもはるかに開かれていて,外国人との接触を日本人のようには恐れない。韓国やオランダは,日本と違って,他の国と物理的に分離されていないからであろう(オランダ人はなぜ,オープンな国際感覚を備えたコスモポリタンなのか,その理由を,アムステルダムの友人ハンに訊いてみたところ,こんな答えが返ってきた。「オランダでは電車で居眠りをしたら,外国で目覚めることになるからさ」)
 じっさい,「セマイ」という言葉は,たんに地理的なことを意味するだけではなく,辺境で旧弊な思考と閉鎖的・排他的な人間関係から生じる心理的な圧迫感も意味しているのである。密接な人間関係と窮屈な社会的ネットワークが,私的な空間と個人の自由を制限しているのだが,そのような狭苦しさは,日本人の精神の産物だと考えると,よりよく理解できる。「日本の硬直したシステムは,個人を束縛し,海外の新しい考え方という新鮮な空気を締めだしている。それがいまの日本人の精神に深刻な影響をおよぼしている」と作家のアレックス・カーは述べている。また,現代の核家族家庭もいろいろな意味で狭い。ことに,かつて数世代が同居していた時代と比べれば,どうしようもなく狭い。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.372-373

巧みな利用法

 日本の進歩勢力は,国が国家権力や助成金を駆使して民衆を動員し,利用することには反対しない。「民間」団体が国と協力して貯蓄,長時間労働,社会教育を促進するよう勧めてきたのである。このように,国と協力したり,国から財政援助を受けている民間団体は,本来保つべきその独立性がひじょうに疑われる。時の流れとともに,日本国家は,国民生活に対して,さまざまな形で干渉するようになった。市民運動を利用して,エネルギー消費の抑制や,リサイクルの推進といった国家目標を達成するという,巧みな方法を編みだしたのである。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.364

韓国の欠点

 このように韓国では市民運動が活発で,国内政治でも勢力を拡大している。とはいえ,欠点もある。韓国は日本のように平穏ではない。礼儀正しさや協調性もない。政策を話しあうような場合でも,あまり建設的な対話は期待できない。政党は,一貫した理念のもとに政策実現を目指す政治集団というよりも,たいていの場合,政治家個人を支持するために作られたカルト集団のようなもので,しかも腐敗にまみれている。有力かつ強力な市民団体はたえず国と対立しているので,韓国の民主主義はひじょうに不安定で,御しがたく,脆弱である。かつてのアメリカがそうであったように,若い民主主義にはバランスのとれたシステムが存在しなければならない。つまり,活力ある市民社会が,既存の政治機関を監視し不正を阻止しなければならない。
 しかし韓国には,そのようなバランスはかならずしも見られない。何十年ものあいだ独裁政権の弾圧に抵抗してきた韓国人は,ときどき行きすぎたことをしたり,過剰反応を示したりするようだ。たとえば,国会ではよく議員同士が殴り合いの喧嘩をする。また,韓国はかつての外国人嫌いを完全に払拭してはいない。外国人を疑い,グルーバル化がもたらす国際的な統合に抵抗を示す者も少なくないのだ。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.362-363

韓国のキリスト教

 韓国でプロテスタントの布教活動が始まったのは,アジアの他の地域よりずっと遅かったのだが,けっきょく,キリスト教に対する受容力がもっとも高かったのが韓国だった。外国の信仰体系に適応するために,韓国ほど社会的価値を根本的に変えてしまった国はアジアにはほかにない。フィリピンはいまではアジアでいちばんカトリック教徒の多い国だが,かつての征服者スペインが,植民地の住民にカトリックの教えを強制したからだ。対して韓国では,征服者の意思に反してキリスト教を取りいれ,その助力を得て日本の支配に抵抗した。やがてキリスト教が完全に定着すると,今度は,近代化がもたらしたストレスを和らげるための精神安定剤として働いた。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.347-348

フーリガン対策?

