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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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誤った探究を大目に見るべき

 過去が何らかの指針になるのなら,誤った探究の道は奨励すべきだし,少なくとも大目に見るべきである。経験的なレベルでは,ロンドンの英国学士院の初期の会員の何人かが,今日の基礎科学の一部をなす科学上の発見をしつつあった一方で,他の人びとは,理論や目的がまったくない作業に従事していた。そしてそれゆえ,じつにイヴォン・Xが科学的方法の純粋主義的な唱道者のように思えるのだ。たとえば,1616年7月24日付の学士院の実験ノートに,こんなくだりがある。「一角獣の角の粉で円を描き,その中央にクモを一匹置いた。しかし,それはたちどころに走りでて,何度か繰り返しても同様だった。クモは一度,粉の上でしばらく留まっていた」
 先に触れたとおり,ニュートンは膨大な時間を費やして錬金術に没頭した。彼の実験助手をつとめたハンフリー・ニュートン(血縁関係はないらしい)の報告によると,この偉大な男は,徹夜で秘法の教本を読みふけり,卑金属を黄金に変えようとした——現代の大学カリキュラムに描かれた,きまじめな理性主義のお手本にはほど遠い姿だ。ニュートンは繰り返し言っている。著書『プリンキピア』に出てくる数式は,文明の黎明期の神秘主義哲学者という選ばれた集団に向けて神が啓示した普遍的な真理である,と。彼はその秘法の伝統の継承者を自認していた——現代の科学者たちが都合よく闇に追いやった,彼の思想のもう1つの側面である。

デイヴィッド・ウィークス,ジェイミー・ジェイムズ 忠平美幸(訳) (1998). 変わった人たちの気になる日常 草思社 pp.100-101
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IQ値を上げる?

 つまり,経済的梯子の一番下にいる人種や社会階層の人たちの上げようにも上げられないIQ値を上げるために,骨を折り,金を出す理由があるのだろうか?それよりも,ただ自然の不運な命令を受け入れ,多額の連邦準備金を節約するほうが好ましい(そうすれば,金持ちへの税制優遇措置をより簡単に維持できる!)。あなたが住んでいる高級住宅地内の不利な境遇にある人々の過小評価をなぜあなた自身が悩む必要があるというのだろうか。もし次のような欠如,つまり拒絶されたグループの多くの人々の能力あるいは一般道徳が低下していることは,生物学的に刻印されており,社会的偏見の遺産でもなく,現実の実状でもないとするならば,悩む必要などないのではないか(そのように刻印を押されたグループとは,人種,階級,性別,行動上の性癖,宗教,出身国である。生物学的決定論は一般理論であり,現在の軽蔑の対象となる特定の担い手は,どこでも,いつでも,似たような偏見の対象となるすべての他者の代理となる。その意味で,名誉を傷つけられたグループ間の団結を要求することは単なる政治的レトリックとして避けられるべきではなく,むしろ虐待という共通の理由に対する正しい行動であると,称賛されるべきである)。

スティーヴン・J・グールド 鈴木善次・森脇靖子(訳) (2008). 人間の測りまちがい:差別の科学史 上 河出書房新社 p.29

問題への完全な没入

 私が思うに,創造性というのは,効率的で感情移入的な問題解決である。この系統だった過程において感情移入がはたす役割は,個人と問題との交流を象徴することである(私は「問題」という言葉を,ゲスリンがそうしたように,大まかな意味で使っている。ある芸術家にとっての問題とは,1個のリンゴをどう描くか,ということかもしれないのだ)。創造的な人間は,自分の視点を問題のなかに移入し,持ち前の知性と性格にある何かでその問題をつぶさに調べ,そこから見通しを導きだしさえする。彼は,問題の難解さそのものと自己を同化させる。ジョルジュ・ブラックは,同じような概念を別の言葉で簡潔に説明している。「人は,対象物をただ描くだけではいけない。そのなかに入りこみ,自身が対象物にならなくてはいけない」
 この,問題への完全な没入が意味しているのは,どうしても理解したいというひじょうに強い,底なしの関心があることである。場合によっては,それに起因する行動が,一般の基準にくらべて行きすぎと思われることもある。たとえば,日系カナダ人の建築家キヨシ・イズミは,精神分裂病患者用の病院を設計したとき,そこで生活することになる人びとの知覚的なひずみを理解するために,分裂病とよく似たいくつかの効果が得られるLSDを服用した。この完全な没入という現象は,奇人に特有のものである。極端に走ることこそ,ほとんどの奇人たちが唯一,進みかたを知っている道なのだ。

デイヴィッド・ウィークス,ジェイミー・ジェイムズ 忠平美幸(訳) (1998). 変わった人たちの気になる日常 草思社 p.72

トウモロコシの黒穂病は美味しい?

