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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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音以外も

 ふつう言葉を提示されると,それを解釈して現実の事実に当てはめて,その言葉が合っているかどうかを判断する。たとえば,もしあなたが誰かに「となりの部屋の中に金塊がある」と言われたら,その部屋の戸を開けて,部屋の中に黄金の山があるかどうか調べるであろう。そして,金塊があれば「その部屋の中に金塊がある」は正しいのであり,金塊がなければ,「その部屋の中に金塊がある」は間違っているのである。
 このように,ふつうは言葉より事実のほうが優先される。言葉を事実に合わせるのである。しかしメタファーは逆である。事実より言葉のほうが優先され,事実を言葉に合わせるのである。つまり,メタファーは必ずしも字句どおりに解釈されない。
 たとえば,「彼は社長の犬だ」を字句どおりに解釈すれば,この文は間違っていることになる(「彼」が社長のオスの飼い犬を指していれば別だが)。また「彼女の気持ちは,私に伝わって来なかった」も同様であり,この文を字句どおりに解釈すればこの文も間違っていることになる。このように,メタファーを字句どおりに解釈すれば,メタファーはほとんど間違っていることになってしまう。そうすればわれわれの会話が成立しないので,実質的には不可能である。
 われわれは「彼は社長の犬だ」と言われたとき,そう言った相手の顔を見て,何を言おうとしているか判断する。つまり,このようなメタファーの意味は,音になった部分だけで解釈されず,音以外の顔の表情等で決まってくる。

月本 洋 (2008). 日本人の脳に主語はいらない 講談社 pp.87-88
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なじめば不要

 ここで注意してもらいたいのは,抽象的な表現を理解するときに,いつも仮想的身体運動をともなっているわけではないことである。ある抽象的な文章に最初に出会ったときは,いちいち頭のなかで何らかのイメージを作って理解しながら,ゆっくりと読み進んでいくが,この場合は,仮想的な身体運動を行っている。しかし,その抽象的な文章になじめば,とくにイメージを作らなくても理解でき,なめらかに読めるようになる。この場合には仮想的身体運動をしていない。

月本 洋 (2008). 日本人の脳に主語はいらない 講談社 pp.72

容器のイメージ

 先ほどメタファー表現の例として,2つの抽象的な例文をあげた。あれを見てもわかるとおり,抽象的な表現は一般にメタファー表現でなりたっているのである。抽象的な表現は,現実的な物理世界に対応物がないので,われわれは仮想的身体運動ができない。すなわちイメージを作れない。このような直接的に身体運動できない領域を抽象的領域という。抽象的な領域は,たとえば,文化,経済,政治,理論などである。抽象的領域のイメージは,メタファー表現を通して,具体的領域のイメージを使って作られる。
 容器のメタファーによる抽象的表現を見てみよう。次の文は,先に示した具体的表現と対応する形で作ってみた。

 「私の心は満たされない」(心が容器)
 「彼は選抜チームから外された」(チームが容器)
 「その論文には中身がない」(論文が容器)
 「彼は試験中である」(試験が容器)
 「この料金には消費税が含まれている」(料金が容器)

 みなさんは,これらのような文を読むときに,とくにイメージを意識的に作って理解しているわけではないだろう。しかし,その理解の基板には,容器のイメージがあることがわかるはずである。

