I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「生物学」の記事一覧

火を使うまでは

 最後に,疑いを挟む余地がない話を。それは,火を自在に操れるようになるまでは,大がかりな狩りをするヒト科はいなかったということだ。繰り返すけれども,人間は肉食動物のような歯も消化器官も持ち合わせていない。解剖学的にも,生理学的にも,肉を消化するのにとくに適していたわけではなく,この問題が解決されるのは調理という技術を手に入れてからだ。人間の腸管は短い。したがって,どんな肉を食べる前にもまずは消化しやすいように火で処理をしなければならなかった(もちろん,加熱処理したからといって,肉食では摂取できない栄養分が口に入るようになるわけではない)。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 314

紳士と悪魔

 初期ヒト科の行動について,そして彼らの行動と現生人類の行動との生物学的つながりについて,たくさんの人類学者や生物学者が学説を展開してきた。けれども,どの説をとっても平均的ヒト像は極端な描き方しかされてこなかったように思われる。いずれの学者も偏った見方をしていて,中間派があまりいない。片方ではジャン=ジャック・ルソーのいう高貴な野蛮人のごとく紳士的に描かれ,もう片方では残忍な悪魔めいた描き方をされている。繰り返すが,中間がほとんどいないのだ!
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 259-260

二足歩行の要因探し

 筆者の考えが正しいとすれば,人類の祖先たちに二足歩行の最初の一歩を踏み出させた,これといった要因探しはしなくていい。最初のヒト科が暮らしていた環境には,二足歩行をすることが有利に働くような,たくさんの要因があった。このことをそのまま受け入れればいい。森の周縁や乾ききったサバンナに生息する霊長類が四足の姿勢を捨てたのは,食物や道具や武器を運ぶ,食事の間は真っすぐに座る,高めの低木から食物を得る,狩りをする,背の高い草越しにより広い視界を得る,体温調節を果たすといった要因のためではなかった。二足歩行という移動様式はすでに定まっている事実だった。そして二足歩行の成功あるいは利点は,単なる副産物だったのだ。多彩な生き物,つまり古代のわが祖先は,まず二足で歩くのに成功して,そのあとにこのような利点や,樹上と地上の両方の生活環境を利用できる能力を手に入れたのだ。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 242-244

見回す能力

 集団生活がもたらす有効な作用の一つに「目視」がある。捕食者を探す個体の数が多いほど,相手から発見される前に相手を発見する確率が高くなるからだ。より多くの目はより多くの捕食者の発見につながる。このように目視に重きを置くことは,霊長類が嗅覚よりも視覚に依存している事実と一致する。
 広い場所をくまなく見回す能力は,人間の能力に深く刻み込まれた特徴の一つでもある。実際の生活でも絵画でも,ある景色を目にすると誰もが心地よいと感じ落ち着きを覚えるのだが,それはなぜだろうか。18世紀ヨーロッパの画家たちは,なだらかな牧草地や丘陵地帯,点在する雑木林を芸術的に表現することで,この至福の境地に至っていた。コーネル大学のニコラス・二カストロは,広々として視界を遮るものがほとんどない土地を人間が好む傾向を調べ,次のように結論した。開けた地形では,捕食者が迫ってきて防御戦略を立てる間がなかったという羽目に陥る前に,捕食者を発見できる。驚いた。なんと,遠くまで広がる自然を見て喜びを覚える感覚が,自分たちを食べようとしている相手を正確に見定めることに関係していたのだ!
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 233-234

人間を食うワニ

 人間を捕食するワニ類の逸話の出所は,ほとんどがインド太平洋だ。なかでもとくに身の毛がよだつ話がある。第二次世界大戦中のこと,イギリス軍がビルマを奪回する軍事作戦にでたため,1000人の日本兵が撤退を余儀なくされた。彼らはビルマ本土とラムリー島との間にあるマングローブの沼地に入り,海軍が送り込んでいたはずの避難船を探した。ところが,イギリス軍の封鎖により日本の海軍艦艇は予定の場所に到着できず,兵士たちは一晩その沼地に閉じ込められることになった。そこに,ワニがやってきた。日本兵はワニのあごで押しつぶされるたびに悲鳴をあげた。封鎖の任についていたイギリス部隊の一人がその叫び声を聞き,こう書き残している。「ワニが回転しながらたてる,鈍い感じの噛みつく音が地獄の不協和音を奏でていた(ワニは水中ですばやく回転して獲物を食べられる大きさになるまで砕く)。こんな音が地上で繰り返されたことはめったにない」。日が昇るころには,恐怖の一夜を語れる生存者はわずか20名しかいなかった。生き残った兵の話では,なかには溺れた者もいたし,撃たれた者もいたかもしれないが,仲間の大半はワニに殺されたという。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 178-179

