I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「生物学」の記事一覧

生存能力

 遺伝子型テキストの表現型上の意味としてみれば,生存能力とは,複雑な物語の単純な寓意(教訓)のようなもの,あるいは冷酷なほど単刀直入な裁判所の判決のようなものだ。すなわちすべての不可欠バイオマス分子をつくることができなければ,判決は死刑であり,即座に執行される。不可欠分子を合成する能力を損なうような突然変異をもつ生物個体は,繁殖できる年齢まで生きながらえることができないというだけでなく,生きていくことがまったくできないのである。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 115

代謝という面では

 けれども,多細胞生物の世界のなかで,ヒトは代謝的創造の頂点からはるかに遠い地点にいる。なぜなら,多くの動物が,代謝の他の側面ではヒトを凌駕しているからである。ヒトはビタミンCをつくることができず,朝のコップ一杯のオレンジジュースを飲まなければならないのだが,イヌは自分でつくることができる。私たちは麦やトウモロコシのような草の種子からカロリーを抽出することができるが,ウシは茎に含まれるセルロースを消化することにすぐれている。けれども公正を期すため,そして正当な功績を認めるために言えば,この代謝の軌跡は本当はウシによる新機軸ではなく,微生物による新機軸だ。巨大なセルロース分子を消化が容易なグルコースに変換するのは,4つに分かれたウシの胃のなかにいる細菌なのである。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 107

有性生殖というシャッフル

 自然が新しい代謝のテキストを見つける方法のいくつかは,おなじみのものだ。なぜなら,人のような大型の多細胞動物においては,それらの方法が主流だからである。一つは,有性生殖に付随する変化である。有性生殖というのは染色体をトランプのカードのようにシャッフルし,私たちの子供の一人一人が新しい手札でスタートできるようにするものだ。もう一つは,紫外線や放射線がゲノムに入り込むという偶然の出来事を通じて,あるいは,化学反応の副産物である反応性が強く,そばにあるDNAの化学結合を切断する酸素ラジカルを通じて,DNAの文字配列に自然に生じる突然変異である。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 105-106

組み合わせのイノベーション

 こうした反応の組み合わせは,スフィンゴビウム・クロロフェノリクムに特異的なものだが,反応そのものはそうではない。各反応のそれぞれは,これまでに数千回とまではいわないが,数百回は出現している。そのうち二つは,いくつかの細菌で不必要なアミノ酸のリサイクルを助けており,別の二つは一部の菌類や昆虫がつくりだす有毒分子—たまたまペンタクロロフェノールと類似した分子—を取り除く。目覚まし時計,自転車の空気入れ,塩ビ管からスプリンクラーを組み立てる自動車修理工のように,進化は,スフィンゴビウム・クロロフェノリクムにおいて,他の生物に別々に存在する酵素によって触媒される,いくつかの化学反応の新しい組み合わせをつくりだしたのである。言い換えれば,代謝的なイノベーションは組み合わせによって生じるのだ。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 100-101

ビタミンの生成

 そして,代謝の領域においては,大腸菌やその他多くの微生物が私たちを完膚なきまでに打ち負かすことがわかっている。たとえば,私たちのタンパク質をつくっている20種のアミノ酸のうちで,自分の体でつくれるものは11種しかない。残りの9種は食い物から摂らなければならない。それに加えて,生きていくのに13種のビタミンが必要だが,そのうちの2つ,ビタミンDとB7(ビオチン)しか,自分で合成できない。大腸菌はそのすべてを何もないところからこしらえることができる。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 85

クエン酸回路

 クエン酸回路は,もう一つ別の理由でも魅力的である。それは自分自身をもう一個つくりだすのである。回路が一回りするとき,最初にあった一つの分子を二つに変身させ,それぞれが新しい回路とそのすべての分子を産み落とし,結果的に,四分子をつくりだす,……ということがつづく。科学者はこの性質を自己触媒反応(autocatalysis)と呼んでいるが,これは現在の細胞と原始的なRNA複製因子を同等に定義するためのしゃれた用語である。
 クエン酸回路の自己触媒反応は自身を直接コピーするわけではないし,回路の他の分子をコピーもしない。その代わりに,回路の反応のネットワーク全体を通じて間接的にコピーされるのだ。仮想のRNAレプリカーゼは自己複製分子ではあるかもしれないが,クエン酸回路は化学反応の自己触媒ネットワークなのだ。これは,クエン酸回路の欠点ではなく,生命の特性を定義するのに,RNA複製因子とその遺伝情報は必要ないかもしれないという,もう一つのヒントなのである——生命は遺伝子に先立って存在することができるのだ。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 75-76

