1492年,コロンブスがアメリカ大陸を発見したことを契機に,西ヨーロッパは大航海時代に突入した。その後,スペイン,オランダ,フランス,イギリスによって数々の太平洋探検が行われたが,とりわけ重要なものが,イギリスのジェームズ・クックによる航海である。クックが1768〜1780年にかけて行った3度の航海は,伝説の南方大陸(テラ・アウストラリス)の探索と,太平洋における大英帝国の領土拡大をねらったものであったが,目的は略奪行為ではなく,海図製作と,自然や天然資源,そしているのであれば先住民の気質や文化の調査であった。
クックは南方大陸が実際には存在しないことを示し,さらに北から南まで太平洋全域を探検し,その海図を作り上げた。そしてタヒチやハワイを含む無数の島々を発見したのだが,それと同時に,驚くべきことにどの島にも人が暮らしていることを知った。島の住人たちは,文字をもたず石器を使っていたが,独自の大型カヌーを操る優れた航海者であった。クックは,タヒチのツピアという青年が,130ほどの島の方角と距離を頭に入れていたことを,驚きをもって記録している。つまり,ヨーロッパ人が近代航海術をもってはじめてたどり着いた太平洋地域を,彼らより先に知っていた人々がいたのである。しかもその人々は,この広大な海域を駆け巡り,ほとんどすべてといってよい島々をすでに発見していた。これは大袈裟な話ではない。リモート・オセアニアにはもちろん無人島もあるが,そうした島にもたいがい人が訪れた痕跡がある(ポリネシアに多いこのような無人島は,ミステリー・アイランドと呼ばれている)。
海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.295-296
PR