 ところで,アステカ文明のことを書いた16世紀の書物の中にある黒穂病にかかったトウモロコシの絵は,間違いなくこの菌に侵された植物の最も古い姿である。おそらくインカやマヤも含めて,アステカ人たちは黒穂病のことをよく知っていて,多分喜んで食べていたのだろう。
 今日,この膨れた代物は,ウィットラコチェというメキシコ料理の珍味になっている。インターネットでトウモロコシの黒穂病料理というのをひいてみると,これを使ったクリームスープや菌がたっぷり入ったトウモロコシのクレープなど,いろんなおいしそうな料理が出てくる。いかに保証つきでも,私は菌が作った癌細胞を味わってみたいと望んだこともないし,できることなら料理も願い下げにしたい。
 メキシコのある地方の農民は,わざとトウモロコシを病気にかからせているともいう。もし,ウィットラコチェに興味がある人なら,朝食のシリアルに混ざっているトウモロコシに黒穂病菌の胞子が混じっていても,ちょっとしたおまけに思えるかもしれない。
 私たちが朝食に食べているコーンフレークにも胞子が入っていると思うかもしれないが,とんでもない。アメリカ合衆国連邦政府のガイドラインには,一級品のトウモロコシの品質は黒穂病菌などによる病害や虫害などで傷んでいるものを2パーセント以上含まないものと規定されているのだ。
 ところで,外国の読者には,アメリカのコーンフレークはコムギよりも,むしろトウモロコシから作られていると,はっきりいっていたほうがいいかもしれない。アメリカ以外の国では,コーンという用語は他のイネ科植物の穀物にも使われている。たとえば,イギリスでは,コーンというのはトウモロコシよりも,むしろコムギを指すことばになっている。実際,私自身大人になってから,コーンフレークがコムギとは何の関係もないことを知って驚いたほどである。

 ニコラス・マネー 小川真(訳) (2008). チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話:植物病理学入門 築地書館 Pp.171-172

結果論

 ピカソやストラヴィンスキーが巨匠として知られているのは,本人たちが成功したからである。われわれが調査したエキセントリックな芸術家たちは,大半がまだ批評家や一般大衆に認められておらず,したがってたんに頭がおかしいと思われている。しかし,ピカソとストラヴィンスキーが独自の斬新なスタイルを開拓したときには,かれらもやはり非難されたのである。ひとりよがりのとっぴな過激派だ,と。これらもやはり,奇人を表現するのによく使われる言葉だ。

デイヴィッド・ウィークス,ジェイミー・ジェイムズ 忠平美幸(訳) (1998). 変わった人たちの気になる日常 草思社 p.69

植物栽培3つの掟

 どこで,どんな作物を栽培する際にも必ず問題になる,菌学上の3つの考え方,もしくは原則についえ話しておく必要がある。
 第1は,「菌は単一栽培された作物に引き寄せられやすい」ということである。大量に栽培される作物は,抵抗するか,攻撃されるか,いずれにせよ遺伝的に全く同じ性質を持っているので,農場は菌にとっておいしい餌があふれる海になりかねない。
 第2は,「自然分布の外で栽培されると,作物はよく育つ」ということである。ただし,栽培植物に病原菌がついていることがなく,原産地で有害だった菌の侵入を完全に防ぐことができれば,の話だが……。あまりいいたとえ話ではないかもしれないが,遊園地の動物園にウサギを運ぶ仕事を請け負ったボランティアグループが,ウサギを入れた檻をトラックに積むとき,隅にいた狐を追い出すのを忘れるようなもの,とでもいえばいいだろうか。
 第3は,農家に忠告してもしなくてもいいようなことだが,「自然分布域の外で育った作物は,新しい場所にいるあらゆる種類の病害虫に襲われる危険性が高い」ということである。

ニコラス・マネー 小川真(訳) (2008). チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話:植物病理学入門 築地書館 Pp.146-147.

