アメリカの子どもが間違うのを恐れるのには,もうひとつの強力な理由がある。生まれつき能力がないと思われてしまうのを心配しているのである。心理学者のキャロル・ドゥエックはアメリカの児童を20年間研究し,スティーヴンソンとスティグラーが目にした文化的違いの大きな理由のひとつをはっきりと指摘した。ドゥエックは実験で,一部の生徒については新しい課題を修得しようとした努力を誉めた。別の生徒集団については,頭の良さや成績を誉めることにした。「ジョニー,あなたって算数の天才ね」など,子どもがよくできたときに親が言いそうな言葉をかけたのである。しかしこうした単純なふたつのメッセージは生徒たちに大きな違いを生んだ。アジアでのように,最初は「できない」場合でも努力を誉められた子は次第に成績も上がり,生まれつきの才能を誉められた子より勉強が好きになっていた。また,間違いをしたり不備な部分を指摘されても,よくわかるようになるために役立つ情報といったとらえかたをしていた。一方,生来の才能について誉められた子どもは,実際に学んでいる内容よりも,自分がほかの仲間にどのくらい優秀に見えているかを気にかけるようになっていた。彼らはうまくできないことや失敗することに臆病になり,どんどん自滅的な思考サイクルに入っていった。何かがうまくできないと,続いて起こる不協和(「ぼくは賢いはずなのに,へまをした」)を解消するために,学習や修得中の内容に興味を失っていくのである(「ぼくは,やる気になればできるけど,やる気がないんだ」)。こうした子どもは,間違いをしたり責任をとるのを怖がる大人になっていく。自分に生まれつきの才能が欠けている証拠になるからだ。
キャロル・タヴリス&エリオット・アロンソン 戸根由紀恵(訳) (2009). なぜあの人はあやまちを認めないのか:言い訳と自己正当化の心理学 河出書房新社 pp.307
(Tavris, C. & Aronson, E. (2007). Mistakes Were Made (but not by me): Why We Justify Foolish Beliefs, Bad Decisions, and Hurtful Acts. Boston: Houghton Mifflin Harcourt.)