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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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相関の錯覚が生じるとき

 視覚的錯覚は目(実際には脳)を欺いて,現実には存在しないものを知覚させる。同様に心は欺かれて,テストに対する反応と性格との間に,実在しない相関を知覚してしまうことがあるといえる。チャップマン夫妻は他の研究で,特定のテスト反応と特定の性格特性との間に「言語的な関連」があるとき,相関の錯覚がもっとも起こりやすいことを示した。たとえば,体のどの部分が知能ともっとも密接に関連するかを人々に尋ねると,頭という答えが返ってくるし,体のどの部分が疑り深さと関連するかを尋ねると,目という答えが返ってくることが多い。学生たちと臨床家たちが特定のテスト反応と性格特性との間につながりがあるようにみえると答えるとき(大きな頭と知能の高さ,目と疑り深さ),実際には彼らは言語的関連に基づいて期待したものを答えているのかもしれない。

J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 p.145
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)
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いかによく見間違いをするものか

 以下に,4種類のUFO目撃談を引用するので,その正体は実際は何だったのか,ちょっと推理してみてほしい。
 (1)「まるでマグネシウムが燃えているような輝きだった」「それは非常に明るくなり,ほとんど見ることさえできなくなった」「あまりの明るさに目が潰れそうになった」
 (2)「前後左右に動いたと思ったら,ライトをチカチカ点滅させて丘の向こうに消えていってしまった」「それは信じられないような猛スピードで飛んでいった」「信じられないような鋭角なターンをした」「瞬きをする間に,何キロもすっ飛んでいってしまった」「それは,まるで我々に見てくれといわんばかりに飛んでいった」
 (3)「円盤形をしていた」「ドーム型だった」「ドームのついた円盤型」「三角形だった」「球形だ」「タバコ型だった」
 (4)「UFOまでの距離は,約60メートルしかなかった」
 以上の4種類の目撃報告の正体は,以下の通りだった。
 (1)の正体は金星。
 (2)の正体は広告用飛行機。だから「それは,まるで我々に見てくれといわんばかりに飛んでいた」というのはたしかにその通りだったのかもしれない。
 (3)はいずれも飛行機。
 (4)は星。星までの距離が約60メートルに見えるというのも,ちょっと信じがたい話だ。明るさも,動きも,形も,その距離も,まさにメチャクチャだ。
 飛行機を見て,円盤とか丸とか三角とか言っているのは,夜間飛んでいる飛行機の機体についているランプをつないで,そんな形をイメージしてしまったものらしい。
 また,次のような目撃例もある。
 (5)「テレビが出すような奇怪な音を発していた」(正体は星)
 (6)「わたしたちの車だけを追って,宙に浮いていた。他人の車は追わず,私たちの車だけを追ってきたのだ」(正体は金星)
 (7)「私たちの髪を逆立たせた」(正体は月)
 こうやって並べると笑ってしまうかもしれないが,いずれも目撃者は,本気でこのように見えたと報告をしてきているのだ。人間というものは,いかによく見間違いをする生物なのかということがわかるだろう。


皆神龍太郎 (2008). UFO学入門:伝説と真相 楽工社 Pp.41-43.