法律で禁じられていたこと

 同時代の信頼できる観察結果が1つも手に入らない場合,一般人の許容しうる行為が歴史を通じてどれほど大きく変化してきたかについては,法的な決まりごとに着目することで手がかりをつかむことができる。法律の目的とはつねに,ふつうの人びとから期待される物事の最低限度をはっきり決めることである。たとえば,ヴァイキング時代のアイスランドでは,四行を超える詩を唯一の例外として,他人に関する韻文を——たとえ相手をほめたたえるものであっても——書くことが罪悪だった。14世紀イギリスの農民は,犬を飼うことや息子を学校に通わせることが法律で禁じられていた。また,以下に列挙する事柄は,イギリスで,それぞれ異なる時代に罪とされた。書物を出版すること,血液が体内を循環しているという考えを公言すること,黄金を自宅に保持すること,市場に行く途中で金儲けのための品物を買うこと。そして,17世紀のマサチューセッツでは,ある悪名高い時代における行動規範が集団ヒステリーだった。そして穏健と人情を堂々と表に出している人はみな,一般社会の規範に背いているとされた。

デイヴィッド・ウィークス,ジェイミー・ジェイムズ 忠平美幸(訳) (1998). 変わった人たちの気になる日常 草思社 p.45.

(引用者注:1692年,マサチューセッツ州セイラム村で一連の魔女裁判が繰り広げられ,200名近くの村人が魔女として告発された。そのことを指していると思われる。)

ブラジルのコーヒー栽培

 コーヒーノキがブラジルへ持ち込まれたのは18世紀のことである。セイロンの農園が絶滅してからは,ブラジルが世界最大の栽培国になり,以後その地位を保ち続けている。菌学上の話題に絞ったこの本で,ブラジルのコーヒー栽培の詳しい歴史を紹介するのはあまり意味がないように思えるが,ここでちょっと触れておこう。
 そのいきさつはセイロンの場合に似ている。手付かずだった原生林が煙とともに消え(今も大西洋に面した熱帯雨林が危機に瀕しているが),100万人を超える奴隷が酷使され,コーヒー王たちが荒稼ぎしたという話が残っている。ヨーロッパ人たちはここでもまた,農業開発のために自分たち以外の人種と生き残っていた生物に対して,生来の無神経さを遺憾なく発揮したのである。しかし,ブラジルのコーヒー栽培の歴史は,セイロンの悲劇の繰り返しではなかった。ブラジルは移入植物に対して厳しい検疫制度を設け,さび病菌が入るのを長い間阻んできた。驚くべきことだが,1970年に至るまで,ブラジルのコーヒーノキは葉さび病にかかっていなかったのである。

ニコラス・マネー 小川真(訳) (2008). チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話:植物病理学入門 築地書館 p.93

強烈な好奇心

 創造性と密接に結びついているのが,奇人の強烈な好奇心である。われわれが接した奇人のほとんどは次のように語った。他のみんなとちがっているのを最初に自覚したのは子どものころだった,というのも自分はいつも根源的な答えを探していたからだ,と。親に「なぜ?」とたずねるとき,かれらは答えが「……だから」ではけっして満足せず,ましてや「私がそう言うからそうなの」でよしとはしなかった。好奇心は人間だけの動機づけであり,もともと知的なものである。心理学者によっては,それを固有の動機づけとよぶ。なぜなら,発見のプロセスはそれに特有の報酬だからである。人はだれでもいくつかの物事に好奇心を——おそらくは強烈なまでに——もつが,いっこうに答えが見出せない場合,その興味はしだいに薄れていくだろう。ところが奇人の場合は,答えを見つけることが頭から離れなくなる。19世紀のイギリスの博物学者チャールズ・ウォータートンは,南米の熱帯雨林での学術調査を指揮する一方で,数カ月ものあいだハンモックから足を出してぶらぶらさせながら眠り,吸血コウモリに噛まれるのを心待ちにしていた。彼は「その挑発的な畜生どもに」まるで相手にされず,「ものすごくがっかりした」そうだ。ウォータートンは髪をクルーカットにした最初の人でもある。

