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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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童顔の高齢者

童顔の高齢者ではどうだろう。彼らの性格の印象はとくに興味深い。生涯のこの時期には童顔であるより若くみえることのほうが性格の違いに大きく影響するからである。この老齢層の童顔の人は同齢のおとな顔の人より若くみえればみえるほど,高齢者を弱くて依存的で知的に鈍いものとする老年の固定観念の被害をこうむりにくいと考えられる。童顔の高齢者の若さはおとな顔の高齢者よりも彼らを強く賢く,従順でなくみせる——つまり童顔の固定観念とは反対にみせるのである。童顔は実際,認知される年齢に大きな効果をおよぼす。50代の終わりと60代はじめの童顔の人は同齢のおとな顔の人より若くみえるのである。童顔は人を若くみせるが,童顔であることと若くみえることは厳密に同じではない。たとえば,こどもっぽい大きな目をした丸顔の60歳の人と,目が小さくあごの突き出たおとな顔の同齢の人の場合,童顔の人が白髪としわが多く,おとな顔の人がそうでなかったら,童顔の人はおとな顔の人と同じか年上にみえることがある。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.137
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顔と養育

額が狭く,あごが長く,目が小さく,鼻の高いあかんぼうを想像してみてほしい。この子はふつうのあかんぼうが受けるのと同じ世話や保護を受けられるだろうか。両親は「この子は醜いからかわいい」というかもしれないが,こうした「あかんぼうらしくない」特徴をもった子が典型的な童顔にめぐまれた子よりかわいくないと思われるのは事実である。さらに悪いことに,「あの子はみっともないから母親にしか愛されない」というのはかならずしも本当ではない。親は他人が見るより自分の子をかわいいと思うが,それでも,他人がかわいいと思うこどもほど,母親はその子の写真ににっこりする。さらに,親と生後3か月のあかんぼうとの間近なやりとりを観察したところ,かわいいあかんぼうほど父親から笑いかけられ声をかけられる機会が多いことがわかった。このように,典型的な童顔でない子は,世話をひきだすための鍵刺激をそなえた顔の子ほど親からやさしく扱われないのである。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.112

相関を引き出す能力

感知する側が容貌と性格の相関関係を学習するのに多くの体験を必要とするとは思えないので,真の相関関係をみわける能力にはまた別の理由があるのではないかと思われる。利用できる多数の情報のなかからある相関関係をひきだす能力が進化的にそなわっているのかもしれない。このような選択のメカニズムがなければ多くの不適切な相関関係をひろいだしてしまうであろうし,目で見て学習するのでは正しい認知をうることができない。ある相関関係にたいする生得的な備えは,直接しめされたもので事例が少なすぎて学習できない容貌ー性格関係を性格に見分けるにも重要である。たとえば,クレチン病の身体的発現と精神的発現との相関関係は,この病気の患者を目にして学習されることはないと思われる。この病気はひじょうに珍しいからである。この病気について教わったことのない人がこの相関関係を認知できるとしたら,それはなんらかの生得的な備えがあったと考えていいだろう。人は容貌と行動の関係を認知できるようにできているという説を支持する証拠は,古典的な条件づけをつかった研究からもえられている。それによると,表情はおとなにもこどもにも同じくらいの誘発性をもつ事象とむすびつけられやすい。たとえば否定的な事象は幸せそうな顔よりおびえた顔や怒った顔とむすびつけられやすい。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.83-84

理論的基盤

現在利用できる証拠からうかがえるように,われわれが顔に性格特性を読む理由は,それらが正しい情報を提供しているからであるが,性格特性の人相学的手がかりについては研究による証拠がかなり不明瞭であり,面識のない他人の性格を正確に読めるような顔の特性を知ることは今後の課題である。これまでの研究にいちじるしく欠けているものは,容貌のどの特性がどの性格を伝えるかを予言するための理論的基盤である。たしかに人相学者はこうした理論を提供してこなかった。彼らがもたらしたのは理論的一貫性のない大量の主張ばかりであった。統一的な理論では2つの問題に取り組まねばならない。(a)さまざまな性格がなぜ容貌にあらわれるのか,この説明からどんな顔ー性格結合が予言されるのか,そして(b)人はこの関係をどうやって見分けるのか,である。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.76