月本 洋 (2008). 日本人の脳に主語はいらない 講談社 pp.70-71

イメージできるもの,できないもの

 イメージは人によって違うし,同一の人でも,時と場所でイメージが異なる。たとえば,猫のイメージと一口に言ってもいろいろあるだろう。猫の側面のイメージ,猫の前面のイメージ,大きい猫のイメージ,胴の長い猫のイメージなどなど。しかし,さまざまなイメージがあるといっても,これらのイメージがぜんぜん違うわけではない。それらのイメージは似ているのだ。足が4本であるとか,大体の大きさとか,言葉では表現しにくいが「猫」らしさという点では共通している。
 それではイメージによる意味が確定できない,それは問題ではないかと問われるかもしれない。しかし,われわれは,つねに意味を確定して生きているであろうか。じっさいには,自分の生活に支障のない範囲で意味が明確であれば十分なはずである。たとえば私の場合,猫の意味はそれほど確定していない。猫にとくに意味があるわけでもないし,猫を飼っているわけでもない。街を歩いているときに,ひっかかれないようにしている程度である。しかしそれで現在までの生活に格段困ったということはない。猫と犬を一応識別することはできるが,その程度に猫に関する意味がわかっていれば十分なのである(猫を百匹飼わねばならないとなれば,私も猫に関する意味をもう少し明確にすることになるであろう)。
 「神」などの抽象的な言葉はどうなるであろうか。猫や犬に比べて,神をイメージするのはとても大変である。私がいまイメージしたものは,天上に人間(に類似したもの)が雲の上でふわふわ浮かんでいるイメージである。このようなイメージを私が描くのは,漫画や映画やテレビなどで,そのようにして描かれた神を何度となく見てきたからであろう。このようなイメージで十分だろうか。それでよいという人もいるだろう。よくないという人もいるだろう。神のイメージは宗教によっても違う。皆が同意するような神のイメージというものはないであろう。だから,神のイメージはあいまいなままである。無神論もあり,そもそもあるかないかでも合意できないものなのであるから。したがって,もともとあいまいなものだから,イメージもあいまいで仕方がない。

月本 洋 (2008). 日本人の脳に主語はいらない 講談社 pp.58-59

言語学分野の簡単な説明

 「身体運動意味論」,これはあまり聞きなれない言葉であろう。そもそもその前に「意味論」って何?という人も多いかと思う。そこでまず最初に,言語学の研究分野である統語論,意味論,語用論について,簡単に説明しておきたい。
 たとえば,「目は私のです2つ」では,文法的に正しくない。この文法を研究する分野が統語論である。一方,「目の私は2つです」では,文法的に正しくても意味が不明である。この意味を研究する分野が意味論である。
 あなたが,朝,誰かに会って「おはようございます」と言ったとき,その人が「私の目は2つです」と返してきたら,あなたは驚くであろう。「私の目は2つです」は文法的に合っていて,意味的にも明確だけど,語の用法としては間違っている。この用法を研究する分野が語用論である。

月本 洋 (2008). 日本人の脳に主語はいらない 講談社 pp.46

イメージを描く

 われわれは,何かを理解したときには,なんらかのイメージを頭の中で作ることができる。それが作れないときは理解できないということである。そしてそのイメージを作るときには想像力を使っている。たとえば「黄金の山」は現実には存在しないが,想像はできる(日銀の地下の金庫に金塊の山があるのかもしれないが)。しかし「丸い四角」は想像できない。現実に存在しないばかりでなく,どのようにしてもイメージを作ることができないのである。
 理解の際にイメージを作るというのは,空間的なものばかりではない。聴覚的,触覚的なものもあるし,さらには,抽象的な文を理解するときでも,われわれはなんらかのイメージを頭の中で描いている。たとえば「理解」できたと思うときのイメージであるが,これは,具体的なイメージの時もあれば,あいまいなイメージの時もある。抽象的な文を理解したときは,漠然としたイメージである。
 このように,われわれは,その言葉を聞いてイメージを作れれば,理解できるという。このような理解を想像可能性と呼ぼう。

月本 洋 (2008). 日本人の脳に主語はいらない 講談社 pp.20

立ち止まり,返していく

 旅に出れば,必ず現地の人のやさしさに触れる。それを“旅の美談”として歓迎し,きれいな思い出として自分の記憶のなかにしまう。それだけで満足しているんじゃないか。
 ——ぼくは,ひとりで,どこか得意になってはいないだろうか?
 いま,自分がここにいることを当たり前に思ってはいけない。すべての偶然と僥倖と,数々の大きな心に支えられて,自分はここにいるということを肝に銘じておかなければならない。そして,そのことをいつも顧みなければならない。
 これまで与えられてきた慈しみを,瞳の色を,いつも心に留め,あるいはこれから自分がささくれだつような瞬間があれば,それらを振り返って立ち止まり,そしてこれから自分も返していくのだ……。

