ここで私が思い出すのは,20世紀初頭の著名な心理学者,E.L.ソーンダイクの言葉だ。動物の知性については誰もが感心するのに,動物の愚行には誰も注意を払わない。犬は毎日と言っていいほど道に迷うではないか。ソーンダイクはそう不満をもらしたあと,このように続ける。「だが,もし犬がブルックリンからヨンカーズまで(およそ40キロ弱の道のりを)無事戻ってきたとなれば,すぐに世間はその話題でもちきりになる。ただニャーニャー鳴いているだけの猫はそこらじゅうにいるのに,そのことを気にとめたり,友だちに手紙で知らせたりする人は誰もいない。でも,猫が外に出たいときの合図としてドアのノブをひっかいたりすれば,それがまるで猫の知性の象徴みたいに本が書かれたりするのだ」。
これと同じように,けがや病気で自分をまったく治そうとせずにいる動物のことや,実際には何の効果もない「調合薬」を使う動物のことには,誰も触れようとしない。また私たちは,伝統的な生活を営む人々が使う薬の有効性を理想化したり強調したりしがちだ。その一方で,こうした昔ながらの治療法の多くが役に立たないこと,中には病気よりもひどいものがあることを忘れている。
マーリーン・ズック 藤原多伽夫(訳) (2009). 考える寄生体:戦略・進化・選択 東洋書林 p.282
(Marlene Zuk (2007). Riddled with Life: Friendly Worms, Ladybug Sex, and the Parasites That Make Us Who We Are. Orland: Houghton Mifflin Harcourt.)
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