 ワールドカップ開催は両国にとって,新サッカー場の建設その他,さまざまな公共事業に何百万ドルも費やす口実となった。しかし,韓国人は,インフラ整備のみならず,ワールドカップの人間的な側面にも力を注いだようである。ソウルを訪れた外国人にとって嬉しいことに,韓国国民はさまざまな機会を設け,世界各地からやってきた大勢のサッカーファンと交流し,ともにワールドカップの開催を祝福した。さらに,大がかりな応援団を派遣できなかった国のために,わざわざ韓国人で応援団を結成した。
 いっぽう日本国民は,たえず外国人がおよぼすかもしれない危険について警告されていた。外国から来るサッカーファンはみんな,酒に酔って大喧嘩をする「フーリガン」であるかのように伝えられていた。新聞は繰りかえし,ヨーロッパのサッカーファンは凶暴だから気をつけるようにと露骨な警告を発していた。警備の警察官たちは,路上に10人以上の集団ができていたら解散させるよう指示を受けていた。韓国では,世界中からやってきた観光客を両手を広げて大歓迎したのに対して,日本では,ワールドカップの試合が予定されていた地方の宿屋,ホテル,レストランは外国人観光客を受け容れるどころか,一時的に店じまいをしていた。犯罪や暴力に巻きこまれるのを恐れてのことだったが,じっさいにはそんな事件は起きなかった。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.321

日本と韓国

 日本に住みながら,頻繁に韓国を訪問していた私は,日本と韓国では,社会的環境が著しく異なることに気がついた。何か月も日本に幽閉されたあとで,ソウルの街を歩いてみると,まるで新鮮な酸素をおもいっきり吸いこんだような気分になる。韓国人は日本人よりはるかに話し好きで,感情表現が豊かなのだ。韓国人は起業家精神にあふれていて,危険を恐れないが,日本人は危険から身を守ろうとする。韓国人は失敗について個人の責任を認めるようだが,日本人は責任を回避しようとする。韓国市民はよく抗議デモを行って,企業統治の強化や,責任の明確化を求める。対照的に,日本の市民社会——政府と商業界の中間に位置する政治的空間——は,休止状態にあり,補助金で囲いこまれ,政府に服従している。韓国では愛国精神や国家への義務という考え方から,大きな市民運動が起きることがある。日本では,愛国精神をあらわすふつうの行動や表現——白地に赤の日の丸を掲げたり,国歌である「君が代」を歌うこと——が,けしからぬこと,あるいは物議をかもすこととみなされている。ルイ・ヴィトンのハンドバッグを買うためなら何時間も辛抱強く行列に並ぶ同じ日本人が,国を救うために金やその他の貴金属を供出しようと,凍てつく冬の日に銀行の前に行列を作るところを,私は想像できない。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.317-318

