法令が身近なところに存在するようになれば,法令に対する姿勢を,手元に置いて使いこなすという方向に転換していかなければなりません。しかし,明治以来日本人が百数十年以上も続けてきた法令に対する「遵守」の姿勢はなかなか変わりません。法令を目にすると,ただただ拝む,ひれ伏す,そのまま守るという姿勢のために,法令を「遵守」することが自己目的化し,なぜそれを守らなければならないのかを考えることをやめてしまうという「思考停止」をもたらしているのです。
要するに,日本の社会が法令に対してとってきた単純な「遵守」という姿勢は,法令が社会の周辺部分にしか存在しておらず,社会内の問題解決は法令以外の手段で行われていたからこそ,それなりにバランスがとれていたのです。中途半端に社会のアメリカ化が行われたために,法令が社会の中心部にどんどん入り込んできて,どうしても関わり合いを持たざるを得ない存在になってきたのに,法令に対する姿勢が変わっていないために,それを使いこなすことができず,何も考えないまま法令に押しつぶされそうになるという「法令遵守」の弊害が生じてしまっているのです。
郷原信郎 (2009). 思考停止社会:「遵守」に蝕まれる日本 講談社 pp.191
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