石田ゆうすけ (2007). 行かずに死ねるか!:世界9万5000km自転車ひとり旅 幻冬舎 pp.299-300

人間は代わりにならない

 なかには,長い年月にわたる進化の過程で肉食動物がどんな役割を果たしていたにせよ,その抜けた穴は最後に登場した全能の生物,すなわち人間のハンターによって十分埋められると考えたがる人もいる。ある種のスポーツマンと狩猟鳥獣を扱う団体はひとつ覚えのようにこう言う。「殺すのはわたしたちに任せろ。そうすれば,群れのバランスは保ってやろう」。ライフルを構えたハンターが森で最後の捕食者になる可能性があるのなら,まず人間に大型動物と同等のはたらきができるかどうかを調べておいたほうがいい。
 確かなのは,今日人間が使う武器には,桁違いの殺傷力があるということだ。狩猟用の弓が射る矢は,秒速90メートルで飛ぶ。ライフルの弾の速度は音速の2倍から3倍だ。そのような銃弾と高性能の望遠鏡があれば,350キロ近いヘラジカを,400メートルの距離をあけて気づかれずに撃つことができる。極端な話,落とし穴と針金の罠をしかけておけば,寝ている間にゾウを殺すことさえできるのだ。
 猛獣ハンターの嗜好を調べてみると,アフリカでも北アメリカでも同じような,それほど驚きもしない結果が出る。戦利品は立派なほどいいのだ。より大きく見栄えがよく,強そうなオス,つまり遺伝子集団の最上の部分をハンターたちは狙う。逆に肉食動物は,効率と自分の安全を考えて,幼いものや年老いたもの,脚が不自由だったり弱っていたりする獲物を襲う。また,スポーツとしてのハンティングは,数週間という狩猟シーズンが終わると,次の解禁日まで10か月から11か月の間,ヘラジカは好きなように川辺をうろついていいということになる。その間にシカは若木を食べつくし,茂みをぬかるみに変えてしまうだろう。また,ハイイログマのような死肉も食べる動物——コロラドにまだ残っていればの話だが——にとっては,春先に子どもに食べさせるものを見つけにくくなる。ハンターが横行する秋にしか動物の死骸が残されないからだ。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.290-291

スライムの台頭

 公正を期して,もうひとつの,そして多数派の捕食者グループにも触れておこう。舞台は海のなかだ。最近の例をひとつ挙げれば,ノースカロライナ沖ではこの30年間でオオメジロザメ,イタチザメ,メジロザメ,シュモクザメが乱獲され,今残っているのはかつての1パーセントから3パーセントにすぎない。大型のサメが姿を消した結果,その獲物となっていた物断ちが桁違いに数を増やした。小型のサメやエイの仲間である。貝を好むウシバナトビエイは約4000万匹にまで増え,その大群が東部沿海の海底をさらうせいでハマグリやカキの水揚げが激減している。大型のサメが消えてエイがのさばるようになり,100年の伝統を誇るノースカロライナ州のホタテ漁は廃れた。
 そして,科学界から発せられた不吉な警告を受け,世界中の漁師たちがサメを迫害しないことに同意した……というのは嘘で,実は正反対だ。違法漁業が横行する外洋では,毎年7300万匹もの大型ザメが捕獲され,ヒレだけを目当てに生きたまま切り刻まれている。フカヒレスープとなってアジアのお金持ちの腹を満たすためだ。陸上の大型肉食獣の未来を美意識ゆえに案じる人はいても,海中の大型肉食魚の顕著な減少を,美意識ゆえに気にしたり心配したりする人はほとんどいない。海は急速にウニやクラゲ,藻やバクテリア——食物連鎖の最底辺にいる微生物——に占領されつつある。海洋生物学者ジェレミー・ジャクソンはそれを,「スライムの台頭」と呼んでいる。現在,網をあげればクラゲばかりということが増えており,いずれは海はクラゲでどろどろになってしまう,と彼は心配している。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.287-288

人類がやったのです

 気候変動に原因があると考える人々は,1万3000年前——北米の多くの大型動物が絶滅した時代——,この大陸は氷河期を終えて次第に暖かくなり,乾燥し,大陸全体で植物の構成が変わったためにそれらは絶滅した,と説明する。しかし,人類が犯人だと見ている人々からすれば,絶滅した動物の多くは氷河期をすでに22回もかいくぐって生き延びており,最後の氷河期よりはるかに過酷な時代もくぐり抜けてきたという事実の方が,より真実を語っていた。
 正体がなんであれ,殺し屋は北米の大型動物を一掃するとすぐ南米に渡り,そこでも大型動物の80パーセントを消し去った。奇妙にも,アメリカの大量殺戮のおよそ4万年前,同様の黒い影がオーストラリアを猛攻したらしく,そこでも大型有袋類動物や,飛べない巨大な鳥や,体長5メートルのトカゲが消えた。やはり人類が現れた直後のできごとで,しかもこの大陸に氷河は見当たらなかった。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.242-243