確証バイアスについて

 人々が偏見をもっているとき,その偏見に合う情報が気づかれやすく記憶されやすいことは,それほど不思議なことではない。共和党員は,民主党の政治家の卑劣なごまかしをいつまでも覚えているが,自分が属する党の指導者が犯した罪については部分的な健忘症になってしまうものである。民主党員も自分の立場に合うことはよく記憶するが,そうでないことは忘れやすいという点では同類である。心理学の研究では,これと同じバイアスが繰り返し示されてきた。ある有名な研究では,研究者たちは,大いに問題になった1951年のプリンストンとダートマスのフットボール試合のビデオをプリンストンとダートマスのそれぞれのファンに見せた。プリンストンのファンは,プリンストン側よりもダートマス側の選手のほうが多くの反則をしたといったが,ダートマスのファンはこれとまったく逆のことをいった。
 これらの例が示すように,人々は自分の信念を強める情報を探してそれに注意を向け,その一方で自分の信念に合わない情報は無視するか批判する傾向がある。人間のこの一般的なまちがいは「確証バイアス」とよばれ,すでに400年前に,イギリスの法学者・哲学者であり,現代科学の父とよばれることもあるフランシス・ベーコン(Bacon, F.)が述べていたものである。「人間の理解は,いったんある1つの見方をとると,それに一致し,それを支持する他のすべてのことを引き寄せるようになる。別の見方の側により多くの重要な事実がある場合でも,…最初の結論が汚されないようにするために,人はそれらを無視して侮ったり,あるいは何らかの区別をして排除したり拒否したりする」。

J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 p.142
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)

エイリアン・クラフトの可能性

 米国軍最初のUFO調査機関は,1947年12月に「プロジェクト・サイン」という名で設置された。1949年2月に「プロジェクト・グラッジ」へと変更され,そして1952年3月,コードネームが最終的に「プロジェクト・ブルーブック」とされた。米空軍のUFO調査機関は,こうしてその名前を何度か変えながら,1947年から1969年までの足掛け22年間,オハイオ州デイトンのライトパターソン空軍基地内に設置されていた。
 ここには全米からUFO目撃報告が集められ,22年間に集まったUFO事件は計1万2618件にのぼった。このうち最後まで正体が判明しなかったものは,701件にすぎなかった。
 UFOの正体の判明率を,年ごとのグラフにしてみよう。UFOの正体の判明率は,22年間をならしてみると94%に上る。UFO,つまり正体不明な飛行物体として報告が挙げられておきながら,その正体をちゃんと調査してみると,100個のうち94個までが単なる普通の物体の見誤りや,故意の嘘にすぎなかったことが判明したのだ。
 つまり,「UFOを目撃してしまった」と大騒ぎをしてみても,その見たモノが本当の未確認飛行物体=UFOである確率は,せいぜい5〜6%しかないというわけだ。
 さらに間違えないでもらいたいのは,ここで生き残った5〜6%の飛行物体も,あくまで未確認飛行物体の候補として生き残ったものにすぎないということだ。この5%程度の中に,エイリアン・クラフトが1個でも含まれているかどうかということは,さらに詳しいふるい分けを行ない,調査しないかぎりなにも言えない。
 本当のエイリアン・クラフトを探し出すのは,空に飛んでいる何物かを指差して「あっ,UFOだ」「宇宙人の乗り物だ」と言えてしまうほど簡単なものではない,ということがおわかりいただけるかと思う。


皆神龍太郎 (2008). UFO学入門:伝説と真相 楽工社 Pp.20-21

当たるようにみえるわけ

 皮肉なことに,病気を過大視するロールシャッハテストの傾向は,臨床家がこのテストを重要視することをうながす結果になったかもしれない。ほとんどの人々を病気とみなすテストは,たとえいいかげんな根拠に基づくものであっても,臨床現場では当たることがしばしばあるからである。
 たとえば,あるテストが,うつ病で対人関係に問題ありというラベルを患者の75%に勝手に貼るとしてみよう。臨床家がみる患者のほとんどはうつ病か対人関係問題を抱えているので,このような判定結果は,いい加減なものであるにもかかわらず,多くの場合当たっている。このテストは不思議なくらいに当たるようにみえるかもしれない。もちろん,もし臨床家がこのテストを大勢の健康な大人に実施したとすれば(1950年代のロールシャッハ研究家がしたように),このテストによって「正常な」人々のほとんどを不適応と判定してしまうことになるだろう。しかし臨床家が日常の業務で健康な大人を判定することはほとんどない。

J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 pp.132-133
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)