生命の増殖

 ひとたび生命が到来すると,それは急速に増殖して,高エネルギー物質の継続的な供給を貪欲に求める分子の大群となる。あらゆる軍事的遠征と同じように,継続的な補給網がなければ,大軍はたちまち崩壊してしまう。そのうえ,安定した食糧供給がなければ,ダーウィン主義的な進化や自然淘汰は機能しない。その力は,何世代もかけて展開され,したがって複製,それも大量の複製を必要とする。加えて,レプリカーゼが兵士と同じように,死んでいくことも厄介の種だ。時間がたつうちに,それらは他の分子とのランダムな衝突を通じて壊れていく。飢餓状態では,コピーをつくれるより早く壊れてしまうだろう。この惑星を征服しようとする生命の作戦行動は,湿ったマッチのように,点火したとたんに立ち消えになってしまうだろう。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 66-67

遺伝子プール

 集団遺伝学の中心的な洞察の一つは,一つの集団(個体群)を個別の生物個体の単なる集まりではなく,遺伝子全体を集めたプールとみなすことである。たとえば,ガの翅の色を決定する遺伝子は,それぞれ明るい翅または暗い翅の原因となる異なったタイプ—専門用語では対立遺伝子(アレル)—をもっていて,それぞれは集団のなかで異なった比率すなわち頻度で生じる。いずれかの時点で,両方のタイプの対立遺伝子が,生物の一つの集団に同数だけ存在していて,なにかの新しい要因—新しい捕食者,あるいは大気汚染の状態の変化—によって暗色の翅をもつガが長生きし,したがってより多くの子をなすことができるようになったと想像してみてほしい。彼らの有利さはかならずしもそれほど大きいものである必要はなく,暗色型の翅をつくる対立遺伝子がわずか1%,雑種第一代で50%から51%に増えるだけで,時間がたつうちに,暗色型の変異が集団のなかでますます大きな比率を占めるようになる。これが自然淘汰の仕組みである。それは対立遺伝子の頻度を変え,やがて,時がたつうちに個体の外見を変えるのだ。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 29

突然変異

 mutation(突然変異)という言葉を取り上げてみると,この言葉は,200年以上も前からすでに,生物の外見に現れたあらゆる劇的な変化に対して用いられていた。だが20世紀の初めに,突然変異という用語が,ある時にはメンデル流の遺伝単位に,ある時には生物体(表現型)に用いられたために,変化の因果関係についての果てしない混乱をもたらすことになった。100年後の私たちは,突然変異が遺伝子型を変化させることを知っている。たとえば,私たちの遠い祖先動物の一部に,オプシンという光感受性タンパク質の青写真を変化させた突然変異のように。こうした遺伝子型の変化は表現型の変化を引き起こすことができ,変化した表現型の一部が,私たちが世界を色付きでみることができる能力のようなイノベーション—新奇で有用な形質—となるのである。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 23

遺伝子型と表現型

 ヨハンセンは,現代生物学にとってさらに重要な二つの言葉についても貢献した。彼は遺伝子型(genotype)という言葉を造語し,表現型(phenotype)と区別した。現代の用語でいえば,遺伝子型は一個体のすべての遺伝子,すべてのDNAを含むのに対して,表現型は,その個体について観察できるその他すべてのこと,大きさ,体色,尾・羽根・あるいは甲羅をもつかどうかといったことを含む。この区別の理解は決定的に重要だ。なぜなら,それは生物が変化するときに結果から原因を言い当てることを可能にするからである。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 23

