忍者ブログ

I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

賢さ重視

アメリカの最近の公教育は,認知力テストの結果,つまりは「どれほど賢いか」を重要視している。たとえば,<落ちこぼれを作らないための初等中等教育法>は,到達度テストの点数で学業を評価する。だが,最近の文献の一致した意見は,人生における成功は賢さ以上の要素に左右されるとしている。意欲や,長期的計画を実行する能力,他人との協同に必要な社会的・感情的制御といった,非認知能力もまた,賃金や就労,労働経験年数,大学進学,十代の妊娠,危険な活動への従事,健康管理,犯罪率などに大きく影響する。

ジェームズ・J・ヘックマン 古草秀子(訳) (2015). 幼児教育の経済学 東洋経済新報社 pp.17
PR

回復機能

キノコ類がもつ回復機能は,将来に希望をもたらしてくれる。キノコは環境汚染物質を分解する力を秘めているからである。食べられる“白色腐朽菌”(たとえばヒラタケ)は,車のギアボックスのオイルのような基質の上でも育つことができる。このタイプのキノコは,オイル中の水素炭素結合を切断するのに役立つ。2007年,貨物船Cosco Busan号がサンフランシスコ湾に5万8000ガロンのバンカー重油をばらまく事故があった。ニュースによると「スタメッツ氏が提供したヒラタケの菌糸体が,ゴールデン・ゲート州立公園に新設された施設で回収された重油を処理するのに役立った」という。生物的環境浄化については,まだまだ不明な点が多い。だが,費用効率の高い技術の確率が期待されている。

シンシア・D・バーテルセン 関根光宏(訳) キノコの歴史 原書房 pp.153-154

コンブチャ

最後に,おもにロシア,中国,日本で飲用されている“コンブチャ”について触れておこう。“紅茶キノコ”と呼んだほうがわかりやすいかもしれない。キノコという名がついているものの,じつはこれはキノコではない。その正体は,紅茶を醗酵させて育てた酵母菌である。

シンシア・D・バーテルセン 関根光宏(訳) キノコの歴史 原書房 pp.87

(引用者注:コンブチャ?これか→http://entabe.jp/news/gourmet/8645/kombucha-wonder-drink-released-in-japan)

解毒法

俗信の多くは,まったくの無意味というほかない。たとえば,有名な占星術師で本草学者のニコラス・カルペパー(1610〜1654)が書いた『医学訓令集 A Physicall Directory』から,次のような一節を見てみよう。

キノコは農耕の神サトゥルヌスの支配下にあり,たとえそれを食べて毒にあたった人がいたとしても,軍神マルスの薬草であるヨモギを食べれば,その人は癒やされる。なぜならマルスは,サトゥルヌスのすみかである山羊座で高位にあるからだ。それはサトゥルヌスの好意によってなされる。

 ギリシアの食文化史研究家マリアナ・カブロウラキによると,古代ギリシアではキノコの毒に対する解毒剤の一覧表が使われていたという——たとえば「ラディッシュの果肉,キャベツの葉,温水にハチミツと硝石を混ぜた飲み物」。また,バルトメオ・スカッピは別の解毒法を提案している——「ニンニクをいくつか食べるとよい。ニンニクには解毒作用がある」。

シンシア・D・バーテルセン 関根光宏(訳) キノコの歴史 原書房 pp.83-84

豊富さ

2000年代に入ると,アメリカ中のスーパーマーケットでさまざまな種類の生のキノコが販売されるようになった。いちばん多く出まわっているのは,シイタケ,マッシュルーム,ポルトベロである。民法テレビ局のフード・ネットワークでは,シェフがなにげなくマイタケをきざんだりしている。レストランでは,キノコのクレームブリュレがメニューのひとつに加えられ,T.G.I.フライデーズなどのレストランチェーンではキノコの詰め物が楽しめる。キノコ料理に特化した料理書の数が増え,雑誌ではキノコ採集やキノコ料理の特集が繰り返し紙面をにぎわせている。かつては「地球の異常生成物」と呼ばれたキノコが,最高の魅力を放つものに変わったのである!

