「若者向けヒット曲は使い捨てだが,演歌は1曲の寿命が長い」といった物言いは,現在の「演歌」を積極的に評価する際の決まり文句となっています。つまり,「演歌」は,「手作り」の地道なプロモーションを通じて聞き手の「生の」生活心情に訴えかけることで長く愛される「真の流行り歌」になるのであって,華々しい宣伝やタイアップによって人為的に仕掛けられ,すぐに忘れ去られる「流行らせ歌」ではない,というわけです。それに付随して,苦節何年を経ての成功という美談が,「演歌歌手」の真正性の重要な根拠となります。
歌の寿命についていえば,確かに「昔は1曲のヒットの寿命が長かった」というのは間違いではないでしょう。昭和20年代には「1曲ヒットがあれば10年実演で食える」と言われていました。しかし,それはヒットが出た後の話であって,1曲だけの持ち歌を何年もかけてヒットさせようとすることではありません。
美空ひばり,三橋美智也,島倉千代子,フランク永井,橋幸夫といった大スターはもとより,《愛ちゃんはお嫁に》の鈴木三重子や《バナナ・ボート》の浜村美智子,《東京ドドンパ娘》の渡辺マリなど,現在では1曲しかヒット曲がないかのように思われている歌手であっても,当時の芸能雑誌付録の歌本を見ると毎月のように新曲を発表しています。つまり,1曲を長く売るのではなく,大量にレコードを吹き込む中で,半ば偶然にヒットした1曲が長く流行り続けたということだったのです。
その意味で,出す曲ごとに膨大な経費をかけて綿密な宣伝戦略を立てタイアップを仕掛け,数十万枚売れないと赤字になるような「J-POP」のアーティストに比べ,かつての歌手のほうがよほど「使い捨て」的にレコードを量産していたともいえます。
輪島裕介 (2010). 創られた「日本の心」神話:「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 光文社 pp.99-100
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