捕食と人類史

 ヒト科はオオカミに対して,グルジア共和国と北米とではまったく違う体験をしてきている。これは否定できない。とくに170万年前ドマニシで生きていた「豆粒ほどの脳みそ」のヒト科について言えば,彼らは屈強な狩人ではなかったし,草食動物をめぐって土着のオオカミと競合するわけでもなかった。小さなドマニシ・ホミニド氏がオオカミの獲物から少しばかり失敬していたなどという証拠があるとも思えない。ドマニシの小柄なヒト科は被食者然としてふるまい,相手からもそのように見られていた。オオカミは,170万年前のユーラシアでは,「狩られるヒト」の捕食者だったのだ。その証拠に,今日わずかに残っているオオカミの集団が捕食を試みている。オオカミと人間がともにすみ始めてからの期間が短い北アメリカとは違い,ユーラシアでは双方が作用し合って進化を展開する長い期間があった。そのほとんどで,生殺与奪の権はオオカミの方にあったのだ。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 131

人類史とオオカミ

 北アメリカではオオカミが人間を襲うことはまずない。これは複数の専門家筋によって確認されている。情報の不足などではなく,事実に違いない。欧州における最近の状況とは著しく対照的だ。ヨーロッパは赤ずきんちゃんのお話が生まれた地でもある。あの物語は実際に起こった恐ろしい,さほど珍しくもない出来事に基づいているのだ。ヨーロッパ(アジアも)のオオカミが北アメリカのオオカミとこうも違う行動をする理由は,いまだにわかっていない。だがデータからは,オオカミが人間の,とくに子どもの常習的な捕食者だった(そして今なお)ことははっきりとわかる。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 130

脳容量の増加

 環境が変わり,ならわしも変わり,追い込まれた状態になると何が起こるだろう。適応するか死に絶えるか,この二つしか選択肢はない。マレーンは,開けた環境で大型ネコ科動物と対決する必要が生じたためにヒト科系列の適応に弾みがかかった,という考えを提出している。行動だけでなく形態も適応を余儀なくされたのかもしれない。160万年前のこのころまでにホモ・エレクトスは登場し,ホモ・ハビリスは消えてしまっていたようだ。マレーンによれば,大型ネコ科動物に捕食されることによって,進化のうえでは身長と体の大きさと下肢の長さに成長がもたらされた。木に登る能力と引き換えに大股で歩き出すようにもなった。いずれもホモ・エレクトスがもつ特徴だ。またホモ・エレクトスの化石からは,洗練された小型石器のようなそれまでまったくなかった道具の発展につながる,脳容量の著しい増大がはっきりわかる。ホモ・ハビリスで650cc,ホモ・エレクトスになると1000〜1100cc,この著しい脳容量の増加は,気候変動と大型肉食動物による捕食とが絡み合った結果,引き起こされた形態変化だとマレーンは考えている。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 101-102

多様性への疑問

 込み入った茂みのなかに一本の枝がある。なんとか生き残って今なお生存している唯一のヒト科,解剖学的にいうと現生人類につながる枝だ。タッタソールは次のように言う。「人類としてのわれわれの歴史をじっくりと考えるにあたって忘れてはならないのは,われわれは,ゆっくりと途切れることなく一つの方向だけをめざした進展の完全なる結果ではなく,いろいろな枝を広げたこの茂みのなかで単に唯一生き残った小枝にすぎないということだ」。では,込み入ったヒト科の茂みにあった他の枝はどうなってしまったのか?小柄で二足歩行をする霊長類は,おそらく700万〜1000万年にわたって現れては消えていた。なかには,100万年以上勢力をふるったと思われるホモ・エレクトスのように,うまく生き長らえるものもあった。けれども人類の歴史のなかで,あの枝よりもこの枝のほうを主役とすると何者かが指名しているわけではない。なぜ,これほどまでの多様性が過去に存在し,なぜ,それにもかかわらず地球上に現存しているのはただ一種のヒト科だけなのか。これは科学の世界で延々と考え続けられているとても興味深い疑問である。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 29-30