ヒヒの恐怖

 北米大陸をざっと見渡せば,中間捕食者が確かに解放されていることがわかる。ダコタ州のプレーリーの一画は,長く北米の「アヒルの養殖場」として知られてきたが,1980年代までにアカギツネがあひるの巣を一掃してしまった。イリノイ州の小さな森では,地面に巣をかける鳴鳥類がすべて,すさまじい勢いで消えつつあり,3倍に急増したアライグマとの関連が疑われている。大西洋沿岸の北から南まで,海岸でも林でもチドリが野良イヌやネコやカモメに追われていた。何千羽ものアジサシ,ハサミアジサシ,サギ,シラサギが,獰猛なアライグマやキツネのせいでコロニーごと消滅した。
 大西洋を越えた先では,さらにすさまじいことになっていた。なかでも,サハラ以南のアフリカではヒヒが大量に増殖し,目に余る略奪を繰り広げている。コートジボワールからケニアまで,ライオンやヒョウがいなくなった広い地域を,ばけものじみたヒヒの集団が占領しはじめた。いつでもどこでも行けるようになったヒヒたちは,アフリカ1の作物泥棒兼殺し屋となり,人間の女や子どもを襲って食料を奪い,家を壊して侵入し,膨大な数の家畜や野生動物を殺している。ウガンダの被害のひどい地域では,子どもたちは学校から戻ると,畑や作物がヒヒに荒らされないよう見張り番をしなければならない。ヒヒたちは次第に肉を好むようになり,野生のレイヨウを襲いはじめた。その体をばらばらに引きちぎって食べるのだ。ヒヒたちの饗宴が終わるころ,ほかのサルの群れは全滅し,森中の鳥の巣が空っぽになっている。彼らはハイエナの獲物まで奪い取る。ライオンの牙が消えたアフリカは,新たな猛獣をその王に選んだのだ。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.184-185

捕食者を締め出すと高くつく

 オオカミがいなくなったことがシカに与えた影響は,頭数よりも心理面においてのほうが大きかったようだ。捕食者のいないこの島で,シカは夏の牧草地にいる雄牛のように堂々と草をはんだ。キャンプを張って2日後,シカはマルタンたちの手から直接,餌を食べた。マルタンは語る。「それを見てわたしははっとした。肉食動物というものは,被食者を食べる存在としてではなく,被食者の行動を抑制する存在としてより大きなはたらきをしていることに気づいたのだ」。そして,捕食者から解放されたことによる被食者の行動の変化は,食物連鎖の基盤を揺るがすほどの影響をもたらす。
 「今,わたしたちに言えるのは」とマルタンは続ける。「捕食者を締め出すと高くつく,ということだ。森林野生動物も犠牲になる。オオカミを追い出すと,鳥や植物など多くのものを失うことになるだろう。なぜなら,オオカミが自然を管理しているからだ。驚くかもしれないが,わたしたちが調べたことをよく検討すれば,誰でも,過剰なシカがもたらした問題をオオカミは確かに解決するし,場所によってはそれが唯一の解決策なのだと悟るだろう」

ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.162

シカが頂点の森

 そのような森はいくらでもある。メリーランド州のカトクティン山脈国立公園,ヴァージニア州のシェナンドーア国立公園,テネシー州のグレートスモーキー山脈国立公園,はるかコロラド州のロッキー山脈国立公園まで行ったとしても,シカやワピチの群れが何者にも邪魔されず,森の次世代を担う若木を食べているのに気づいただろう。あるいは,この分野の研究者を訪ねてみれば,彼らは陰鬱な顔で,急増するシカの群れと消えつつある生物との関係を語っただろう。消えていく生物には,ランから昆虫,ベイスギ(レッドシーダー),アメリカクロクマまでもが含まれる。大西洋や太平洋を越えた先の,北半球,南半球,西欧,アジア,ニュージーランド,日本へ行っても,シカが急激に増え,森林が荒廃していることに気づいたにちがいない。シカの仲間——オジロジカにオグロジカ,シトカジカ,ダマジカ,ノロ,アカシカ,ミュールジカ,ワピチ,ヘラジカ——が温帯地方全域で食物連鎖の頂点に立っているのだ。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.149-150