目の色と気質

小学校の教師も青い目の子と褐色の目の子の気質の違いに気づいている。幼稚園から3年生までの133人の教師に,クラス一臆病で,内気で,抑制されたコーカサス人種の子を一人選ぶよう求めたところ,選ばれた子どもの60パーセントが青い目であり,その集団から無作為に選んだら生じるはずの50パーセントをこえていた。また教師にクラス一社交的,外向的で,抑制のないコーカサス人種の子を選んでもらうと,褐色の目の子が母集団での割合より多い。青い目のおとなと褐色の目のおとなの違いについては証拠が混乱しているが,青い目の人のほうが行動の抑制が多いようである。目の色と性格との相関関係から,前に論じた外向性の判断の正確さは,判断される人のカラービデオやカラー写真をみた場合に強められるであろうと思われる。もちろん,判断する人が,知らない人の外向性を判断するのに目の色という確実な手がかりをつかうとすればであるが。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.73

外向性と外見

外向性の確実な手がかりには魅力,メーキャップの使用,流行の髪型のほか,頻繁に頭を動かすこと,自信のある人なつこい表情,そして微笑む時間が長いことが含まれる。これらの特性は,ある人がどれほど外向的だと自己評価しているか,他人にどの程度外向的だと思われているかの両方に関係している。自己評価と他人による評価との相関はすべての手がかりについて中程度であった。愛想のよさはある目鼻立ちによって正確に伝えられるが,別の手がかりは判断を誤らせ不正確な判断を促す,という証拠もある。愛想のよさの確実な手がかりは魅力的な洗練された容貌,ソフトな目鼻だち,童顔,および人なつこい表情などである。誠実さの確実な手がかりには魅力的な洗練された容貌と短い髪がある。魅力的で洗練された容貌はまた,人なつこい表情とともに感情的安定性にも確実な手がかりをあたえる。これまで評価された顔の特性には,5大特性の残りの1つ,教養を正確に伝えることがわかったものはない。しかし,自信のある表情は知性を正確に伝えるし,魅力はセックスパートナーとしての可能性を正確に伝えると思われる。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.70-71

知性

正確に見分けることが役に立つと思われるもう1つの性格特性は知性である。だれの助言に従いだれの助言を避ければいいかを知るのに役立つからである。この性格についての研究は多くはないが,初期の研究は,顔写真にもとづいた管理職者の知性の評価とその管理職者のIQの得点のあいだに中程度の関連があることをあきらかにした。しかしこの関係は,IQ得点分布のいちばん上といちばん下の管理職者については推定なので,過大評価されているかもしれない。より新しい研究では,IQ値がやや広い範囲にわたる人々の場合も知性の判断は中程度に正確であることがわかったが,正確にするには判断する人に無声映像より音のある映像を見せる必要がある。容貌が知性を正確に伝えるかどうかという問題を解決するにはさらに研究が必要である。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.67-68

外向性と優位性

外向性の判断と同様に優位性の判断はかなり正確であるが,これはおそらくこの2つの性格が近い関係にあるためであろう。だれがだれより「強い」かというこどもたちの判断では賢いとか格好いいとかいう他の属性の判断にくらべて合意が早くから発達し,強い合意がみられる。これは,優位性を認知することに進化上の適応価値があるとする機能主義者の立場と符合する。だれがだれより強いかという判断は他の性格の判断より正確である。これは,強さの判断が判断される人の自己評価と一致することからもわかる強い効果である。もちろんこどもたちはまったく面識のない人について判断したのではなく,容貌の情報と行動の情報があたえられていた。また,別の研究では,知らない人の優位性にたいするおとなのはんだんがかなり正確であることがしめされている。われわれは見ただけでリーダーがわかる。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.65-66