韓国の回復

 国中が,逆ゴールドラッシュで大騒ぎになっていた。つい最近まで世界でも有数の裕福な国と思われていた韓国だが,このちょうど1か月前,財政破綻を回避するため,IMF(国際通貨基金)に580億ドルの緊急支援を要請するという屈辱的な状況に至った。財政の失敗,企業の過剰な借金,狡猾な海外の投機家による巨額のウォン売りなどによって屈辱を受けた韓国の国民は,ついに立ち上がった。プロ野球のスター選手はトロフィーを手放し,学校の教師たちは金の鍵を差し出した。企業のトップや,その他の民間人も,デパートや,混みあう教会の地下室や,銀行へ足を運び,金や銀を供出した。
 供出された金を溶かして,延べ棒に加工し,海外で売却すれば,ウォンの価値が高まり,IMFへの借金返済が加速されるはずだった。「金供出運動」が展開された48時間で,住宅商業銀行には4万人の国民から3900ポンド(1770キロ)以上の黄金が集まった。韓国の教会もこの運動に参加した。「400万人の信徒に金製品の寄付や売却を呼びかけています」と語ったのは韓国キリスト教会協議会のスポークスマンを務めるキム・ヨンジョ牧師だ。
 この運動で,3週間もしないうちに,150万人を超える一般国民から10億ドル以上に相当する金——約90トン——が集まった。それから3か月もしないうちに,新たに選出された大統領は,韓国の経済体制の総点検を開始し,まず,かつて急速な経済成長を可能にした立役者であった閉鎖的,重商業的な,日本とよく似た「発展モデル」の解体にとりかかった。そして,ここが日本とまったく異なる点だが,危機に直面した金大中新政権は,韓国が30年維持してきた政策をあっという間に転換したのである。外国人投資家の参入を促し,国民に対しては貯蓄よりも消費を奨励した。金大統領の対応はすばやかった。財閥として知られる大規模な同族会社の影響力を弱め,巨額の負債を抱えた企業には破産を宣告し廃業させた。また金政権は,破綻した銀行の試算を売却,再利用するいっぽう,企業が余剰労働者を解雇しやすくなるよう,労働法を改正するといった積極策を展開した。
 これらの驚くべき政策転換は,またたくまに劇的な成果をあげた。2002年,抜本的な改革を開始してからたった4年で,韓国はIMFへの債務を完済した。長年,政府の規制で抑制されていた国内消費は急拡大し,いまでは過剰貯蓄どころか,クレジットカードの過剰債務が大問題になっているほどだ。外国人投資家が韓国の銀行や企業の株式を大量に保有しており——株式市場の40パーセント以上——その結果,韓国企業はいやおうなく国際競争力を強化させられることになった。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.313-315

見合いの減少

 国立社会保障・人口問題研究所の高橋重郷・人口動向研究部長は,大量のデータを検討した結果,日本が直面している人口危機の最大の原因は見合い結婚の減少だと確信している。じゅうぶんな余暇もなく,広範囲にわたる交流ネットワークも存在せず,家族が縁談を持ってくるわけでもない。そのため若い日本人には,自分にふさわしい相手を見つける方法がまったくない,と高橋はいう。「最近では,ガールフレンドを見つけることさえ難しく,まして結婚につながる関係を築くことはさらに難しくなっているのです」と高橋。その理由は,仕事と,さらに仕事終了後に必要とされるつきあいに,あまりにも多くの時間が費やされるからだという。「私たちのデータをみればわかりますが,異性の友人がいないという若い独身者がたいへん多いのです。日本人の性行動には,それほど大きな変化は見られないのに,結婚外の性行動は増えています。したがって,結婚・家庭形成が減少していることになります」

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.263

日本人の性

 推定では,日本人がこのような性的サービスに支払う金額は,日本の国防費に匹敵するという。毎年何万人もの若い女性がタイヤフィリピンから連れてこられ,「興行ビザ」で入国する。そして,味気ないサラリーマン生活のストレス発散の手伝いをさせられている。日本の男たちは,しばしば中国やタイヤその他,アジア諸国に,趣向を凝らしたセックスツアーに出かけては,地元の猛烈な反発を招いていている。
 だが,じつのところ,ネオン輝く風俗店が日本各地に立ち並んでいるのは,日本では金銭抜きでうちとけた社会的関係を確立するのがひじょうに困難だからである。男性と女性はまったく別の生活を送っていて,セックスの回数も,他の国々と比較するとかなり少ないというデータもある。異性とのくつろいだつきあいというのがほとんどないのである。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.259-260