シンシア・D・バーテルセン 関根光宏(訳) キノコの歴史 原書房 pp.81

キノコの運命

菌類を好む人が多い地域では,その土地に自生するキノコにさまざまな名前をつけてきた。その一方で,ウィリアム・ディライル・ヘイは次のように記している。

イギリス人の菌類観には理解しがたいところがある。驚くべきことに,ほとんどの菌類には,日常会話で言及するための個別の名前がつけられてこなかったのである。それらはすべて「トードストゥール toadstool」と呼ばれている[トードはヒキガエル,ストゥールは腰かけを意味する。トードには,いやなやつという意味もある]。

 トードストゥールという単語がキノコの意味で最初に文献に出てくるのは,1398年にさかのぼる。フランシスコ会士のバルトロマエウス・アングリクスが書き残し,その死後に刊行された書物のなかで使われているのである。しかし,キノコに侮蔑的な呼び名がつけられてきたのは英語圏に限ったことではない。
 フランス語では,キノコは「悪魔の卵」「悪魔の絵筆」「ヒキガエルの餌」などと呼ばれている。オランダ人はキノコをまとめて「パドストゥール paddestoel(ヒキガエルの腰かけ)」と呼ぶ。ノルウェー語の「パデハット paddehatt」やデンマーク語の「パデハット paddehat」(いずれも「ヒキガエルの帽子」の意)も似たような表現だ。こうした単語が,北ゲルマン語系の言語が話されている深い森を抜け出し,ケルト人のブリテン諸島への進出にともなって各地に広まるにつれて,キノコは魔術と関係をもつようになった。それによって,その後の何世紀にもわたるキノコの運命が決定づけられたのである。

シンシア・D・バーテルセン 関根光宏(訳) キノコの歴史 原書房 pp.17-18

ヒキガエルの腰かけ

菌類を好む人が多い地域では,その土地に自生するキノコにさまざまな名前をつけてきた。その一方で,ウィリアム・ディライル・ヘイは次のように記している。

イギリス人の菌類観には理解しがたいところがある。驚くべきことに,ほとんどの菌類には,日常会話で言及するための個別の名前がつけられてこなかったのである。それらはすべて「トードストゥール toadstool」と呼ばれている[トードはヒキガエル,ストゥールは腰かけを意味する。トードには,いやなやつという意味もある]。

 トードストゥールという単語がキノコの意味で最初に文献に出てくるのは,1398年にさかのぼる。フランシスコ会士のバルトロマエウス・アングリクスが書き残し,その死後に刊行された書物のなかで使われているのである。しかし,キノコに侮蔑的な呼び名がつけられてきたのは英語圏に限ったことではない。
 フランス語では,キノコは「悪魔の卵」「悪魔の絵筆」「ヒキガエルの餌」などと呼ばれている。オランダ人はキノコをまとめて「パドストゥール paddestoel(ヒキガエルの腰かけ)」と呼ぶ。ノルウェー語の「パデハット paddehatt」やデンマーク語の「パデハット paddehat」(いずれも「ヒキガエルの帽子」の意)も似たような表現だ。こうした単語が,北ゲルマン語系の言語が話されている深い森を抜け出し,ケルト人のブリテン諸島への進出にともなって各地に広まるにつれて,キノコは魔術と関係をもつようになった。それによって,その後の何世紀にもわたるキノコの運命が決定づけられたのである。

シンシア・D・バーテルセン 関根光宏(訳) キノコの歴史 原書房 pp.17-18

病的なキノコ嫌い

18世紀の菌類学者ウィリアム・ディライル・ヘイは,同僚のイギリス人が病的なまでの“キノコ嫌い fungiphobia”であり,実際に食用できるかどうかにかかわらず,ほとんどのキノコを“毒キノコ toadstool”と考えているようだと述べている。有名な民間キノコ研究家のR・ゴードン・ワッソン(1898〜1986)は,菌類が好きな文化と菌類が嫌いな文化を記述するために,ヘイの用語をもじって“菌類好き mycophilic”と“菌類嫌い mychophobic”という用語を考えだした。このふたつの用語は,現代の菌類学(菌類を研究対象とする生物学の一分科)の文献でよく使われている。西洋では,長年にわたって二元論的な考え方が幅を利かせてきた。菌類好き(キノコ好き)と菌類嫌い(キノコ嫌い)という二分法である。一方,東洋では,昔から菌類好きというレンズをとおしてキノコを認識する傾向があった。