ラッコがいるかどうかで

 どこにでも,そのパターンが当てはまった。ラッコがパトロールしているアムチトカの礁にはケルプの森があり,海面へと伸びる葉の間には魚が泳ぎ,海底には色とりどりのカイメンやヒドロサンゴ,イガイ,フジツボが生息していた。一方,ラッコのいないシェミアやアッツの礁では,海底はピンクのサンゴモを敷きつめたようになっており,トゲだらけの巨大な緑色のウニがそこかしこに転がっていた。アムチトカがケルプのジャングルなら,シェミアやアッツはウニしかない不毛の地だ。どの点から見ても,木々が高くそびえる原生林から皆伐地に出てきたときのように,その差は明らかで劇的だった。そして結局はラッコがその違いをもたらしているのだ。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.97

海でも

 頂点捕食者の衰退は海にも及び,大型の海の捕食者は,食べ物をめぐって競いあうどころか,自分が食べられる立場になった。
 ニシマダラはニューイングランド一体の発展を支えた魚であり,西大西洋諸国にとって通貨に等しかった。かつては2メートル近い怪物が群れをなして泳ぎ,数も非常に多く,1497年には海洋探検家のジョン・カボットが,バケツですくえばいくらでも獲れる,と記している。しかし,1920年代にバケツと釣り針の代わりにトロール網が使われるようになると,タラは姿を消しはじめた。1960年代までに北欧の海からカナダのグランドバンクスやメイン湾まで,タラという資源は枯渇し,タラに依存する経済は破綻した。現在,限られた場所ではまだ漁が成り立っているが,水揚げされるタラの平均的な大きさは30センチそこそこだ。
 大西洋のクロマグロは,体重500キロ,最高速度が時速80キロに達する雄々しい魚雷である。大洋をいくつも横断し,パワフルに突進して小魚を捕らえるが,最後には冷凍された厚板となって,東京の大規模な魚市場で寿司ネタとして売られる。極上のクロマグロ1本の市場価格は,ときに6万ドルにもなる。30年前は西大西洋に約25万匹いたが,現在は2万2000匹程度しかいない。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.79-80

狩りという娯楽

 大型捕食動物を根絶しようとする強い動機が,少なくとももうひとつあった。猛獣を殺すのは,最高に楽しい娯楽だったのだ。都市化が進み,平凡な仕事が多くなると,人々は刺激のない生活に退屈するようになった。そのような欲求は,動物の虐殺を生で見れば解消できたはずだ。ローマ人は巨大な円形競技場を建設し,はるばるメソポタミアやアフリカから何千頭ものゾウやカバやライオンを連れてきて,大がかりな見世物として殺すようになった。ローマのコロッセウムでは,1日にクマ100頭,ヒョウ400頭,ライオン500頭が虐殺されることもあった。ライオン500頭というのが,現在アジアに生息するライオンを一掃する以上の数であることを思うと,その数の多さが実感できる。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.76-78

