1999年に,ガロデット大学が人工内耳を装着している子どものいる家庭439世帯について調べたところ,アフリカ系アメリカ人の家庭は全体の4パーセントにすぎないことがわかった。アフリカ系はアメリカの全人口の12パーセントを占めているので,明らかにこの数値は低すぎる。同じく全人口の12パーセントを占めるヒスパニック系の家庭も,全体のわずか6パーセントだった。この調査結果を見て,マイノリティの子どものほうが聴覚障害者の割合が低いのではないかと考える人がいるかもしれないが,実態は逆である。むしろ彼らのほうが聴覚障害の発生率は高い。ガロデット大学が聴覚障害をもつ学生4万2361人について行った調査によれば,全体の16パーセントがアフリカ系,23パーセントがヒスパニック系だった。その理由ははっきりしている。栄養状態が悪く,まともな医療サービスを受けることができず,妊娠中の母体管理も不十分なせいだ。この調査結果からは,きちんとした医療を受けられない家庭のほうが手厚い医療サービスを必要とする子どもをたくさん抱えているという厳しい現実が垣間見える。アメリカでも国民皆保険制度を導入すべきだとの声が上がるのは,こうした状況があるためだ。
ガロデット大学が実施したそのほかの調査でも似たような結果が出ている。ある調査で,人工内耳手術を受けた高度難聴児816人と,手術を受けていない高度難聴児816人を比較したところ,手術を受けたグループでは,アフリカ系とヒスパニック系の割合は,それぞれ5パーセントと8パーセントにすぎなかった。それに対して,手術を受けていないグループでは,アフリカ系とヒスパニック系の割合がそれぞれ16パーセントと21パーセントに達した。
白人の子どもに比べて,人工内耳手術を受けるマイノリティの子どもがこれほど少ないのはなぜだろうか。障害者の研究を専門とするスタンフォード国際研究所の社会学者,ホセ・ブラッコービーにこの質問をぶつけてみたところ,「陰謀じゃないかと勘ぐる人がいるかもしれないけれど,陰謀説をとらなくてもこうした数値の説明はつくんですよ」という答えが返ってきた。残念なことに,アメリカでは,アフリカ系やヒスパニック系=貧しいという等式がしばしば成立する。そして,経済的に貧しければ,人工内耳手術に頼らず,どのような種類の医療サービスでも受けるのが難しくなる。彼らには,こうした悲しい現実があるのだ。
マイケル・コロスト 椿 正晴(訳) (2006). サイボーグとして生きる ソフトバンク クリエイティブ pp.205-206
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