4種類の可塑性

 研究の末,グラフマンは,可塑性には4種類あるとした。
 1番目は「マップの拡大」。前述したように,日々の活動の結果として脳の境界領域で多く見られる。
 2番目は「感覚の再配置」だ。ある感覚が閉ざされたとき,たとえば視覚に障害が生じたときなどに起こる。視覚野で通常の情報入力がなくなると,触覚などの感覚があらたに情報を受けとるようになる。
 3番目は,「補償のマスカレード」。これは,ある作業をこなすのに,脳にはいくつかの方法があるという性質を利用したものだ。ある場所から別の場所へ行くために,視覚的な目じるしを使う人がいる。一方,「方向感覚がいい」人は,しっかりした空間認識能力をもっているのでそれに頼る必要がない。だが,このような人が脳に損傷を受けて空間認識の感覚を失った場合は,視覚的な目印を使う方法に頼ればいい。神経可塑性が認知されるまで,補償のマスカレードは----補償あるいは「代替戦略」ともいわれていて,文字を読むことができない人に音声テープを代わりにあたえるように----学習障害のある子どもの発達を助けるのに用いられてきた。
 4番目は「鏡映領域の引き継ぎ」というものだ。片方の半球のある機能が失われると,もう一方の半球の,同じような位置にある場所が,失われた機能をできるだけ引きつごうとして変化する。

ノーマン・ドイジ 竹迫仁子(訳) (2008). 脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル p.310

ロールシャッハテストは診断を向上させるか

 シネスの研究,およびそれと同様の研究から,3つの重要なことが明らかになった。第1に,研究の結果,患者についてのもっとも役に立つ情報源は患者の個人情報で,これが心理検査よりもはるかに役に立つものであることがはっきりと示された。したがって,患者を理解したり診断したりしようとするときは,臨床心理学者はつねに十分な面接を行ない,個人情報を読むべきである。一般に,多くの個人データを集めることができるほど,患者をより理解し,正しく診断することができる。このことはごく当然のことのようにみえるだろう。ブルーノ・クロプファーとダグラス・ケリー(Kelly, D. M.)の有名な本が,ロールシャッハテストを用いる高度に熟練した心理学者には個人情報は必要ないと説いていることを思い出さない限りは。
 第2に,詳細で信頼できる個人データは,MMPIよりも,患者のパーソナリティ判定や診断に役立つことが多いが,研究の結果では,個人データとMMPIの両方を利用するほうが,個人データだけの場合よりも少しだけよい。すなわちMMPIは,個人情報と面接だけの場合よりも,わずかながら妥当性を向上させるということである。
 第3に,もっとも重要なことであるが,心理学者がすでに個人データと面接の情報をもっているときは,ロールシャッハテストを加えても患者のパーソナリティの判定や診断の正確さが向上することはあまりないことが,研究の結果示された。それどころか,(シネスの研究のように)ロールシャッハテストが加わると,心理学者の判定が不正確になってしまうことを見いだした研究もいくつかある。

J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 pp.127-128
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)

