もし罪を犯していれば,体がそれを暴露するというのだからありがたいが,じつはそれは,よくてもはなはだしいまでに事を単純化しているし,悪くすれば,明らかな誤りだ。常習的な嘘つきは必ずしも不安にならない。精神病質者(サイコパス)はとくにそうで,彼らの末梢神経系は,たいていの常人に比べて脅威に対する反応が鈍い。一方,真実を語っている人は不安になることがある。とくに,重大な状況ではそうだ。嘘発見器には,無実の人も有罪のように見えることがよくある。彼らは訊問されるとおびえたり動揺したりし,胸がどきどきし,息が苦しくなり,手のひらに汗が滲んでくる。彼らは自分が罪を犯したと感じることすらありうる。ポリグラフ検査者は,そういう人のことを「有罪意識過剰者」と呼ぶ。嫌疑をかけられただけで自律神経系が刺激されるからだ。逆に,罪を犯している人は,場数を踏んだ犯罪者であることが多く,ポリグラフを欺く技術を心得ていることがしばしばある。たわいのない嘘に答えている間,舌を強く噛んだり,骨の折れる暗算をしたりして,生理的な反応を起こす。そうしておけば,実際の犯罪について嘘をついたときには,結果はそれほど劇的でなくなる。
というわけで,ポリグラフは煎じ詰めれば興奮検知器であり,嘘発見器ではない。ポリグラフは「偽陽性」を生み出す率が高くなりがちで,当局が無実の人を罰することにつながりうるし,そこまで多くはないものの「偽陰性」も生み出すので,有罪の人の容疑を誤って晴らしてしまう。適切に実施されたポリグラフ検査では,嘘をついた人のおよそ75〜80パーセントを正しく見つけ出せる(正真正銘の陽性)が,真実を語っている人の約65パーセントを誤って嘘つきと判定してしまう(偽陽性)と,アメリカ科学アカデミーは推定している。判断を誤った有名な事例を2つ挙げよう。1986年,ソヴィエト連邦のためにスパイをしていたCIA職員オールドリッチ・エイムズは,有罪とされなかった(偽陰性)。逆に1998年,エネルギー省の科学者ウェン・ホー・リーは,中国政府のスパイだと誤認された(偽陽性)。
サリー・サテル スコット・O・リリエンフェルド 柴田裕之(訳) (2015). その<脳科学>にご用心:脳画像で心はわかるのか 紀伊國屋書店 pp.134-135
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