中絶とピル

 いっぽう日本では,人工妊娠中絶は倫理的タブーではなく,政治的な反対も存在しない。中絶は封建時代から社会的に容認されており,現在も,コンドームや「周期避妊法(オギノ式)」と並んで,日本でもっとも普及している産児制限法である(例年,約34万件の妊娠中絶が報告されており,これは出生数の約30パーセントに相当する高い数値である)。ピルについては,外国の製薬会社が9年にわたって精力的に働きかけた結果,やっと1999年に認可されたものの,現在使用しているのは日本女性の5パーセント未満だという。医師はよく女性患者に対して,ピルを使った避妊は「不自然」であり,健康を害する場合もある,と告げる。「ピルを服むと危険な副作用があるといわれるんです」とシズコはいう。そのかわり日本の医師は中絶を勧めるのである。というのは,ピルを処方するよりも,中絶手術をしたほうが,健康保険からの診療報酬をたくさん稼げるからだ。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.254

女性の給与と結婚

 欧米との決定的な差異は,日本では給料が高い女性ほど,結婚しないという点である。スウェーデンとアメリカでは,給料が高い女性ほど,同棲から結婚に至る可能性が高くなるという。このデータを集めた人口統計学者の小野博美によれば,日本では高学歴の女性ほど結婚しない傾向があるという。なぜなら,日本は性別によってのみ社会的役割が規定される社会であるため,子供を持ちながら仕事の第一線で活躍することは社会が許さないからだ。別の調査では,小野の所見を裏付けるとともに,日本の結婚市場の大きなミスマッチを浮き彫りにしている。つまり,日本では,高度な教育を受けた女性ほど,ふさわしい男性を見つけるのが難しいのである。現在,東京都内に住む50歳以上の大卒女性の12パーセントは,一度も結婚した経験がないという。いっぽう,一度も結婚したことがない男性のなかで一番多いのは,中卒以下の層である。また,これらの男性は「昔ながらの」専業主婦を求める傾向が強い。高学歴女性にとって問題なのは,子育てを分担し,共働きに理解を示す「リベラルな」夫を求めているのに,高学歴な男性の大部分も「昔ながらの」専業主婦を求めている,ということだ。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.252-253

ヴィトンの行列

 ヴィトン製品をけなすつもりはない。ルイ・ヴィトンの製品は,顧客からかなり高い評価を受けている,一級品ばかりであることは疑いはない。しかし,どこにでもいるようなロワーミドルクラス(中流の下)の日本人たちは,なにゆえ,蒸し暑い夏の朝に,何時間も辛抱強く歩道に並ぶという屈辱的な行動をとるのか,たかがハンドバッグ1つを買うために。若い秘書,主婦,それにほとんど収入のない高校生までが,何日も前から路上に座りこみ,ほかの国ならエリートや上流人士専用の高級品か,でなければ,くだらなくてアホらしい無意味なものとしかみなされない物品を買いもとめようとする,その動機は何か。
 ほかにも,ちぐはぐな点がある。誇示的消費というのは,大金持ちが豊かさを自慢したり,周囲の者にそれとなく自分のステータスを知らせるためのものである。だが,フランスの女子相続人やイタリアの男爵夫人が,高価なハンドバッグを買うために恥を忍んで路上に行列を作るかというと,そんなことをするわけがない。それはとてもはしたないことだ。カルセル(引用者注:最高経営責任者)はOLやアルバイトのみすぼらしい行列に目をやりながら,そのことを認めた。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.223

家の狭さ

 日本人は,自宅でじっとしているときも日本のライフスタイルの貧弱さに直面している。日本は,15年にもわたる不景気にもかかわらず,名目上はたいへん豊かな国なのに,日本人の大多数が隙間風が通るような安っぽい造りの窮屈で野暮ったい家に暮らしている。この事実には誰もが衝撃を受けるにちがいない。間に合わせの材料で適当に建てたようなアパートメントや家が多く,いろいろとうるさい規制があるため細部のデザインにはろくに注意が払われておらず,住人のプライバシーもまともに確保されていない。
 かつてフランスの外交官から「ウサギ小屋」と評されて世界に悪名をとどろかせた日本の家は,いまもその頃とほとんど変わっておらず,豊かな国民が暮らすぬくもりあるすてきな家とはいいがたい。毎日仕事が終わったあとも,遅くまでレストランや酒場で過ごし,なかなか家に帰ろうとしない日本人が多い理由がわかるだろう。狭苦しくて居心地の悪い家には,あまり早く帰りたいとは思わない。韓国の首都ソウルに林立する公営の巨大な高層住宅でさえ,日本の平均的な住宅よりもずっと広いスペースがある。だが最近では海外に出かける日本人も増えているので,たいていの者はわかっているはずだ。政財界の閉鎖的ネットワークの策略で日本の消費市場は開放されておらず,真の競争が行なわれていないので,物価が高くつりあげられ,商品選択の幅が狭められているということを。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.213-214