絶えずこねている粘土のようなもの

 「脳の活動は,たえずこねている粘土のようなものです」。わたしたちがなにをしても,この粘土のかたまりを形作ることになる。ただし,と彼はつけ加えた。「粘土の四角いかたまりからはじめて,それを丸いボールにして,また四角にもどすことはできるでしょう。でも最初と同じ四角にはなりません」。
 似たように見えて,同一ではない。新しい四角のかたまりは,分子の配列がちがっている。言い換えれば,同じ行動であっても,それをおこなうときが異なれば,使う回路も異なる。神経の問題や心理的な問題をかかえた患者が「治った」としても,患者の脳は「最初にあったとおりの状態」にもどることはない。
 「脳システムに備わっているのは可塑性であって,伸縮性ではないのです」パスカル-レオーネはよく響く声で言った。伸縮性のあるゴム紐は伸びて,かならずもとの形にもどる。その過程で,分子構造が変化することはない。可塑性のある脳は,なにかに出会い,相互作用があることでたえず変化する。
 そこで問題が生じる。脳がそれほど簡単に変化するなら,どのようにして過度の変化から守られているのか?脳が粘土にたとえられるくらい変化するなら,どうしてわたしたちはわたしたちのままでいられるのか。わたしたちは,遺伝子によって,ある程度までは一貫性を保つことができる。さらに,反復も一貫性を保つために有効である。
 パスカル-レオーネはこんな比喩を使って説明してくれた。脳は,冬に雪が積もった丘陵のようなものだ。斜面や岩,一面の雪景色は,遺伝子であり,あらかじめあたえられている。山をソリで滑り降りるとき,わたしたちはソリを操って斜面の下にたどりつく。このときの経路は,ソリの操り方と丘の特徴によって決まったはずだ。どこにたどりつくかは,あまりにたくさんの要因が絡んでいるために,予想することは難しい。
 「でも」とパスカル-レオーネは言う。「斜面を二度目に滑降すると,最初の経路付近を滑ることになっているのに気づきませんか。まったく同じ経路ではないけれど,ほかの経路よりもそれに使いところを滑ったのです。そして,その日の午後,斜面を登っては滑り,登っては滑り,をくり返していたらどうでしょう?何度も通った筋もあれば,あまり通らなかった筋もあるはずです。経路によってばらつきがでるのです……あなたが作った道筋ができていて,そこからはずれるのは難しくなっている。その道筋を決めたのは,もはや遺伝子とは言えないのです。

ノーマン・ドイジ 竹迫仁子(訳) (2008). 脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル Pp.246-247.

正常な人を病理とする検査

 リトルとシュナイドマンの結果でとりわけ重要なことは,彼らの研究に参加したロールシャッハテストの専門家が,何も異常がない場合にも,ほとんどつねに精神病の徴候をみる傾向があったことである。ロールシャッハテストの専門家は,正常な人のロールシャッハ反応記録を判定することを求められて,それらに「受動依存性人格」,「ヒステリー性人格」,「分裂性人格」のような名前を当てはめた。ロールシャッハテスト専門家のだれ1人として,正常な人を正しく正常と判定しなかったのである。ある患者はロールシャッハテスト専門家の4分の3から統合失調症的であると判定されたが,じつはこの患者は精神医学的には正常で,ヘルニアの手術を受けるために入院していたIBMに勤める修理工だった。

J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 p.126
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)