外向性

5大特性のうち外向性はかなり正確に判断される。どれほどおしゃべりか,率直か,大胆か,社交的かといった外向性の判断には中程度の合意があるばかりか,一部の判断には確証がある。知り合いがいない場面で外向的とみなされる人は,おしゃべりだったり,にこにこしていたり,ゼスチャーが多かったり,情熱的だったりなど,外向的な行動をしめす傾向が中ないし強である。また,友人や本人が外向的だと判断する傾向も中程度である。さらに,外向的,友好的であるという自己評価そのものが外向的行動の的確な反映であるようで,自由な会話や質問責め,ほほえみや笑いや冗談をはじめる頻度について中ないし強の予言がみられる。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.64-65

タイプA・Bと表情

最近わかった例では,男性の斑紋状のはげと心臓病とは関係があり,これはマスコミで広く紹介された。またある顔の手がかりは,冠動脈疾患の傾向のある人を見つけるのに役立つことがある。こういう人はタイプAとよばれ,ひじょうにエネルギッシュで,敵対的で,競争心が強い。彼らは交通渋滞にまきこまれるといらいらして警笛を鳴らし,仕事をまちがえた部下をどなりつける人である。反対にタイプBの人は「流れに逆らわない」傾向が強い。この2つのタイプの人々は特徴的な表情によって区別することができる。タイプAの人はタイプBの人にくらべて,眉を下げ,上まぶたを上げ,下まぶたをひきつらせて,インタビューする人をにらみつけることが多い。また顔に嫌悪の表情をうかべていることが多い。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.54-55

四体液・四気質説

殺人犯で食人性の性犯罪者であるジェフリー・ダーマーの裁判中,ミルウォーキーの住民は34ある傍聴人席の1つを確保しようと,午前2時から行列をつくった。彼らが睡眠を犠牲にしたのは,ダーマーの犯罪の残虐な詳細を聞くためではなかった。それならテレビやラジオでも聞けるからだ。そうではなくて,人々はこういう凶悪な犯罪を犯す男の顔が見たかったのである。情緒的適応は容貌にあらわれるという見方には長い歴史がある。古代ギリシャ医学の四主液(血液,黄胆汁,粘液,黒胆汁)説では,鬱病患者は黒胆汁が過剰であり,むくんでいて色が浅黒いと書かれている。黒胆汁が多いためにおこるその他の病気にはヒポコンドリー(心気症),てんかん,ヒステリーがあり,その1つ1つが特定の肉体的な兆候と結びつけられていた。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.49-50

効果量

報告されている効果の大きさは,統計学者のジャコブ・コーエンが示唆した規定にしたがって,小または弱,中または中程度,大または強の3段階にわけてあらわした。小の効果は,統計的比較を利用しなければ感知できないものである。具体的な例をあげるなら,15歳と16歳の少女の平均身長の1センチ強の違いは小の効果である。中の効果は,肉眼でわかる程度に大きい。たとえば,14歳と18歳の少女の平均身長の2,3センチの違いがこれにあたる。大の効果は,当の現象の2グループ間に重なりがほとんどないときのものである。たとえば,13歳と18歳の少女の平均身長の違いがこれである。これらの効果の大きさが違うことは,13歳と18歳の少女では年齢の違いが身長の決定要因であるが,15歳と16歳の少女では身長の違いの決定要因として年齢はあまり重要ではないことを教えてくれる。容貌の小の効果対大の効果にも同じ理屈があてはまる。大の効果は,容貌が性格の印象,社会の反応,行動の重要な決定要因であることを意味し,小の効果は,容貌以外の影響が比較的大きな役割をはたしていることを意味する。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.21