絶滅の原因

 霊長類はと言うと,こちらもアフリカのサバンナから独自の超捕食者を誕生させた。歯は小さく,かぎ爪をもたず,見た目はパッとしない二本足で歩く奇妙なサルで,ただ,不思議なほど大きな脳をもっていた。このヒト科の動物は多芸多才で,オオカミやライオンのように群れで狩る戦術と,ハイエナやジャッカルのようにほかの動物の獲物を失敬する技術を合わせて習得した。その系統に最も新しく現れたのはホモサピエンスで,登場してから50万年たたないうちに,動物界最大の獲物まで殺せるようになった。そして,自分たちを襲う捕食者も殺しはじめた。
 2万年前というそう遠くない昔,北米には体重が50キロ以上の肉食動物が少なくとも10種類いた。オオカミが2種,クマが3種,そのうちの1種は,立てばヘラジカほどの高さになり,クォーターホース(サラブレッドに似た乗馬・競馬用のウマ)くらいの速さで走った。スミロドン,つまりサーベルタイガーもいた。アフリカのライオンより大きいアメリカライオン,現在いるのと同じジャガーやピューマ,それにアメリカ版のチーターがいた。北米大陸は超捕食者の宝庫だったのだ。もちろんそれらの餌になる大型の獲物もいた。なかでもよく知られているのは,マンモスと,巨大な地上性のナマケモノ,メガテリウムである。ところが,彼らは突然,謎めいた最後を遂げた。
 およそ1万3000年前までに,北米の大型捕食者は半減した。マンモスとナマケモノのすべてと,最大級の有蹄動物の4分の3も姿を消した。氷河期が終息し,気温が上昇しはじめた時代に——それはシベリアから槍を振りまわすハンターたちがやってきた時代でもある——動物たちがあまりにも急速に消えたことについては,一体なんのせいでそうなったのかと,20世紀を通じてずっと議論されてきた。

ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.66-67

普通にする

 ウザいすよとケンヤはつらっと答えた。
 「俺のほうが偉えとか,俺の方が速えとか,俺の方が強えとか馬鹿みてえと思いますよ。遅えから駄目だとか弱えから駄目だとか,やめて欲しいっすよ。そんなくだらねえことで格付けされて,それで凹むくれえなら,試合放棄っすよ。最初っから闘う気なんかねーのに,リングに上げられて,ガンバレとか気合入れろとかガーガー言われて,正直いい加減にしろって感じっすよ。勘違ーもいいとこ。大体,ただ普通にしてるんじゃ駄目だってのおかしくね?」
 「おかしい——かもな」

京極夏彦 (2010). 死ねばいいのに 講談社 pp.171

認めてもらいたいから

 「もっと上に行きてぇからそう思うんだろ? つまり——もっともっと認めて貰いてぇから,もっと高く評価されてぇのにされねぇから辛いんじゃねぇの? 奥さんにだって好かれたと思うから,だからこそ冷たくされて悲しくなってるンじゃねえの?そうじゃねえの?」
 「それは——」
 「あのさ,例えば今日帰って,おかえりなさいお疲れさまでしたって言われたらどうよ。今までご免なさいって謝られたら瞬間赦すだろあんた。まあ,それでもネチネチ今までの恨みごと言うかもしんねえけど,要はあんたが優位に立ちてぇってだけじゃん。会社だって明日出社して,昇進してたら嬉しいんだろ? 速攻で機嫌直らね? ちやほやされれば何もかも収まるだろ。そのちやほやが欲しいから辞めねぇし別れねぇんだよ。それ以外にないじゃん」

京極夏彦 (2010). 死ねばいいのに 講談社 pp.65

登りながら山を作る

 研究者が一番頭を使って考えるのは,自分相応しい問題だ。自分にしか解けないような,素敵な問題をいつも探している。不思議なことはないか,解決すべき問題はないか,という研究テーマを決めるまでが,最も大変な作業で,ここまでが山でいったら,上り坂になる。結局のところこれは,山を登りながら山を作っているようなもの。滑り台の階段を駆け上がるときのように,そのあとに待っている爽快感のために,とにかく山に登りたい。長く速く滑りたい,そんな夢を抱いて,どんどん山を高く作って,そこへ登っていくのだ。
 卒論生も修論性も,指導教官の先生が作った山に登らせてもらい,そこを滑らせてもらえる。ほら,こんなに楽しいんだ。だから,君も山を作ってみなさい。そう言われて,投げ出されるのが,博士課程だということになる。
 だけど,自分で作った山の方が絶対に面白いだろう,ということはもうわかっている。予感というよりも,それは確信できる。喜嶋先生が登らせてくれた山は,もの凄く高くて,周りのみんなの山や滑り台がよく見えたし,山を作っている人の姿も眺めることができた。
 この「高さ」というのは,けっして研究の有名さではない。話題性でもない。研究費を沢山獲得するようなテーマが高いわけではない。言葉を逆にして,深いと表現しても同じだ。

森博嗣 (2010). 喜嶋先生の静かな世界 講談社 pp.292-293

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