新しい技能を身につける法則

 パスカル-レオーネは,TMSを使用して運動野をマッピングし,「点字を読む指」の脳マップが,もう片方の人さし指よりも大きく,また,点字を読まない人の人さし指よりも大きいことに気づいた。被験者が,1分間に読める語が多くなるにしたがって,その運動野マップも大きくなることもわかった。しかし,なによりも驚くべきは,1週間ごとに起こる変化だった。これは,点字以外の技能を身につけるときにも参考になるにちがいない。
 被験者は,毎週金曜日(その週の学習を終えたとき)と月曜日(週末の休みのあと)にTMSでマッピングを受けた。パスカル-レオーネは,金曜日と月曜日で,変化がちがうことに気づいた。実験開始当時から,金曜日のマップは急速かつ劇的に大きくなる。だが,月曜日になると,もとの大きさにもどってしまう。金曜日のマップは,6ヵ月間,大きくなりつづけた。だが,どうしても月曜日になると,もとの大きさにもどってしまうのだ。半年経っても,金曜日のマップは依然として拡大したが,最初の6ヵ月ほどではなくなった。
 月曜日のマップは,これと反対のパターンを示した。訓練をはじめてから6ヵ月は変化がなかった。だが,その後,だんだんと拡大していって,10ヵ月で学習曲線が平らになった。被験者が点字を読むスピードと相関関係があるのは,月曜日のマップのほうだった。また,月曜日の変化は金曜日のように急激になることはなかったが,安定していた。10ヵ月経って,点字を習っていた生徒たちは2ヵ月の休みをとった。休暇を終えてもどったときに,ふたたび生徒たちのマッピングをすると,2ヵ月前の月曜日のマップと同じだった。毎日の訓練により,その週には急激で短期的な変化が生じる。だが,週末をはさんだり,数カ月の休暇を経ても依然として残っているのは,月曜日のマップに見られる永続的な変化なのである。
 パスカル-レオーネは,月曜日と金曜日に異なった結果が得られたのは,可塑性のメカニズムが異なるせいではないかと考えた。金曜日の急速な変化は,現存するニューロンの結合を強化し,回路の表面を剥がした結果だ。ゆっくりとした,より永続的な月曜日の変化は,真新しい構造が作られていることを示唆している。おそらく,新しいニューロンの結合ができ,シナプスが芽を出しているのだ。
 この「ウサギとカメ」効果から,新しい技能を身につけるには,なにをやらなければならないかわかるだろう。テストのための一夜漬けなど,短い訓練によって成績をあげるのは比較的簡単だ。これは,おそらく現存するシナプスの結合を強化しているからだ。だが,詰めこんだものは,すぐに忘れてしまう。手にいれるのもたやすければ,失うのもたやすいニューロンの結合であり,急速にくつがえされてしまう。向上を維持し,技能をしっかりと身につけるためには,ゆっくりとした地道な努力が欠かせない。それが,おそらく新しい結合を作るのである。もし学習者が,進歩がないとか,「ザルのように」端から忘れてしまうと思っているのなら,「月曜日の効果」が得られるまで継続して学習する必要がある。点字を読む生徒たちは,この効果が得られるまでに6ヵ月かかった。のろのろと学んでいく「カメ」タイプの人が,「ウサギ」タイプの友だちよりも,よく習得できることがあるのも,これによって説明できるだろう。「急ぎ足の勉強」では,学習したことがしっかり身につかない。学んだことを固定化するには,持続的な学習が欠かせないのである。

ノーマン・ドイジ 竹迫仁子(訳) (2008). 脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル Pp.233-235

ロールシャッハテストは心理学者の地位向上に貢献した

 しかし戦後,臨床心理学者の地位は急速に高まった。ヒルガードは,この新たな状況で臨床心理学者にとって大きな強みとなったのがロールシャッハテストであったと,次のように述べている。

 もし心理学者が,微妙な解釈を必要とするロールシャッハテストの熟達者であれば,その心理学者が明らかにする患者のパーソナリティについての秘密に,テーブルを囲む人々はおとなしく耳を傾けた。いまや心理学者は以前には許されていなかった臨床的診断をするようになったからである。患者の反応に基づいて,浮遊する不安や色彩ショックについて心理学者が語ると,テーブルを囲む他の多くのスタッフはその患者の中にみていたことに思いあたって,同意してうなずいた。ロールシャッハテストの正確さに対しては,統計的基準から疑問が出されていたのしても,このような同意は心理学者の自己イメージを大いに高めることになった。

 WAISのような知能検査や,MMPIのようなパーソナリティ検査のほうがより強力な科学的支持を得ているかもしれなかったが,これらの平凡そうにみえる検査は,ロールシャッハテストがもつ神秘性に欠けていた。ロールシャッハテストは臨床心理学の新たな権威の象徴となったのである。

J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 p.87
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)