ジーンとパンゲン

 結果的に,ド・フリースは残念賞しかもらえなかった。彼は,科学においても大衆文化においても重要でありつづけている遺伝子(gene)という言葉を世に出す祖父の役割を果たした。ド・フリースはメンデルが記載した遺伝子粒を「パンゲン(pangenes)」と呼んだのだが,数年後にデンマークの遺伝学者ウィルヘルム・ルドヴィヒ・ヨハンセンは,そこから単純にpanを取って遺伝子(gen)という言葉を作ったのである。
アンドレアス・ワグナー 垂水雄二(訳) (2015). 進化の謎を数学で解く 文藝春秋 pp. 22-23

目が見えないアリのルール

 グンタイアリはほとんど目が見えないが,以前に経路を通ったアリが残したフェロモンをたどること,そして新しい社会的力を使うことで,整った行動をこなすことができる。新しい力は2つある。1つは,基本的な回避則に変更を加えたもので,逆方向に進む2匹のアリが真正面からぶつかったときに,どちらも方向を変えるが,巣から遠ざかっていたアリの方が動きを素早く行うものとする。
 もう1つは,他のアリと遭遇した後も,個々のアリはこれまで進んできた方向に進むという規則だ。コンピュータ・モデルからは,この2つの規則があれば,ほとんど目が見えないアリがそれぞれの経路を作る様子を十分に説明できることが明らかになっている。
レン・フィッシャー 松浦俊輔(訳) (2012). 群れはなぜ同じ方向を目指すのか? 白揚社 pp. 80-81

仮想のアリの最適化

 アリのやり方はこれとは少し違う。アリたちは,正のフィードバック原理を使って精確な近似解を求めるのである。コンピュータ・シミュレーションに登場する仮想昆虫は,16の都市をすべて訪れてから戻ってくるよう指示されたのち,架空の世界に解き放たれる。あらゆる都市は架空の線(「リンク」と呼ばれる)で互いに遺漏なく結ばれていて,各都市間の距離はその線の長さで表されている。
 このシミュレーションが巧妙なのはここからだ。仮想のアリは自分がどれだけ移動したかを覚えていて,巣に帰ってくると,それぞれのリンクに道のり全体の長さに応じた数字をつける。数字がフェロモンの代用というわけだ。各リンクには同じ数字が割り当てられるが,全体の道のりが短くなるほどその数字は大きいものになる。したがって移動をする仮想のアリの数が増えるにつれて,最短距離の道のりに含まれているリンクの数字は加算されていく(フェロモンが濃くなっていく)ことになる。さらに,後から移動するアリがリンクを選ばなければならない場面では,一番大きな数字がつけられたリンクを選ぶようプログラムされているので,数字はさらに増える。
 この後がさらに見事である。そうした数字が,あらかじめ定められた割合で少しずつ減らされていくのである。現実の世界では通りに道に残されたフェロモンは蒸発するので,それに対応させているわけだ。こうして,(使用頻度が低い通り道ではフェロモンが蒸発し,徐々に顧みられなくなるのと同様に)使われないリンクの数字が大きく減っていき,いちばん効率的なリンクが前よりも目立つようになる。ここまでくれば,それほど時間はかからない。蟻コロニー最適化がその任務を果たしたのである。
レン・フィッシャー 松浦俊輔(訳) (2012). 群れはなぜ同じ方向を目指すのか? 白揚社 pp. 62-63

3つの原則

 シミュレーションから明らかになったのは,目標を知っているミツバチが群れをうまく導くためには,他の仲間に自分が事情に通じていることを明かす必要も,売り込む必要もないということだった。目標を知っている固体がほんのわずかでもいれば,しかるべき方向に素早く移動するだけで,他の大多数の何も知らないミツバチの集団を導くことができるのである。そうした誘導はカスケード効果[ドミノ倒しのような波及的な作用のこと]を通じて行われ,それによって,何も知らないミツバチが,近隣の個体が向かう方向を目指すようになる。したがって方向を知っているミツバチがわずかしかいなくても,レイノルズの三つの規則,「回避」,「整列」,「引き寄せ」があれば,そのミツバチが向かう方向に群れ全体が進むことになる。
レン・フィッシャー 松浦俊輔(訳) (2012). 群れはなぜ同じ方向を目指すのか? 白揚社 pp. 50

