翻訳活動は今日,「翻訳文化」と称されて,わが国の社会文化の大きな特質といわれている。いまやなじみのボキャブラリーになっている権利(right),社会(society),民主主義(democracy),憲法(constitution),自由(freedom and liberty),衛生(hygiene),個人(individual),自然(nature)などは,江戸末期から明治にかけて,日本語へ翻訳する過程でできあがった新しい言葉なのであった。この百数十年の間に非常に多くの翻訳語が造語されて,日本語を豊かにする大きな契機になっていた。 江戸末期から進んだわが国の翻訳文化が影響を与えたのは,日本にとどまるものではない。実は漢字文化圏の本場である中国へも逆輸入されていった。そして,中国語のボキャブラリーをも非常に豊かなものにしていったのである。具体例を掲げれば,上記のほかには,階級,取締,出版,哲学,立場,主義,原子,近代化,唯物論などの語彙は,日本語書籍の中国語への翻訳活動を通して,中国語の中に取り入れられた代表的な言葉である。