哲学の軽視

 日本はひたすら科学技術を習得し,近代化を推し進め,列強に追いつこうとしたが,そうやって西洋から拝借した技術や思想の基礎となっている哲学的,あるいは宗教的な部分すなわち個人の確立,探求,冒険といった部分には目を向けなかった。日本は100年のあいだに,外国からテクノロジーを輸入し,模倣する名人となったが,他の文化がそのような進歩を育むために頼みとしてきた哲学的な手法はいっさい無視した。日本人は,師匠の作ったものをそっくり模倣することが,新しい技術を習得する最も効率的な方法であることを知っていた。そうしてルノーやオースティンの自動車を模倣して,トヨタやニッサンの車をつくり,「リバース・エンジニアリング(他社の製品を分解して調べ,自社製品に応用する方法)」によって海外のエレクトロニクス部品を模倣して,最初はトランジスタ・ラジオを作り,のちにはテレビ市場に進出した。同様に,外国の宗教や経済システムなども部分的に取りいれたが,そのとき,個人に力をあたえる恐れのあるイデオロギーは切り捨てた。だからカントやヘーゲルの思想は日本にはほとんど入ってこなかった。
 ゆえに,封建制から工業化,戦争,そして復興までを,新幹線に乗って,恐ろしいほどのスピードでいっきに突っ走ってしまった日本は,じつのところ,その間一度も西洋の「啓蒙思想」を経験していない。つまり,国家から独立した個人の力,社会から独立した自己,集団の感情から独立した個人の良心の重要性,といった考え方は,一度も入ってこなかったのである。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.190

告発者への扱い

 企業の違法行為や省庁の不祥事を暴露しようとする人々は,しばしば裁判を経ずに処罰される。福島の原子力発電所で保守・点検業務を担当していたGE(ゼネラル・エレクトリック)社の日系アメリカ人,ケイ・スガオカは,安全違反の隠蔽を暴露した直後に,GE社を解雇された。スガオカは,原子炉の重要な部分に亀裂が入っている様子を映したビデオテープを,上司が入念に消去しているところを目撃したという。だが,スガオカがその事実を規制当局に告発すると,当局は公益事業体(東京電力)とGE社に,あろうことか告発者であるスガオカの名前を伝えてしまった。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.180

スクープは週刊誌へ

 ほんとうの「スクープ」を放つのは,たいていの場合,威勢をふるう「記者クラブ」に加入できない週刊誌である。じつはそうしたスクープは大新聞の記者から漏らされることが多い。自分のところの新聞では公表できないことがわかっているので,ライバルである「スキャンダル雑誌」に流すのである。
 こうした横並び体質にもかかわらず,日本の新聞は影響力が強く,広く読まれている。保守系の読売新聞やリベラルな朝日新聞のような大衆向け新聞の発行部数は,アメリカの大手新聞の8倍から10倍に達する。日本の人口はアメリカの半分にも満たないというのに,である。日本の新聞は地位が高く,割引をいっさい認めず,月に一度,丸一日新聞を印刷せず,輪転機と配達員を休ませる「新聞休刊日」を設けているくらいである。どうやら日本の新聞は,欧米ではおなじみの,独自の調査報道によって,弱きを助け,強きを挫き,一般市民の利益を守るために日夜戦いつづけるというジャーナリズムの伝統を,まったく理解していないようだ。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.178-179