痛みと身体イメージ

 痛みと身体イメージには密接な関係がある。わたしたちは,体に投影されるものとして,痛みを感じる。「背中が痛い!」とは言っても,「痛みを感知するシステムのせいで痛い」とは言わないだろう。しかし,幻肢で明らかになったように,痛みを感じるのに実際の体の部分はいらないのだ。痛みの受容体もなくていい。痛みを感じるのに必要なのは,脳マップによって生み出された「身体イメージ」だけなのだ。五体をもつ人は気づかないだろうが,四肢の身体イメージは実際の四肢に「完璧に投影されている」ために,身体イメージと身体を区別することができなくなっている。「身体そのものが幻なんですよ」とラマチャンドランは言う。「脳が,ただ便利だからという理由で構築した幻なんです」。
 身体イメージがゆがんでいることはよくある。そう,身体イメージと身体そのものは異なるのだ。拒食症の人は,餓死寸前だというのに太っていると感じている。ゆがんだ身体イメージをもつ身体醜形障害の患者は,まったく問題がないにもかかわらず,体の一部に欠陥があると思う。耳や鼻,唇,胸,ペニス,ヴァギナ,太腿などが,あまりにも大きすぎる,あるいは小さすぎると考えたり,ただ「なにかちがう」と考えて,ひどく恥ずかしく思う。マリリン・モンローも,自分の体にはたくさんの欠陥があると感じていた。整形手術をする人もいるが,手術を受けても,直っていないと感じてしまうだろう。この場合に必要なのは,整形手術ではなく身体イメージを変える「神経可塑性の手術」だ。

ノーマン・ドイジ 竹迫仁子(訳) (2008). 脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル Pp.219-220.

ヘルマン・ロールシャッハとのズレ

 1940年代に書かれたロールシャッハテストに関する重要な本はすべて精神分析の考え方の中で書かれたものであった。マーガレット・ハーツ(Hertz, M.)は次のように述べた。「私たちの多くは精神分析理論の影響を受けた…防衛メカニズム,象徴,意識的・無意識的動機づけ,その他たくさんの概念を用いるような,精神生活の決定因に関する精神分析的なやり方が,ロールシャッハテストの解釈の中に取り込まれた」。
 皮肉なことに,ヘルマン・ロールシャッハは『精神診断学』の中で,彼のインク図版テストは精神分析の道具としてはあまり役に立たないと述べ,無意識を探る手段としてそれを用いることには明らかに否定的だった。

J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 p.80
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)

行動の可塑性は信じていた

 タウブは,新しい神経科学を築きあげようとしていた。行動主義の理論を生かしつつその偏りがちなところをなくし,それに脳科学を足したような学問だ。実はイワン・パブロフもこうした融合を予期していた。パブロフは,いわずと知れた行動主義の創始者だが,後年,自分の発見を脳科学に組み込もうとしていたことはあまり知られていない。彼は,脳が可塑的であることにも言及している。皮肉なことだが,タウブが脳に可塑性があるという重要な発見ができたのは,行動主義のおかげでもあった。行動主義者たちは脳の構造に全くというほど関心を払わなかったが,ほかのほとんどの神経科学者たちのように,脳に可塑性がないと決めつけることもなかったのだ。多くの行動主義者は,動物は訓練すれば,なんでもできるようになると考えていた。「神経」可塑性について取りあげることはなかったが,行動の可塑性は信じていた。

ノーマン・ドイジ 竹迫仁子(訳) (2008). 脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル p.169

フロイト理論がロールシャッハテストに与えた影響

 フロイトの理論は複雑で広い範囲に及ぶものだったが,次のような彼の3つの考えが,1940年代と50年代にロールシャッハテストに特に影響を与えた。その1つが,人間の思考と行動は無意識の動機によって強く影響されるという考えである。フロイトによると,思考と行動の理由は無意識の中に埋もれているので,人々はなぜいろいろなことを考えたりしたりするのか本当のところを知らない。
 第2にフロイトは,心理異常における無意識の要因を重視した。精神分析理論によると,多くの精神病患者の問題は,彼らが,特に幼児期に両親に対して感じていた,無意識のうちの性的・攻撃的衝動に原因をたどることができるとされる。
 フロイトの重要な考えの第3は,人の心の奥底にある無意識の葛藤が,象徴的な形で(シンボルとして)夢に表れるというものだった。精神分析家は,夢のシンボルの意味を解釈することによって,患者の無意識の中をのぞき見て,その衝動と葛藤についての洞察を得ることができるとフロイトは説いた。
 精神分析理論が無意識を重視したことは,自己報告式質問紙検査がもつ問題に関係していた。質問紙検査に答えているとき,患者が表すのは自分自身について知っていることだけで,当然のことであるが,無意識の中にあることを正しく表すことはないと考えられた。それに対して,ロールシャッハテストにはこのような限界はなく,患者自身が気づいていないことまでも明らかになると考えられたのである。こうして,精神分析の隆盛は,「単なる」自己報告式の検査への不満を明確にし,心理学者の関心をロールシャッハテストやその他の投影法検査に向けさせることになった。