デイヴィッド・ウィークス,ジェイミー・ジェイムズ 忠平美幸(訳) (1998). 変わった人たちの気になる日常 草思社 pp.36-37

(引用者注:「固有の動機づけ」とは,“intrinsic motivation”で「内発的動機づけ」のことだと思われる。誤訳。)

病気が流行る前,すでに絶滅していた

 しかし,この物語にはもう少し付け加えておくことがある。アメリカグリ伐り口に腰掛けている木こりたちの小さな姿を見てほしい。これは,今まさに伐り倒されようとしている巨木の死刑執行直前の姿を写したもので,クリ胴枯病が蔓延する何年も前,19世紀に撮られた写真である。実のところ,アメリカグリの天然林はこの菌が現れるずっと以前に,ほとんどその姿を消していたともいわれている。
 クリ胴枯病菌に殺されたアメリカグリの大半は比較的若い木で,ヨーロッパ人が西へ向かって開拓の歩を進めるのにつれて,激しくなった生物的ホロコーストの跡に再生した二次林の構成樹種だったらしい。先に述べたように,アメリカグリは伐採や火入れ跡地などに入って,他の広葉樹を抑えて繁殖する樹種,いわゆる先駆樹種のひとつである。場合によっては,人間の荒らした跡がクリの純林になり,それがクリ胴枯病菌に襲われる結果になったといえなくもない。また,若木は遺伝的多様性に乏しく,古代から続いてきた天然林に生えていたものほど病気に強くなかった可能性が高い。
 この一斉単純林の樹種構成も,複雑な生物社会を再構築するのには不向きだったのだろう。
 人間が荒らした大陸では,アメリカグリが絶滅するのも避けられない宿命だったのかもしれない。この現象は人と菌との関わりの中で現れた生物学的破滅の最悪の例かもしれない。このほかにも,さまざまな興味深い例があるので,ひとつずつ紹介していこう。


ニコラス・マネー 小川真(訳) (2008). チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話:植物病理学入門 築地書館 p.36

奇人の性格プロフィール

 この調査の結果は,社会全般と同じほど多種多様な,にもかかわらず共通する性質を数多くもちあわせた一群の人びとのポートレートとなって現れた。ほとんどの奇人に該当する15の——きわだったものから些細なものまで,多岐にわたる——特徴をそなえた1つの性格特性表が浮かびあがった。そして,奇人の特徴をおおよその頻度順に列記すると,以下のように表現できることがわかった。

♦非同調的,すなわち一般の社会規範にしたがわない。
♦創造的。
♦好奇心に強く駆りたてられる。
♦理想主義的。世界をより良いものにし,世の人びとをより幸福にしたいと思っている。
♦1つあるいはそれ以上(ふつうは5つか6つ)の趣味に没頭している。
♦自分が風変わりであることを幼いころから自覚している。
♦知的。
♦自分は正しくて世間こそが歩調を乱しているのだと信じこみ,自説に固執し,ずけずけとものを言う。
♦競争心がなく,社会からの励ましや力添えを必要としない。
♦食習慣や生活様式が変わっている。
♦他人の意見や交友にはとりたてて興味を示さない。ただし,かれらを説き伏せて自分の——正しい——見解を認めさせようとする場合は別である。
♦お茶目なユーモアのセンスをもっている。
♦独身
♦たいてい長子かひとりっ子。
♦単語の綴りをよくまちがえる。