食べられる

 古生物学の証拠からは,ヒト科もヒヒのような霊長類も,古代の捕食者に常習的に食べられていたという推論が裏づけられる。剣歯ネコや剣歯ネコモドキ,ハンティングハイエナ,ブチハイエナ,ヒョウなどが食べた獲物の残骸が遺物群となって残っているが,そのなかから初期ヒト科の一種であるアウストラロピテクスもヒヒも見つかっている。この南アフリカで見つかった化石証拠は,100万〜200万年前の間にヒョウが初期ヒト科とヒヒを大規模に捕食していたという説を後押しする。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 7

エメラルドゴキブリバチ

 実態は,グロテスクではあるがシンプルだ。すなわち,エメラルドゴキブリバチは,自分の子供の餌にするゴキブリに対して,その心をコントロールして,恐れの感覚や運命から逃れようとする意思を奪い取ってしまうのである。ただ,私たちが大きなスクリーンで見る映画とは違って,健全なゴキブリを心のないゾンビに変えるのは,なんらかの治療不能なウイルスではない——毒液である。とはいえ,それはただの毒液ではない。麻薬のように作用する,ゴキブリの脳を標的とした特別な毒液である。
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二(訳) (2017). 毒々生物の奇妙な進化 文藝春秋 pp. 209

毒素の進化速度

 毒素の進化速度がこんなにも速いのは,新しい標的を攻撃するためではない——時間が経っても,毒素が同じ効果を持ちつづけるためなのだ。イモガイ類に見られるように,神経毒は,獲物を捕らえるには抜群の方法である。急速な麻痺によって,獲物の動きを鈍らせることができるからだ。しかし,ある捕食者が,獲物のナトリウムチャネルを閉じる毒液分子を使い始めた瞬間,獲物の側には,ナトリウムチャネルが毒素に反応しなくなるように進化する強い動機が生まれる。ときにはマングースのように,毒素の活性を妨げるには,ほんのわずかな突然変異だけで事足りることもある。
 そのため,毒液動物はつねに,事態の変化に備えて,変化球でもストライクが取れる準備をしておかなければならない。もしくはイモガイ類のように,一時に数百個のボールを投げ,獲物がすべてを打ち返せないようにしておかなければならない。「イモガイ類がしていることは,併用薬物療法のようなものだ」と,トトは説明する。「彼らは一つの薬物だけを使うことはしない。つねに複数の化合物を使うんだ」。
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二(訳) (2017). 毒々生物の奇妙な進化 文藝春秋 pp. 204

遺伝子変異の頻度の変化

 私たちは進化を,表に現れる影響として捉えがちだ。つまり,それぞれの種を近縁種と区別させるような,形質や行動の違いとしてである。しかし,進化とは身体的な差異ではなく,遺伝的変化の尺度である。一つの種内でも,各個体が互いに非常に異なって見えることがあるが,それでも遺伝的構成の面から見ると,そうした個体同士はつながっている。
 およそ1世紀のあいだ,科学者たちは,進化を集団内の遺伝子変異(対立遺伝子と呼ばれる)の頻度の変化と定義してきた。したがって,進化の「速度」は,遺伝子がどれだけ速く突然変異,もしくは重複するかを表している。そして,進化の速度となれば,毒液をもつ巻貝類は,動物界のウサイン・ボルトと言える。なのに,彼らは遅い動物だと考えられてきたのだ!
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二(訳) (2017). 毒々生物の奇妙な進化 文藝春秋 pp. 200-201

神経毒

 もっとも致死的な毒液は,そのほとんど,またすべてが神経毒からなるものである。神経信号のブロックや過剰刺激を通じて,とりわけ横隔膜,胸壁,心臓などの,生死にかかわる筋肉を麻痺させるのだ。それに対して,血液毒の要素の強い毒液は,それほど致死的ではないが,出欠と壊死をもたらすという点ではより残酷である。
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二(訳) (2017). 毒々生物の奇妙な進化 文藝春秋 pp. 162

サシハリアリ

 サシハリアリの指数の高さは,その英名(bullet ant)が,このアリに刺されるのは銃で撃たれるようなものだと示していることを考えれば,驚くに当たらない。刺された人たちによれば,激しい苦痛が3〜4時間続くだけでなく,完全に鎮まるまでには丸1日もかかり,震え,吐き気,発汗などのよくある「副作用」も伴う。そのため,当然のことながらサシハリアリは,私がペルーのアマゾンへ旅行したとき,実物を見て(もちろん安全な距離を隔ててだが),もっとも興奮した動物の一つだった。
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二(訳) (2017). 毒々生物の奇妙な進化 文藝春秋 pp. 97

