『新科学対話』はイタリアから密輸出され,オランダの出版社ルイス・エルゼビアによって印刷されたが,この会社は今でも存在しており,私の科学論文もいくつかそこから出版されている。エルゼビアは異端審問所に助言を求めており,ガリレオの著述はイタリアでも他の国でも出版が禁止されていると知らされていたのだから,たいへんな危険を冒したのだった。しかし彼は報われた。この本はベストセラーとなり,ヨーロッパの科学界にこれまで知られていなかった法則とその実際的な応用法をもたらし,センセーションを巻き起こしたのだった。この本には物質構造の強度について論じたスケーリング法則の最初の記述が含まれているが,これらの法則は現代の建築学や工学の実地の基礎を形づくるものである。しかしガリレオは建物や骨ばかりにかかずりあっていたのではない。彼は『新科学対話』でまた,一定の速度で運動している物体は,たとえそれを押したり引いたりしなくても,運動をつづけることを証明し,アリストテレス的なアイデアを一撃で粉砕してニュートンの運動の第一法則の基礎を用意したのだった。といっても今日ですら,すべての人がその観念を理解しているわけではない。私は前に専門家の一群が重い台車で運ぶのに苦労したことを話した。同じ観念に苦労したもう1人の専門家が弾道学のエキスパート,エドワード・J・チャーチルで,1903年に有名なモウト農場殺人事件の裁判で証言したことがあった。被害者はごく近くから頭を撃たれたに違いない,とチャーチルは断定的に述べた。頭蓋骨の孔は周辺がぐちゃぐちゃになっているが,もし弾丸が離れたところから発射されたのならば,傷口はきれいな丸い孔になっていたはずだ。なぜなら銃身を離れてから大きな速度を得るまでに時間を要したであろうからだ!アリストテレスはチャーチルを知って誇らしく思っただろうが,どうやらチャーチルはガリレオについて聞いたことがなかったらしい。ボールがバットを離れた後,グラウンドをつっ切るあいだに「スピードアップ」すると語る現代のクリケット評論家もそうだ。実際,最近の調査によれば,30パーセントそこらの人は今でもガリレオの原理をしっかり把握していないのである。
レン・フィッシャー 林 一(訳) (2009). 魂の重さは何グラム?—科学を揺るがした7つの実験— 新潮社 pp.65-66
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