デイヴィッド・ウィークス,ジェイミー・ジェイムズ 忠平美幸(訳) (1998). 変わった人たちの気になる日常 草思社 pp.30-31

樹木の循環系

 樹木の循環系に関する知識は,一般にはなじみが薄いと見えて,その働きについては,いまだにあいまいな話がまかり通っている。人類が植物に頼っていることを思うと,なんとも馬鹿げた話なのだが……。
 教える立場からすると,特に植物と菌類との関係を説明する際,手にとれるものを使って学生たちに話すと効果があるので,植物の幹の説明にはいつも腕の話を持ち出すことにしている。仮定の実験だが,私は「君の腕のひじの上を紐で固く縛ってみろ」と言う。「腕の血管が膨らんできたら,指でそれをなぞってごらん。血液の逆流を防いでいる弁がわかるはずだ。睡眠薬があったら,たっぷり飲んで2,3時間寝込んでもいいが,朝まで紐を緩めないでそのままにしておくと,目が覚めることには,縛った腕先が気持ち悪いほど変色しているはずだ。もし,その止血帯を長い間そのままにしておいたら,腕は壊疽になり,腐って落ちてしまうぞ」と話す。アメリカグリが胴枯病にかかったときも,これとまったく同じ状態に陥るのである。


ニコラス・マネー 小川真(訳) (2008). チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話:植物病理学入門 築地書館 p.18

正常からの逸脱

 正常からどれくらい逸脱していれば真の奇人と認められるかは,容易に答えの出せない問題である。奇矯が何であるかを質的に立証しないかぎり,量的な考察はできない。というのも,人はみな多かれ少なかれ変わっているところがあるからだ。絶対的,均質的な一致は——そんなものがあるとすれば——それ自体が一種の奇矯だろう。したがってわれわれは,客観的に検証できる対照標準,すなわち異常を定義づけるための行動上の標準という概念を,当然あるものだと見なすわけにはいかない。「正常」がどんな要素で成りたっているかは,生活におけるもっとも主観的な問題の1つである。友人が話をしているとき,その友人が,世にも奇妙な習慣をもつ人間を目撃したと語った——けれどもよくよく聞いてみれば,それはわれわれ自身がつね日頃実行している,あるいは実行したいと思っている習慣にすぎなかった,という経験はだれにでもあるものだ。


デイヴィッド・ウィークス,ジェイミー・ジェイムズ 忠平美幸(訳) (1998). 変わった人たちの気になる日常 草思社 p.15

波多野完治の指摘

 ビネは知能テストの創案者であったために有名になり,知能テストの創始者であったために誤解された。波多野完治は「どんな構想のもとに彼がこのテストを考え出したのか,それについては,背後にどんな教育的配慮,識見があるのか,などの点は,ぜんぜん知られていない。それどころかテストが乱用されるにつれ,彼はそのわるい道具をつくり出した心理学者として,悪名の方が高くなった。彼がテストをつくった真意は完全に忘れられてしまい,その現代的堕落の面の上に,彼自身の評価がおこなわれている」と指摘している。ビネの正しい評価が必要なのではないだろうか。

ビネ, A. & シモン, T. 大井清吉・山本良典・津田敬子(訳) (1977). ビネ知能検査法の原典 日本文化科学社 P.107

しんどい道を笑顔で行け

 おばあちゃんはやさしい口調で,
 「しんどい道と楽な道があってね,選ばなきゃいけない時が来たら,しんどい道を選びなさいね」
 というのも口癖だった。
 「え,おばあちゃん,しんどい方へ行くの?」
 「そうだよ。楽な道は横着をするということなんだよ。しんどい道を行くと神様が助けてくれる。でも笑顔でいないと助けてくれないよ。しんどい道を行くと決めたら笑顔で行きなさいよ」

冨安徳久 (2008). ぼくが葬儀屋さんになった理由 ホメオシス p.16

ビネの追悼文

 シモンは,1961年9月4日,パリで88年の生涯を閉じた。
 American Journal of Mental Deficiencyの67巻3号(1962)に,シモンのメモリアムを寄せたイオネル・ラパポール博士(フランス人類学学校)はその文を,次のようなことばで結んでいる:
「しかし,このような名声は,シモンの科学的態度とも,その謙虚さとも矛盾することがなかった。彼はそのテストの節度のない使用に批判的であった。さらに,その尺度の成功が,仲間の心理学者たちがビネの大きな目標----すなわち,人間,その本性,その発達を理解すること----を理解するのを妨げていると考えるようになった。ビネに忠実なシモンは,彼の師ビネとの緊密な共同研究の際に彼を引きつけたこのような目的をさらに進めようとした。ビネの死後シモンの論文,彼の講演はそのような目標をめざしていた。
 このような考え方は,シモンがアルフレッド・ビネ協会を主催した47年間の間に完全な勝利を収めた。知能は単に測定されるだけでなく,教育されなければならないというのがビネの見解であった。遅滞児のための『精神整形学』がビネ・シモン尺度の創案者の一貫した目標であり,この点でもまた,シモンはビネの教えに忠実であった」