抗体と寄生虫

 科学者のなかには,こんな説を提唱している人もいる。IgE抗体は,かつて寄生虫との戦いにおいて一定の役割を果たしていた。だが,ピュレル[抗菌用ジェル]やペニシリンに取り囲まれ,無菌状態に近づいている現代生活のなかで,私たちはIgE抗体の敵となるものを排除してしまった。そのため,誤作動したときにしか目にとまらなくなったのだ,と。
 この仮設を裏付ける証拠はいくつかあるものの,この説では,アレルギーはあくまで副作用であって,IgE抗体をつくりだす真の目的ではないとされている。また,ある特定の物質が他の物質よりも強いアレルゲンとなる理由を,この説では説明できない。私たちがもつ,寄生虫からの防衛システムは,花粉や食物,薬,毒液,そして金属を寄生虫と間違えるほど,精度の低いものなのだろうか?
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二(訳) (2017). 毒々生物の奇妙な進化 文藝春秋 pp. 90

生きた製造工場

 今のところ抗毒素は,動物の免疫系を「生きた製造工場」として利用することで生み出される。もっともよく選ばれるのは馬で,それは体が大きく(毒液を注射しても死ぬ可能性が小さく,また血液量が多いため抗体を含む血清が1回で多く採れる),飼育下での繁殖と維持管理が簡単だからである。ヤギとヒツジも頻繁に用いられるが,抗毒素は猫からサメまで,幅広い動物を使ってつくられている。
 動物に抗体をつくらせるためには,慎重に決められた量の毒液とアジュバントを,ワクチンの組成とよく似た割合で注射する。すべてがうまくいけば,動物は大きな副反応もなく免疫反応を開始し,あと数回注射を受けることになる。実際に,何を,どこに,どんな頻度で注射するのかは,抗毒素を製造する会社が厳重に守っている秘密である。研究者たちは,望みの抗体を得るための秘訣を握っているのだ。
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二(訳) (2017). 毒々生物の奇妙な進化 文藝春秋 pp. 70-71

鳥と蚊

 なかには,歓迎すべき変化もあるだろう。実際,鳥類がマラリアで受ける被害は,人類がマラリアで受ける被害よりも,はるかに大きな問題であることがわかってきた。たとえば,最近までハワイの鳥類は寄生虫を怖れる必要などなかったが,そこに蚊が持ち込まれた。それとともに病気も持ち込まれ,いまでは蚊が勢力を伸ばしている標高では,ハワイの固有種は消滅しつつある。蚊は気温の低い高地では生き残ることができないので,標高の高いところに生息している鳥類は,この害虫に刺されずに済んでいる。マウイ島の高山地域とハワイ島だけが,そうした鳥の避難所になっている。
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二(訳) (2017). 毒々生物の奇妙な進化 文藝春秋 pp. 59-60

蚊の毒

 蚊の毒液は,厳密な毒性の尺度でみるとほとんど無害である。同様に,蚊による死亡率は非常に低い。私はこれまで何百回も蚊に刺されてきたが,いまでもまだ生きているし,元気である。蚊に刺されてアレルギーを起こす人もほとんどいないので,その致死性をアナフィラキシーのせいにすることもできない。蚊の毒液が致死的なのは,毒そのものではなく,その中に潜んでいるもののせいなのだ。蚊は,マラリア,デング熱,黄熱病を含む,一連の感染症の媒介者なのである。
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二(訳) (2017). 毒々生物の奇妙な進化 文藝春秋 pp. 57

もっとも致死的

 しかし,この世で最も致死率が高いのは,アンボイナガイ(Connus geograohus)だ。70%という死亡率は,無脊椎動物でずば抜けている。この信じられないような数字は,相手を死に至らしめるスピードに裏打ちされている——一気に麻痺が進行し,数分のうちに死んでしまうのだ。
 死亡率は,その毒液が人間にとってどれほど危険であるかを,他の指標よりも正確に反映してはいるが,だからといって完璧なわけではない。たとえばヘビ類は,それに対する抗毒素が開発されたために,最近では致死的な毒性のランキングではかなり低い順位(少数の例外はあるが)になっている。そして,死亡率による「致死度」の計測は,医療サービスをすぐに受けられるかどうかによって,その数字が大きく変わってしまうという問題点もある。
クリスティー・ウィルコックス 垂水雄二(訳) (2017). 毒々生物の奇妙な進化 文藝春秋 pp. 46

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