シンシア・D・バーテルセン 関根光宏(訳) キノコの歴史 原書房 pp.10

冷却経験

どのように戦略を学ぶのはともかく,4歳か5歳までに,1人で楽しく遊ぶのであれ,マシュマロ・テストでより多くのご馳走をもらうために待つのであれ,必要に応じてホットシステムを「冷却」するのがしだいに簡単で自動的に行えるようになる手立てを知り,使っている子どもは幸運だ。とはいえ,この話を終える前に,再度述べておかなければならない。欲求充足を先延ばしにしてばかりの人生は,先延ばしが不足している人生と同様に悲しいものになりうる。子どもだけではなく,すべての人にとって,いちばん難しいのは,より多くのマシュマロをもらうために待つべきときと,ベルを鳴らしてご馳走を楽しむべきときを見極めることだ。ただし,待つ力を伸ばせるようにならないかぎり,その選択肢は手に入らない。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.300

マインドフルネストレーニング

簡単な瞑想やマインドフルネスのエクササイズにも,実行機能をおおいに向上させる効果がある。「マインドフルネス・トレーニング」は,人が今この瞬間に注意を集中させるのを助け,沸き起こってくる感情や感覚や考えの1つひとつにたやすく気づき,偏った判断をせず,細かい説明は求めずに,体験することは何でも受け入れ,認めることを目指す。1日に約20分のトレーニングを5日間した若い成人のグループは,短い瞑想と組み合わせたこのエクササイズのおかげで,標準的なリラクゼーション・トレーニングに同じ時間をかけた対照群と比べてネガティブな感情が減り,疲れが和らぎ,ストレスへの心理的な反応や生理的な反応が軽減した。また,マインドフルネス・トレーニングをすると,雑念が減り,集中力が高まり,アメリカの多くの大学院が入学の条件として採用している大学院進学適性試験のような標準試験での学生の点数が上がった。
 同様に,正常な成人の脳や老齢期の脳も,実行機能を高める比較的簡単な介入による恩恵にあずかれる。とりわけ注目すべきものが2つある。1つは身体的なエクササイズで,ほどほどの量や短時間の場合でも効果がある。もう1つは,孤独を最小限に抑えたり,社会的な支援をもたらしたり,他人との絆やつながりを強めたりする介入で,そういうものならば事実上何でも効果がある。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.263-264

ホットスポットを見つける

ある研究で,強いストレスに苦しんでいた大人たちが,「イフ・ゼン」の評価というやり方を使い,自分のストレスを引き起こすホットスポットを見つけるように指示された。細心に構成された日記をつけることで,彼らは自分にとって強いストレスを引き起こす特定の心理状況をずっと追跡記録し,それらのホットな誘引の1つひとつに対する自分の反応を毎日書き記した。たとえば「ジェニー」は,さまざまな状況で平均して普通のストレスレベルにあった——いや,平均よりやや低かった。ジェニーにとって問題となるストレスパターンは,彼女が仲間外れにされたと感じたときにだけ現れた。そういう状況のとき,彼女のストレスレベルは急上昇した。自分が仲間外れにされたと感じたとき,彼女は苦悩し,自分を責め,それ以上に他人を責め,人を避けるようになった。ストレスを経験する心理状況としない心理状況をジェニーが自分で発見する手助けをすること,そして,そうした状況での自分の反応を突き止める手助けをすることが,彼女がもっと柔軟にそのような状況に対処できるようにするための,的を絞った処置を考案する第一歩だった。この研究は「イフ・ゼン」のストレスパターンに焦点を当てたが,日記や追跡記録装置を使っての同じような自己観察は,何であれ,気になっている感情あるいは行動の結果として生じる過剰な反応のきっかけをマッピングするのに役立てることができる。自分が修正したいと思う行動を引き起こす「イフ」の刺激や状況を知ってしまえば,それらをどう評価し,それらにどう反応するかを変える位置に身を置ける。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.227