人相より性格

顔に別の情報をつたえる力があることは,顔がその人柄の印象に影響をあたえることから明らかである。顔写真をみせてその人の性格を言わせると,ほとんど同じ答えが返ってくる。ある人にとって正直にみえる人やあたたかな感じをうける人や知的にみえる人は,別の人にとっても同じようにみえる。性格を判断するとき,目の大きさや口の大きさといった「客観的」な人相学的特徴を判断するのと同じくらい人々の意見が一致するのである。じつは,人相を判断するよりも性格を判断するほうがやさしいらしいのだ。

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.14

ダーウィンの顔

ダーウィンは,艦長がスイスの人相学者ヨハン・カスパル・ラヴァター(1741-1801)の影響を強く受けていたばかりに,あやうくビーグル号の航海をしそこねるところだった。ラヴァターの著作は,1772年に『人相学断章』の初版が出版されて以来広く読まれていた。この本はドイツ,フランス,イギリス,オランダで100年にわたって増刷され続けたうえ,母国スイスでは1940年になって2種類の現代版が出版され,さまざまな言語で総計151の版が刊行された。『エンサイクロペディア・ブリタニカ(大英百科事典)』の第8版にはこの本が社会に多大な影響をあたえたことが記されている。「顔から性格を判断する研究が流行しており,多くの地域で人々は顔をおおって通りを歩いている。」

レズリー・A・ゼブロウィッツ 羽田節子・中尾ゆかり(訳) (1999). 顔を読む:顔学への招待 大修館書店 pp.6

人間の場合

浜辺で中型のシオマネキ2匹が戦闘状態に入ったとしても,ほかのシオマネキにはほとんど影響がない。しかし私たち人間の場合は違う。大量破壊兵器はかなり安価になっており,中規模の国家であれば保有できる。まだ保有していないとしても,近いうちに保有できるようになる。こうした兵器の破壊力はすさまじく,どこかで一度でも使用されれば,地球規模で文明が滅びるおそれがある。そのため,たとえ大量破壊兵器が世界の均衡を保つのに欠かせないとしても,いかなる対立も戦争に発展させてはならない。絶対に。しかし,それを食い止めるのはなかなか難しい。現在の政治地図を一瞥しただけでも,恐るべき火種を抱えた紛争地域,今にも全面戦争に発展しそうな対立関係がいくつもある。北朝鮮と韓国,インドとパキスタン,イスラエルとイランなど,互角の力を持つ国同士がにらみ合いを続けている。そしてどの国も,すでに大量破壊兵器を持っているか,間もなく持とうとしている。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.275

動くか動かないか

グンタイアリの兵隊アリも大きな頭やみごとなあごを持っているが,兵隊シロアリの武器はそれ以上に大きい。それは,グンタイアリの兵隊アリがさまざまな機能のバランスを取らなければならないのに対し,兵隊シロアリにはその必要がないからだ。グンタイアリの兵隊アリは,巣からかなりの長距離を行進し,獲物を急襲する。そのため,機動性を高める方向へ向かう淘汰と,頭やあごを巨大化する方向へ向かう淘汰のバランスを取ることが必要になり,ある程度の妥協を強いられる。一方,兵隊シロアリはほとんど動くことがない。その仕事は,出入り口を守り,近づいてくるものに噛みつくことだけだ。そのため,兵隊シロアリのほうが,グンタイアリの兵隊アリより大きさも強さも勝り,トンネルの中では兵隊シロアリが勝つことになる。シロアリが一歩も引かなければ,アリの大群はもっと楽な獲物を探しに立ち去ってしまう。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.225

半分メスに擬態

オーストラリアコウイカの場合,繁殖可能なメスがオス11匹に対し1匹しかいないため,争いは熾烈を極めるが,メスはやはり,色の鮮やかな大型のオスに近づいていく。メスがオスを選ぶと,カップルは産卵をするために集団の外れへと泳いでいく。すると,メスを獲得できなかったオスは,カップルに近づいていく。そしてここでも,瞬時に色を変えられる能力を利用する。たとえば小型のオスは,メスを守っているオスがほかのオスとの戦いに気を取られているすきに,鮮やかな熾烈な色でメスに求愛する。あるいは,岩のような色になって海底の模様に溶け込み,カップルにひそかににじり寄る。この場合,たいていそのオスは,メスのような姿をして近づいていく。そうすれば,カップルのオスに警戒されることなくそばに行けるからだ。こうして近づいたオスは,カップルのオスとメスの間に体を滑り込ませ,メスのすぐそばに陣取ると,鮮やかな色で求愛行動を始める。だがこのオスがそのような色彩をきらめかせるのは,体の一方の側,すなわちメスに向かい合っている側だけだ。ライバルのオスから見える側は,メスのような姿のままにしておくのである。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.192