ビネ, A. & シモン, T. 大井清吉・山本良典・津田敬子(訳) (1977). ビネ知能検査法の原典 日本文化科学社 Pp.109-110

意外と背が低い往年のスーパースターたち

 また,体格とも関係があるかもしれません。川上監督,藤田コーチの身長は,資料によると173センチです。スターの長嶋,王はというと,178センチと177センチ。868本塁打を放った世界の王でも,実は180センチの大台には届いていないのです。
 金田正一は184センチ,広岡達朗,国松彰は180センチと大柄でしたが,盗塁王の柴田勲,森昌彦は175,172センチと小柄。「豆タンク」「黒猫」こと黒江透修はもっと小柄で167センチです。シジミというニックネームもあった土井正三は,資料では172センチとあります。高田繁,末次民夫も173,176センチと180の大台には届きません。共通しているのは,戦前の生まれということでしょうか。
 これが,倉田誠185センチ,新浦壽夫180センチ,上田武司183センチと,戦後生まれから次第に大型選手が増えていきます。

小野俊哉 (2009). 全1192試合 V9巨人のデータ分析 光文社 pp.152-153

ビネが示した方法に従うべき

 ところで,われわれは,人間の価値についての知識と,さらにそれによってその価値を利用することとは,全く相いれないものなのに,それぞれのテストに,求めることができるものだけを求めようとしないで,何もかも求めようとする,きわめて重大な動きに直面している。私はこのような手段がそのためのふさわしい唯一のものであるとは全く考えていない。しかし,それは1つのモデルであり,飛躍となった。これは個人の心理学的価値の直接的測定の最初の例である。漠然とした感じ以外の基礎にもとづいて,人間の不平等性という考えが確かめられた。これはその普遍的役割を示すことを可能にし,このような不平等性を評価することができるようにした。テストが要求している注意深さと特別な実験室の統制のもとにそれを実施したすべての人々にとってそのことが確信となった。試みがくり返されるにつれて,理論的なもっともらしい反対の空しさがいっそうはっきりしてきたように思われる。天才はいつもぬきんでているが……そのような前途有望な子どもが落第生になるかもしれない……安逸はどんな変化にも反対するものであるが,これら反対のすべてが事実により一掃された。そして疑いもなく,この方法はある種の熱狂をもって用いられ,おそらくそれには危険もともなう。疑いもなく,テストを用いるにあたっては,とりわけ慎重に秩序だてて注意深く行うのがよいが,しかしおそらく,それに従わなかったり,ビネが示した方法に従わなければ非常に危険である。

(1921年9月 Th.シモン)

ビネ, A. & シモン, T. 大井清吉・山本良典・津田敬子(訳) (1977). ビネ知能検査法の原典 日本文化科学社 Pp.19-20

初回にリードを奪え

 2004〜2008年の両リーグ全試合における初回リードの勝率は.713ですし,もともとプロ野球というものは,初回にリードを奪うと勝率が7割を超え,3回を終えた時点でリードを奪っていると,さらに勝率が8割を超えるものだといえるでしょう。

小野俊哉 (2009). 全1192試合 V9巨人のデータ分析 光文社 p.75.

日本だけのノストラダムス

 実は99年人類滅亡説が広く信じられていたのは日本だけの現象である。その証拠に,日本では99年を過ぎるとノストラダムスのブームはあっという間に廃れてしまったが,99年滅亡悦が一般的ではなかった日本以外の国では今なお,予言の的中を恐れている人々がいるのだ。
 一例を挙げよう。同時多発テロがアメリカを襲った2001年,検索エンジン「グーグル」は1年間で最も増加した憲作キーワードのトップ20を発表した。その1位は「nostradams(ノストラダムス)」。ノストラダムスの予言の一説が同時多発テロを予言していたという噂が,ネット上をかけめぐったのが原因だった。


安藤健二 (2007). 封印作品の謎 ウルトラセブンからブラック・ジャックまで 大和書房 Pp.148-149

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