「もし〜ならば」パターン

ちょうど攻撃性に関してウェディコで私たちが発見したのと同じように,状況が異なっても変わらない一貫性は,カールトンの学生たちの誠実さにもほとんどなかった。また,自分は首尾一貫しているという彼らの確信(じつは彼らの直観的な思い込み)は,多様な状況で彼らが見せた実際の一貫性の度合いとは無関係だった。教師との約束時間に一貫して遅れる学生が,試験の準備に関しては非常に誠実で,何週間も前から入念にやるという場合もあった。では,彼らの確信は何に基づいていたのだろう?あるいは,それは確信ではなく,首尾一貫しているというただの幻想だったのか?彼らの確信は,誠実さに関する各自の「イフ・ゼン」パターンと——とても強く——結びついていることがわかった。つまり,これらのパターンが長期にわたって繰り返されたり固定されていたりすればするほど,学生たちは自分がそれ以外の状況でも一貫して誠実だと感じた。彼らは,長期にわたって続き,予想可能な自分の「イフ・ゼン」の行動パターンを知っているために,自分は首尾一貫していると確信していたのだ。あるカールトン・カレッジの学生は,自分がたとえば授業時間や教授との約束の時間をつねにきちんと守るのを知っているから,大学における自分の誠実さは首尾一貫していると考えていた。もっとも彼は,自分の部屋やノートのとり方はいつも乱雑で,課題の提出は必ずと言っていいほど遅れることも知っていた。「イフ・ゼン」のパターンが長期にわたって変わらず一定しているから,人は特定の特性を首尾一貫して示すと考えるようになるのだ。一貫性に関する私たちの主観は,矛盾もしていないし幻想でもない。ただそれが,20世紀の大半を通じて研究者たちが探し求めてきた種類の一貫性でないだけだ。これを知っていると,他人が何をするのか,そしてまた,私たち自身が何をしそうかを予想したければ,どこに注目すればいいかわかるので役に立つ。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.224-225

行動の一貫性の低さ

1968年,私は包括的な見直しにかかった。ある状況での人々の振る舞い(たとえば会社での義務や責任の遂行に対する誠実さ)を,別の状況での振る舞い(たとえば家庭での誠実さ)と関連づけようとした何十という研究によって,それまでに示されていた相関関係が対象だ。その結果に,多くの心理学者がショックを受けた。概して相関の度合いはゼロではないものの,考えられていたよりもずっと小さかったのだ。さまざまな状況での振る舞いの一貫性を立証できなかった研究者たちは,自分たちが失敗したのは,不完全で信頼性に欠ける方法を使ったせいだとした。だが,人間の特徴が持つ性質と一貫性についての彼らの推定が間違っており,問題はそこにあるのではないかと私は思い始めた。
 議論は続いたが,個人の行動の全般的一貫性は,一般にあまりに弱すぎて,ある種類の状況での振る舞いをもとにして,その人が別の種類の状況でどう振る舞うかを正確に予測する目的では役に立たないという事実に変わりはなかった。行動は状況次第で変わるのだ。高度に発達した自制のスキルも,ある状況である誘惑に対しては発揮されるだろうが,別の状況ではそうはいかない——転落した有名人が繰り返し私たちに思い出させてくれるように。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.213-214

自制のスキル

自制のスキルが使われるかどうかは数々の事柄を考慮した上で決まるが,状況と予想される結果や,動機づけと目標,誘惑の強さを私たちがどう認識するかがとりわけ重要だ。そんなことは当たり前に思えるかもしれないが,私がここでそれを強調するのは,この点について誤解が生じやすいからだ。これまで,意志の力は「スキル」とは何か別のものだと考えられてきたが,それは間違っている。なぜなら,意志の力は長期にわたって一貫して揮われるとはかぎらないからだ。あらゆるスキルに言えるように,自制のスキルも,私たちにそれを使う意欲があるときだけに使われる。このスキル自体は不変で安定しているが,動機づけが変われば行動も変わってくるのだ。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.210

拒絶感受性

2008年に再びオズレムが筆頭執筆者として同じチームで行なった関連の研究では,高RS(拒絶感受性)の人は,境界性人格障害の特徴を併せて示すことが多かった。この障害を持っている人は,些細な意見の相違を大げさに捉え,個人攻撃と見なし,他人ばかりでなく自分に対しても有害な反応を見せやすくなる。そして,ここが肝心なのだが,高RSでも自制能力も高い人はそうした影響を免れており,対人関係を維持できた。この傾向は,スタンフォード大学の未就学児の追跡調査と,新たな2つのサンプル(カリフォルニア州バークリーの,大学生のサンプルと成人のサンプル)の両方で見られた。全体として,高RSだが自制スキルが優れている人は,低RSの人に劣らず,人生で物事にうまく対処できていた。優れた自制スキルを持った高RSの人は,対人関係でストレスを受けたり,相手から拒絶されたりする可能性に直面しても,自制スキルを活用してホットで衝動的な最初の反応を「冷却」することができ,それによって自分を抑え,激怒して攻撃的になって人間関係を台無しにするのを免れられた。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.180