交尾ができるのは

結局のところ,体が大きく,健康で,立派な武器を備えたオスが,繁殖競争に勝つ。フェニックスパークのダマジカの場合,後尾に成功するのはオス10頭につき1頭に過ぎず,交尾の大半(73パーセント)は,たった3パーセントのオスにより行われている。つまり,90パーセントが失敗し,ごくわずかな個体のみが無数の成功を手にする。このように交尾には極端な格差があり,それが強い性淘汰をもたらし,体の大型化,体力の強化,武器の巨大化へと進化を進める。最高の条件のオスにしてみれば,立派な武器にエネルギーを費やすことで得られる繁殖の利益は,すべてのコストを補って余りあるものだろう。しかしそれ以外のオスにしてみれば,巨大な武器は大きな犠牲を強いるものでしかない。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.154

資源配分のトレードオフ

武器は大きくなるにつれ,負担にもなる。私の実験でも,きわめて長い角を身につけたオスは,目が発育不全を起こしていた。実験の末期には,角の長い個体を選別した個体群のオスは,角の短い個体を選別した個体群のオスより,目が30パーセント小さくなっていた。発育不全は,栄養の利用が制限されるために起こる。組織を成長させるには,エネルギーや原材料がいる。ある組織の成長に大量の資源を割り当ててしまえば,それだけほかの組織の成長に資源が行き渡らなくなる。
 このように資源配分にはトレードオフの関係がある。これは,あらゆる生物の成長に見られるが,ほとんどの場合その効果は微々たるものである。しかし,特定の組織にあまりに多くの資源を費やすようになると,トレードオフの効果がはっきり現れる。武器は,軍拡競争に入ると急速に大きくなる。武器の成長に多くの資源が割かれれば,体の機能を大幅に損なうことにもなりかねない。昆虫の場合,それが体のほかの部分の発育不全となって現れる場合がある。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.142-143

巨大哺乳類の時代

6500万年前に恐竜が絶滅すると,哺乳類が地上を支配した。とりわけ繁栄したのが,有蹄動物である。ひづめを持つ草食動物は多様化し,グループの規模を拡大し,近縁の系統のクレードに枝分かれしては,やがて消えていった。その歴史には,巨大な武器を持つクレードが満ちあふれている。
 ブロントテリウムも当初は現代のコヨーテほどの大きさしかなかったが,瞬く間に,肩までの高さが2メートル以上,重さが9トンを超える巨体に進化した。最初は武器を持たなかったが,後になると鼻の上に,長さ60センチメートル以上になる幅が広くて平らな骨質の角を持つに至った。サイも,最初はイヌ並みの大きさで角もなかったが,後に多様化し,13トンの体と立派な武器を備える巨大生物へと変わった。たとえばケブカサイは,2メートル近い長さの角を持っていた。サイは,全盛期には世界に50種以上が生息していたが,ほとんどが絶滅した。現在は4種が生き残るのみである。
 同じころ,鼻の長い有蹄動物も多様化した。初期のゾウはやはり小さく,武器を持っていないが,間もなく150種以上に分かれた。ゾウが具えた牙には,下あごから90センチメートルもの門歯が平らな刃のように前に突き出した“シャベル型”,下あごから下へ湾曲して伸びる“くわ型”,マストドンや現代のゾウに見られる“上あご型”,上あごに2本,下あごに2本の牙を備えた“4本型”などがある。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.130-131

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