J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 p79.
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)

脳の罠

 マーゼニックは,「脳の罠」について言及している。ふたつの脳マップが,本来離れているべきなのに,融合しているケースである。前述したように,サルの指を縫いあわせて,同時にしか動けないようにしたら,指の脳マップは融合した。これは,ニューロンがいっしょに発火したために,ひとつにつながったからだ。だが,日常生活でも脳マップの融合は起きる。楽器を演奏するときに,2本の指をしょっちゅういっしょに動かしていたら,この2本の指のマップが融合することがある。演奏家が1本の指だけを動かそうとしても,もう1本もいっしょに動いてしまうのだ。2本の指のマップが「脱分化」したのである。1本の指だけを懸命に動かそうとすればするほど2本とも動いてしまい,合併したマップを強化する結果になる。脳の罠から抜け出そうともがけばもがくほど,はまりこに,「局所的ジストニア(筋失調症)」という状態を作りだす。日本人にも,同じような脳の罠が見られる。日本人は英語のRとLの区別ができない。ふたつの音は脳マップで区別されていないからだ。そして正しく発音しようとすればするほどまちがって,発音をひどくしてしまう。

ノーマン・ドイジ 竹迫仁子(訳) (2008). 脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル p.152.

「投影仮説」の形成

 1906年に,ヘルマン・ロールシャッハに影響を与えたスイスの高名な精神医学者オイゲン・ブロイラー(Bleuler, E.)は次のように書いた。「1人の人のどのような精神過程も,どのような行為も,その人の過去の経験によって決められたようにしかならない。どの行動も,すべて全体としての人間を表している。人の筆跡や人相,手の形,あるいはスタイルや靴のはき方さえからも,その人のパーソナリティの全体を推測しようとすることは,根拠のない野望とはいえない」。
 1930年代末に,ブロイラーの考えはアメリカの心理学者ローレンス・フランクによってさらに推し進められた。フランクはブロイラーと同じように,人のすべての行動は内面を表わしているという考えをもっていた。「パーソナリティは,人がすべての状況に押す一種のゴム印のようなものとみなすことができ,その人が1人の人間として存在するのに必要な形を与えるものであるといえる」。
 自己報告式質問紙検査の大きな弱点は,人が個人としての自分自身を完全に表現することを妨げ,自分を社会的に決められたカテゴリーに当てはめてしまうところにあるとフランクは述べた。解決法は,インク図版のような構造化されていない刺激,または「場」を与え,それに対して反応を求めることであった。「構造と文化的型をあまりもたない場(事物,材料,経験)を与え,パーソナリティがその可塑的な場に,生活についての見方,真意,意味,型,そして特に気持ちを投影することができるようにすることによって,人が経験を組織づけるやり方をあらわにするように誘導することができるだろう。このように,人は場を組織化し,材料を解釈し,それに対して情動的に反応するはずなので,私たちはその人のパーソナリティの『私的世界』の投影を引きだすことができるのである」。
 こうしてフランクは「投影仮説」をもち込んだが,これはきわめて長く影響を与えた考え方であり,ロールシャッハテスト,ならびにそれと同様の検査がどのようにはたらくかを説明するのに今でも時々用いられる。フランクは物理学から比喩をもち込む傾向があったので,ロールシャッハテストとその他の「投影」検査をエックス線撮影にたとえた。これはブルーノ・クロプファーがやがて採用することになった比喩である。

J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 p.73
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)