自分が不得手なものを研究する

カール・ユングは,人は自分が不得手とするものを研究すると言ったそうだ。この警句は実に頻繁に私に当てはまる。自分が自制のお手本だなどと言うのはお笑い草だ——それにはほど遠いが,タバコを吸いたいという渇望との闘いでは勝利を収めた。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.152

成功できる見通し

この結果からは,成功の見通しを物事全般で持ちづらい子どもたちは,課題にすでに失敗したかのように取り組み始めることも分かった。だが,そういう子どもも,現に首尾良く課題を成し遂げたときには,ポジティブな反応を見せ,この新たな成功体験のおかげで,将来の成功への期待がおおいに高まった。成功するだろう,あるいは失敗するだろうという一般的に見通しは,私たちが新しい課題にどう取り組むかに重大な影響を与える。一方,具体的な見通しは,自分が本当に成功できるのかがわかったときには,変わりうる。これが意味するところは明白で,一般に楽観主義者は悲観主義者よりもうまくやっているが,悲観主義者でさえ,成功できるとわかったときには期待を高めるのだ。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.136

楽観主義

楽観とは,最良の結果を予測する傾向をいう。心理学者は,人が自分の将来に対して好都合な見通しを持つというふうに定義する。それは,本人が本当に起こると信じている(ただの希望というより確信に近い)見通しで,「できると思う!」というマインドセットと密接に結びついている。楽観のもたらすポジティブな結果は目も眩むほどすばらしく,研究による十分な裏づけがなければ,とうてい信じられないほどだ。たとえば,シェリー・テイラーとその共同研究者たちは,楽観主義者のほうがストレスに効果的に対処し,その不都合な影響を受けにくいことを示した。楽観主義者は,楽観の度合いが小さい人と比べると,自分の健康と将来の幸せを守るために多くの手を打ち,全般に,より健康な状態を保ち,鬱になりにくい。心理学者のチャールズ・カーヴァーとその共同研究者たちは,楽観主義者が冠状動脈バイパス手術を受けると,悲観主義者よりも早く回復することを突き止めた。楽観主義者の恩恵については,例を挙げればきりがない。ようするに楽観は,適度に現実に即しているかぎり,望んでしかるべき恵みなのだ。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.131-132

マインドセット

自分の知能や,周りの世界をコントロールする能力,社交性,その他の特徴は,生まれたときから逃れようのないもの,あるいは恵まれているものではなく,鍛えたり発達させたりできる筋肉や認知的スキルのように柔軟性を持っていると,幼いころから考える子どももいる。ドゥエックはそういう子どもを「拡張的知能観」の持ち主と呼ぶ。一方,自分の能力(賢いか愚かか,良いか悪いか,強力か無力か)を,自分には変えられない,生まれてこのかた固定された水準に凍りついているものと見なすのが,「固定的知能観」の持ち主だ。幸い,ドゥエックの研究は,こうしたマインドセットの重要性を示すだけにとどまらず,これらのマインドセットには変化の余地があることを明らかにし,マインドセットを考え直したり修正したりするための多くの方法を説明している。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.128

実行機能

計画立案,問題解決,柔軟な思考を可能にしてくれる実行機能は,言語を使った論理的思考や学業での成功に欠かせない。実行機能がよく発達している子どもは,目標を追求するときに,衝動的な反応を抑え込み,指示を念頭にとどめ,注意をコントロールできる。こういう子どもが,実行機能が未熟な同輩よりも,未就学段階で算数や言語,識字のテストで良い成績を収めるのは,驚くまでもない。
 実行機能が発達するのに歩調を合わせるように,こうしたスキルを可能にする脳の領域(おもに前頭皮質にある)も発達する。マイケル・ポズナーとメアリー・ロスバートが2006年に示したように,実行機能にかかわる神経回路は,発育中の子どものホットシステムにおいて,ストレスや脅威への反応を調整する,より原始的な脳構造と密接に相互接続している。これらの緊密な神経の相互接続があるため,脅威やストレスに長期的にさらされると,しっかりした実行機能が発達する妨げとなる。ホットシステムが主導権を握ると,クールシステムに支障が出て,子どももうまく機能できない。だが逆に,実行機能が順調に発達すると,ネガティブな情動を調整したり,ストレスを和らげたりしやすくなる。

ウォルター・ミシェル 柴田裕之(訳) (2015). マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 早川書房 pp.121-122

bitFlyer ビットコインを始めるなら安心・安全な取引所で

Copyright ©  -- I'm Standing on the Shoulders of Giants. --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]