最近の神経科学分野で,憑依に関する興味深い研究がある。ペンシルバニア大学医学部の研究者が2006年に出版した,「異言」[学んだことのない外国語もしくは意味不明の複雑な言語を操る超自然的な現象]と呼ばれる宗教的な経験を体験した人々の試験調査結果である。もともとは,これは憑依状態を医学的に解明するのを目的とした研究だった。しかし研究者はすぐに,ある期間内に十分な数の憑依者を探し出し,研究室に連れてくるよう説得するのは不可能だということに気がついた。ゲイザー・ブラットがかつて指摘したように,憑依されている人々は恐慌状態にあって,「治癒は望むが,研究は望んでいない」のである。
ペンシルバニア大学の研究者たちは,代わりにいくらか類似した経験である異言を研究することにした。SPECT(単光子放出コンピュータ断層撮影)画像を使用し,威厳を話しているときと讃美歌を歌っているときに撮影された脳の画像を比較した。すると異言を話しているときには,人は憑依されているときのように,自分自身を統制,支配できていると感じていないのがわかった。今回の研究の主任研究員で,ペンシルバニア大学の放射線科と精神科の教授であり,宗教学の教授でもあるアンドリュー・ニューバーグ博士は「前頭葉は,我々が自分を統制していると感じる働きの手助けをしている脳の一部ですが,異言を話しているときは前頭葉に血液の流れが少なく,活動が不活性化していることがわかりました」と言う。被験者が讃美歌を歌っているときには,画像に変化は認められなかった。ここに見られる脳の活動のちがいは,異言を話す人々の訴えを裏づけているようである。「<自分が乗っ取られている>という感覚を起こしているのは,神か悪魔か,それとも脳の他の部分かはわかりません」とニューバーグ博士は述べている。
ステイシー・ホーン ナカイサヤカ(訳) 石川幹人(監修) (2011). 超常現象を科学にした男:J.B.ラインの挑戦 紀伊國屋書店 pp.131-132
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