神経調整物質について

 神経調整物質は,神経伝達物質とは異なる。神経伝達物質は,ニューロンを興奮させたり,抑制させるために,シナプスに放出される。だが,神経調整物質は,シナプスの結合全体の有効性を促進させたり減少させたりして,持続する変化をもたらす。フリーマンの説では,恋に落ちると,脳の神経調整物質であるオキシトシンが放出され,現存するニューロンの結合を溶かして,その後の大規模な変化が起こるようにする。
 オキシトシンは,絆の神経調整物質と呼ばれることもある。哺乳類の絆を深めるからだ。恋人同士が結ばれて,愛を交わすときに分泌される(人間では,性行為でオーガズムを得ているときには男女に分泌される)。そしてカップルが親となり,子どもをはぐくんでいるときにも分泌される。女性の場合は,分娩時と母乳をあたえるときに放出されている。またfMRIでスキャンすると,母親が子どもの写真を見ているときには,オキシトシンの豊富な場所が活発になっている。哺乳類のオスが父親になると,オキシトシンと密接に関係する神経伝達物質,バソプレシンが放出される。親になるのは責任重大で,自分には到底できないと思っている若者は,オキシトシンがどんなに脳を変化させるのかわかっていないのだ。そのときがくれば,状況に対処できるものなのである。

ノーマン・ドイジ 竹迫仁子(訳) (2008). 脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル Pp.148-149.

ロールシャッハテストが受け入れられた背景

 1930年代には,多くの心理学者や精神医学者たちは,患者の当てにならない自己記述に頼らずに,個人の全体像を明らかにするパーソナリティ検査を求めていた。ロールシャッハテスト,特にブルーノ・クロプファーによって手が加えられたテストは,この要求にかなうもののように思われた。ロールシャッハテストはエックス線検査のようなもので,気づかれることなく人の心の深層を見抜くことができるとクロプファーは主張した。クロプファーの『ロールシャッハ研究報告』に掲載されたある論文は次のように述べている。「ロールシャッハテストやその他の投影検査が人の心の内面を明らかにすることができるのは,被検査者が自分が言っていることの意味に気づかず,また自分の内面をあからさまにしないという社会規範がはたらかないからである」。臨床心理学者たちにはこのような主張はきわめて魅力的なものだった。

J.M.ウッド,M.T.ネゾースキ,S.O.リリエンフェルド,H.N.ガーブ 宮崎謙一(訳) (2006). ロールシャッハテストはまちがっている—科学からの異議— 北大路書房 pp.47-48
(Wood, J. M., Nezworski, M. T., Lilienfeld, S. O., & Garb, H. N. (2003). What’s Wrong with the Rorschach?: Science Confronts the Controversial Inkblot Test. New York: John Wiley & Sons.)

興奮による快楽と満足による快楽

 ポルノは,人を満足させるというより興奮させる。わたしたちの脳には,ふたつの快楽システムが別個に存在する。ひとつは,興奮による快楽。そしてもうひとつが満足による快楽だ。
 興奮のシステムは,「欲求の」快楽と関係している。セックスやおいしい食事といった,欲しいものを想像することによって得られる快楽だ。ドーパミンと大きく関係していて,これによって緊張度が高まる。
 もうひとつの快楽システムは,なにかを完了しつつある満足から得られるものだ。実際のセックスの最中や,食事をしているときに訪れる,気持ちを落ちつかせるような,達成感のある快楽である。この場合は,エンドルフィンの放出が基本になっている。鎮静作用のある,平和な幸福感をもたらす物質だ。
 ポルノは,性的な対象をいくらでも提供し,欲求のシステムをひじょうに活発にするものだ。ポルノを見ている人は,写真やビデオをもとに,脳に新しいマップを作っている。脳には「使わなければ失う」という原則が適用されるので,マップができると,わたしたちはなるべく使おうとする。1日中すわっていると,動きたくて体がうずうずしてくるように,わたしたちの感覚もまた刺激を求める。

ノーマン・ドイジ 竹迫仁子(訳) (2008). 脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル p.135

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