手下になる

 日本人の記者たちは,取材対象である政治家や官僚とのあいだに,驚くほど親密な関係を築きあげる。閣僚や有力な政策決定者の取材を担当する記者たちは,毎朝,その人物の自宅前に詰めかけて,仕事に出かけるその人にあいさつをし,夜も同じように,その人が支援者や同僚たちとの宴会から帰ってくるのを待つ。これは一般に「夜討ち朝駆け」と呼ばれる習慣だが,夜討ちのときには,取材対象である人物が記者たちを家に招き入れてビールをふるまい,「オフレコ」の話をしてくれることがある。ある夜,私は豪腕で知られた当時の内閣官房長官,野中広務の官舎で,厳寒に並んだ靴を数えてみた。20足以上あった。記者たちは大挙して居間に上がりこみ,あるいは冷蔵庫にビールを取りにいった。この夜に何か重大な発言があったとしても,翌日の朝刊には何も載らないのがふつうだ。本来ジャーナリストは独立した分析者であるべきだ。だが日本では,取材対象との関係がそのように親密になりすぎ,やがてはその人物の陰の相談相手あるいは手下のようになってしまうのだ。日本には,公共の利益を守るために日夜戦いつづける独立した監視役はほとんどいない。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.177-178

悪名高い記者クラブ

 日本のマスコミには,悪名高い「記者クラブ」なるものが存在し,主要な中央省庁と一般市民とのあいだの情報流通を妨げている。大手新聞社と主要テレビ局の報道関係者で構成された強力な記者クラブは,それに所属していないジャーナリストを定例記者会見やブリーフィングから締めだす権限を握っている。情報は勝手に広めてはならないのだ。東京に赴任した最初の年,私は当時の菅直人厚生大臣の記者会見場から,襟首をつかまれて引きずり出された。会場に入る前に記者クラブの「キャップ」にきちんと許可を求めなかった,というのが理由だった。フリーランスのジャーナリストや私のような外国特派員は,ブリーフィングや記者会見を取材したいときには事前に特別の許可を求めなければならず,しかも,しばしば断られる。
 記者クラブのメンバーたちは,よく1か所に集まって,ニュースをどのように報道するかを話しあい,統一方針を決める。記者会見後,公表された事実をまとめたメモを持ち寄って,内容を決めてから編集局に記事を送る,というのが慣例化しているのである。ゆえに日本では,毎日どの新聞を開いてみても,事実上まったく同じ内容の記事が載っている。ある日本人記者は不満を漏らした。「私たちは,翌朝出る新聞がみんなそっくり同じになるように,一日中駆けずりまわっているんです」

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.176-177

有力企業の比率

 今日の日本にとって残念なのは,キヤノンやホンダといったアメリカ人がよく知っているブランド,すなわち欧米企業と競争するために独自の革新的な戦略を編みだした有力国際企業がGDPに貢献している割合はたったの10パーセントに過ぎないという事実である。残りの90パーセントは,規制によって高度に保護された国内市場だけで商売をする無名企業によるものだ。かつて日本が新たな産業をゼロから創出するのに役立った不可解なルールが,今では有望な新参参入者たちが低価格でサービスを提供したり,既存の業者に挑戦することを難しくしている。ある日本人起業家が北海道で,アメリカのジェットブルー航空のような格安航空会社(北海道国際航空 エアドゥ)を設立したが,日本政府の政策が原因となって,じきに経営破綻に追いこまれた。米大手玩具チェーン,トイザらスは,日本に大型店舗を展開しようとしたとき,店舗の規模を厳しく制限するという不可解なルールがあることを知った。エコノミストのリチャード・カッツはこう結論している。「産業政策が,勝者と敗者を分けるものだとすれば,日本低迷の本質的原因は,勝者を鼓舞する政策から敗者を保護する政策へと徐々に転換していったことにある」

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.162-163

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