そこに,ディケンズ=フリン・モデルによって社会学的側面がくわえられて一気に見通しがよくなった。以前にくわしく説明しているので(Flynn, 2009c),ここでは軽く触れる程度にしたい。
ある一組の一卵性双生児を考えてみる。一卵性双生児は遺伝子が同一なので,2人とも平均より背が高く俊敏だ。別々に育てられたが,どちらもバスケットボールをよくやって,小学校と高校でチームをつくり,プロの指導を受ける。同一の遺伝子をもつ2人が,同一のバスケットボールをする環境を手にすれば,18歳になったときのバスケットボール能力指数は同じになるだろう。そして,たとえ環境要因がきわめて強力だとしても,双子の研究ではそれは見過ごされてしまうだろう。
遺伝率は,双子のIQが同じかどうかだけで見積もられている。知能遺伝子が同一であることばかりが注目され,どちらも同じように環境から恩恵を受けたいという点は見向きもされない。宿題をやる,よい意見をもらえる,学校を好きになる,優等クラスに入る,最高の教師に教わる——そうした影響力は完全無視だ。生まれてすぐは小さかった遺伝の差も,正のスパイラルまたは負のスパイラルに入り,歳を重ねるにつれて能力差がどんどん広がっていくのだ。
ディケンズ=フリン・モデルでは,このスパイラルを「個人倍率器」と呼ぶ。クレア・ハワースらは,この個人倍率器の考え方に触発されて,年齢とともに遺伝率が上がっていく原因を説明している(Haworth et al., 2010)。ハワースらは1万1000組の双子を調査し,IQ差のうち遺伝の占める割合が,9歳では0.41だが,17歳では0.66まで上がることを発見した。「その答えは遺伝子型と環境との相関性にあると考える。子供が成長するにつれ,しだいに,自分の生まれつきの傾向をいくぶん考慮して,自分の経験を選択し,修正をくわえ,さらにはつくりだしていくのだ」(p.112)
ディケンズ=フリン・モデルには「社会倍率器」という考え方もある。それまでは,環境によって集団間の大きなIQ差が生みだされるメカニズムを論じるときには,奇想天外なX因子の存在がなければならなかったが,この社会倍率器の概念によって不要になった。社会倍率器の考え方はこうだ。テレビの発明によってバスケットボールへの関心が高まると,平均的な能力がどんどん上がっていく。はじめにパスやシュートがうまくなり,誰もがそれに遅れまいとついていこうとする。誰かが片手でパスをしはじめて一歩リードすると,誰もがそれについていかざるをえなくなる。そして次に,誰かが片手でシュートを打ちはじめてさらに先んじると,誰もがそのレベルに追いつこうとする。こうして背の高さや俊敏さをもたらす遺伝子はまったく変化しなくても,一世代のなかでバスケットボールの能力はとてつもなく上がっていくのだ。
ジェームズ・R・フリン 水田賢政(訳) (2015). なぜ人類のIQは上がり続けているのか?人種,性別,老化と知能指数 太田出版 pp.174-175
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