集団の適応能力

 集団が集合的な適応能力(集団が全体として状況の変化に対応する能力)を得るには,ふつう,非線形的な規則だけでは十分でない。複雑性理論家のジョン・ミラーとスコット・ペイジは,その適応能力について,仏教の八正道をふまえ,おおよそそれに基づいた次の8つの基準を挙げている。
 正見 集団内の個体(複雑性の科学者はそれを行為者[エージェント]と呼ぶ)は,集団内の他の個体や広く世界から情報を受け取り,それを理解しなければならない。
 正思惟 エージェントは,達成したいと思う何らかの目標を持たなければならない。たとえば,魚は食べられるのを避けたいというものでもいいし,人は政治的変化を実現するために集団で行動したいと思うものでもいい。
 正語 エージェントは情報を受け取るだけでなく,送らなければならない。これは必ずしも言葉による必要はない。たとえば,キイロタマホコリカビのような粘菌がグレッグスの状態にあるときは,化学物質によるメッセージを送って通信するし,私たちの脳のニューロンは電気的な刺激をやりとりする。
 正業 エージェントは何らかの形で付近のエージェントの行動に影響を及ぼすことができなければならない。
 正命 エージェントは集団内での自らの行動に対して,行った仕事に対する給与であるとか,仕事をしなかったら辞めさせられるといった罰の恐れなどの,何らかの賞罰を受け取らなければならない。
 正精進 エージェントは,他のエージェントの行動を予測したり,それに対応したりするときに使える戦略を必要とする。
 正念 合理性にはいろいろな種類や水準がある。複雑な社会にいる私たちのエージェントとしての課題は,各人にとって正しい水準の合理性を選んで用いることである。
 正定 複雑性がどう生じるかを理解するには,時として,昔ながらの科学的手法に戻らなければならないことがある。つまり,1つか2つの重要な過程に狙いを定め,一時的に他は無視してみるのである。
レン・フィッシャー 松浦俊輔(訳) (2012). 群れはなぜ同じ方向を目指すのか? 白揚社 pp. 31-32

魚の群れのパターン

 しかし,パートリッジは目眩など気にしてはいられなかった。実験を終えて魚を海に放した後(あるいは食べた後。論文はどちらだったかには触れていない),パートリッジと助手たちは,1万2000コマ以上あるフィルムから魚の相対的な位置を苦労して測定しなくてはならなかったのである。そしてついに,群れをひとまとまりで動かす鍵となる規則を見つけることができた。魚が従っていた規則は次の二つだけだった——正面に見える魚の後を追うこと(それがいれば),そして,横にいる魚と速さをそろえることである。
 群れの複雑な動きの根底には,表れ方は様々であっても,常にこの二つの規則があることは今では知られている。これは,魚の群れが形や方向を変えるときに生じる見事なきらめきや,鳥の群れ,昆虫の群れ,人混みなど,あらゆる群れの動きにあてはまる。だが,こうした集団の動きに見られる複雑性は実際にはどうして生じるのだろう?そこにはどんな作用が関与しているのか?この問いの答えを見つけるには,物理学の世界という,別のよりどころに目を向ける必要がある。
レン・フィッシャー 松浦俊輔(訳) (2012). 群れはなぜ同じ方向を目指すのか? 白揚社 pp. 24

抗生物質と体格

 細菌存在下で育てられ,かつ,低容量の抗生物質を与えられたニワトリは,抗生物質非投与群のニワトリよりも大きく育った。一方,無菌下で飼育されたニワトリは,抗生物質を投与されたニワトリもされなかったニワトリも,成長に違いが見られなかった。驚くべき結果だった。これはニワトリの常在細菌が「成長促進」効果の発揮に必要だということを示している。抗生物質は単独では効果がなかった。この発見は50年以上も前になされていながら,無視され,そして忘れられていたのである。
 要は,5パーセント,10パーセント,15パーセントの家畜の体重(食肉)増を低コストで達成できることに,畜産業が気づいたということである。当然の帰結として,彼らが投入する餌に対して得られる食肉は増えた。製薬会社も,抗生物質を畜産家に売ることで巨額の利益が上がることを発見した。医師にミリグラム単位で抗生物質を売るのと違い,こちらはトン単位での商売である。
マーティン・J・ブレイザー 山本太郎(訳) (2015). 失われてゆく,我々の内なる細菌 みすず書房 pp. 91

