心理学者は命令的規範と記述的規範とを区別する。命令的規範は,より公的な社会のルールであり,広く知られ,おおむね遵守されている。妊娠中にタバコを吸わないことや,野生生物保護区でゴミを捨てないこと,上品なレストランで鼻をほじらないこと—これらは命令的規範の例である。記述的規範はもっとあいまいなものだ。私たちはそれを周囲の人々の行動から学びとる。記述的規範の例を見たいのなら,野球場へ行って,国歌が流れているあいだに観客のようすを観察すればいい。だれもが立ちあがる(これは命令的規範だ)が,帽子を脱いで胸に手を当てるかどうかは周囲の座席にいる人々しだいだ。ひとりのファンが帽子を脱げば,周囲の人々もつぎつぎに脱ぐ。片手を胸にあてた人が集まっている場所もあれば,両手を背後でぎゅっと握っている人が集まっている場所もある。記述的規範の働きは微妙だが,近くにいる—物理的にも比喩的にも—人々の行動がもたらすその力は見過ごすべきではない。
さらに,命令的規範と記述的規範はたがいに反することもありうる。たとえば,妊娠している女性が,喫煙者が多いラマーズ法の教室へ行くような場合だ。命令的規範はひとつの行動をうながし,記述的規範はちがう行動をうながしている。
裏切りを理解しようとする人がだれもみな驚くのは,不倫に関する記述的規範は命令的規範よりも強力だと,研究から立証されていることだ。不貞を働いた人を知っている人は,自分自身も不貞を働く可能性が高いことがあきらかになっている。野球場で国歌斉唱の場面で人々に帽子を脱がせるのと同じ要素が,人々にパートナーを裏切らせるのだろうか。
ロバート・フェルドマン 古草秀子(訳) (2010). なぜ人は10分間に3回嘘をつくのか:嘘とだましの心理学 講談社 pp.123
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