ペニシリンの発見

 イギリスの研究者たちは,彼らの努力をイリノイ州ピオリアでの共同研究に向けた。そこでは,ノーザン・リージョナル・リサーチ・ラボラトリーに新設された発酵部門が,カビの代謝(発酵)の活用についての研究を加速させていた。研究スタッフは経験を持っていたし,カビの収集も行われていた。しかしペニシリンを産生する種類の株は少なく,どれも実を結びそうになかった。そこで,彼らの知り合い全員に,土壌やカビの生えた果物,果実,野菜などのサンプルを送ってくれというメッセージを送った。一人の女性が,青カビを持つサンプルを求めて,ピオリアの市場やパン屋,チーズ店を探し回るために雇われた。彼女はその仕事をよくやった。研究者たちは彼女を「カビのメアリー」と呼んだ。しかし結局は,一人の主婦が持ち込んだカビの生えたカンタロープ[メロンの一種]が歴史を変えた。このカビは,1ミリリットルあたりのペニシリン産出量が250単位にも達した。さらにその変異株のひとつは,1ミリリットルあたり5万単位もの産出量を達成した。今日ペニシリンを産出するすべての株は,この1943年のカビの子孫である。
マーティン・J・ブレイザー 山本太郎(訳) (2015). 失われてゆく,我々の内なる細菌 みすず書房 pp. 67

抗生物質とウィルス

 ウイルスは細菌と違って細胞壁を持たないので,ペニシリンのような抗生物質は効果を発揮しない。また,ウイルスのタンパク質合成は宿主のタンパク合成の機構に依存するので,ウイルスのタンパク合成を阻害するためには,宿主タンパク合成も同時に阻害しなくてはならない。ウイルスが人の細胞に寄生すると,風邪やヘルペス,インフルエンザ,他の感染症を起こすが,ウイルスのタンパク合成だけを阻害することはできない。タンパク合成阻害の影響はヒトの身体にも及ぼされる。ヘルペスウイルスに対して用いられるアシクロビルといった薬剤や,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の複製過程を阻害する薬剤のように,ウイルスが細胞に侵入したり細胞から放出されたり,あるいは複製する過程を阻害する薬もある。ウイルスを抑制することはできるが,治療することはできない。一方,抗生物質はほとんどすべての細菌感染を治療できる。
マーティン・J・ブレイザー 山本太郎(訳) (2015). 失われてゆく,我々の内なる細菌 みすず書房 pp. 74-75

麻疹ウィルスが生き残る条件

 麻疹ウィルスが生き残るためには,一週間か二週間に一度は感受性のある人と出会う必要がある。ネズミ講のように,麻疹ウィルスは新しい犠牲者を必要とする。事実,麻疹が持続的に維持されるためには,50万人の人口を必要とする。50万人の人口規模で,出生率3パーセントの場合,毎年約1万5000人の新生児が感受性者として社会に生まれてくる。これで,麻疹ウィルスが維持される。しかし人類が50万人の人口集団を持つようになったのは,1万年ほど前にすぎない。すなわち流行の歴史もそれくらいでしかない。麻疹ウィルスは,動物からヒトへ先史時代に何回も種を超えて感染したのかもしれない。しかし十分な人口がなければ消滅した。
 たとえば北大西洋のフェロー諸島のような島嶼部では,何十年にもわたって麻疹が見られなかった。しかし,1846年に船が感染者を運んでくると,麻疹は一気に広がった。基本的にすべての人が感染する。同じような流行は,船乗りによってウイルスが持ち込まれた18世紀半ばのハワイでも見られた。発熱で灼かれた人は,身体を冷やすために海へ入った。しかし効果はなかった。流行が終息したとき,5人に1人が死亡していた。そしてウイルスは死に絶える。何年も後に,船によってふたたびウイルスが持ち込まれるまで。
マーティン・J・ブレイザー 山本太郎(訳) (2015). 失われてゆく,我々の内なる細菌 みすず書房 pp. 53

bitFlyer ビットコインを始めるなら安心・安全な取引所で

Copyright ©  -- I'm Standing on the Shoulders of Giants. --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS /  /