I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「社会一般」の記事一覧

認知能力の二極化

「人間はインターネットによって愚かになったのか,それとも知性に磨きがかかっているのか」という問いに対しては,どちらも「イエス」と答えるしかない。インターネットはかつてないほど多くの学びの機会を提供してくれるし,面倒なことを省いてくれる。あらゆることに理解を深めたいと願う人にとっても,努力せずにすめば幸いだと思う人にとっても有益だ。グーテンベルク聖書をじっくり見ることも,コクテンフグの生態を知ることも,紙クリップの発明者を調べることも,望みさえすればインターネットで実現できる。フランス語や美術史の講義を受け,どんなに地味な分野でも関心を共有するコミュニティを探して参加することができる。
 しかし,そこに好奇心が伴っていなければ——もしくは私たちの多くがそうであるように少しばかり怠惰なら——インターネットは猫の写真を楽しんだり,見知らぬ他人と言い争いをしたりするのに使われるだけになる。本当ならじっくりと考え,結論を導き出し,その過程で多くのことを吸収できるような課題でも,インターネットを使えばあっという間に片づけられる。そのせいで,深く問いかけることでしか発揮されない潜在的な能力は阻害されてしまう。好奇心をアウトソーシングするなら,人々はいつの間にか好奇心を発揮する方法を忘れてしまうだろう。
 私たちが直面している事態は知的レベルの低下ではなく,認知能力の二極化だ——好奇心を発揮する人と,そうでない人の格差が生まれている。意欲的に知的冒険に踏み出す人々は,過去に例をみないほど多くの機会を得るだろう。他人から投げかけられた疑問に手早く応答するだけで満足する人々は,自ら問いを発する習慣を失うか,そもそもそんな習慣を身につけることもないまま一生を終えるのだろう。作家のケヴィン・ドラムは容赦なく言う。「インターネットは賢い人間をさらに賢くし,間抜けをさらに間抜けにする」

イアン・レズリー 須川綾子(訳) (2016). 子どもは40000回質問する:あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力 光文社 pp.151-152

白黒はっきり

映画のすばらしい点の1つは,勧善懲悪に代表されるように,白黒がはっきりしていることだ。たとえばスターウォーズ・シリーズでは,ルーク・スカイウォーカーは白い衣装を,ダース・ベイダーは黒い衣装を身に着けている。そして私たちも,こうした思考に走りやすい。善か悪か,天国か地獄か,正直か嘘か,効率的か非効率か,といった具合である。
 だがこのような思考法は,複雑な現実を過度に単純化しがちだ。単純化してしまえば,誤った確信が持てるので心地よいかもしれないが,何事も白黒をはっきりさせようとする姿勢で臨んでいたのでは,現実の複雑な世界の問題に取り組むのは一段とむずかしくなってしまう。ざっと見回しただけでも,有害な食事療法からガンの過剰治療にいたるまで,過渡の単純化に起因する危険性を指摘した文献には事欠かない。意思決定に関する研究では,高い地位の人間ほど複雑な思考法をすることがあきらかにされたが,このことは,複雑な問題に取り組むときには高度な評価・分析手法が役に立つことを示唆している。

ジェフリー・フェファー 村井章子(訳) (2016). 悪いヤツほど出世する 日本経済新聞社 pp.

VUCAワールド

これは軍事戦略に関する文書だったが,私たちがイメージする現在の世界とそれが抱えている問題に,ぴったり一致している。私たちはスピード,分析,対処せねばならないような不確実性の排除を必要とした「問題の世界」から,忍耐,理解,不確実さをもって取り組むことが必要な「ジレンマの世界」へ移行しつつある。この新しい世界が必要としているのは,謙虚さと新たなアプローチなのだ。
 この新しい世界はVUCAワールドと言われているが,これは次の頭文字をとったものだ。

 Volatility (変動性)
 Uncertainty (不確実性)
 Complexity (複雑性)
 Ambiguity (あいまい性)

スティーヴン・マーフィ重松 坂井純子(訳) (2016). スタンフォード大学 マインドフルネス教室 講談社 pp.86-87

パターンの投影

ネットで検索すれば,ほかにも悪魔が写っているとされる9・11の写真をもっとたくさん見ることができる。一部は偽物だが,すべてがそうであるわけではない。またなかには目をぐっと細めなければ顔とわからないものもあれば,フィリップスの写真のようにすぐにそれとわかるものもある。
 この顔が何を意味するかについては諸説ある。あるウェブサイトはこう書く。「憎悪と暴力の行為は悪魔にとってこの上ないスリルなのだ。悪魔たちはニューヨークでなにが起きるかを知っていて,飛行機が突っ込むその瞬間に現れるべく集結した。人がスリルを求めて列車に飛び乗るのと同じだ」。キリスト教徒の陰謀論者テックス・マーズは,この映像を外敵と位置づける。「悪魔に率いられたアラブのテロリストたちが独自の証拠を残し,自分たちの蛮行を世界に知らしめたいと考えるように,悪魔もまたこの写真で自分の仕業だとわかるように高笑いしながら自慢する。「私がやったのだ。私は自分の仕事を誇りに思うぞ!」」しかし,別の著述家はこの事件に上層の敵を見る。「世界貿易センタービルの惨事の写真を見ると,悪魔は現在このビルに住んでいると言っているように思えないだろうか?これらの写真は世界貿易センタービルに隠れていた悪魔が目覚めたように見えはしないか?なぜなら第一,第二,第三世界の債務をつくり出すのは,連邦準備制度,外交問題評議会,そして世界貿易センターなのだ」。
 またこの悪魔の顔に善意の陰謀または少なくとも善意の者の影を見る人もいる。あるウェブサイトはこの映像を「大いに必要とされているアラーの神の命令——イスラム教でテロに訴えることは許されない,と最終的に告げる最高権威が与える最後通牒」と呼ぶ。
 最後に,私好みの解釈がある。この顔は,データにパターンを投影するアポフェニアという現象だというのである。それは,より詳しく言うなら,パターンに意味を付与するパレイドリアだ。このパレイドリアによって,私たちは月に人の影を見るし,「天国への階段」を逆回転すると悪魔の声を聞いたと思い,ロールシャッハ試験を受けるとはからずも自分の無意識が現れたと考える。ネットには見ていて楽しいパレイドリアの例を示す写真が無数にあり,これらの写真では山やパスタ,時計,雲に思いもかけないようなかたちが出現する。

ジェシー・ウォーカー 鍛原多惠子(訳) (2015). パラノイア合衆国:陰謀論で読み解く《アメリカ史》 河出書房新社 pp.418-419

終末論を信じると

歴史家のリチャード・ランデスによれば,人が終末論を信じる心理状態にあると,「万事が息づき,教え,一つのことを指し示すように思われ,すべてが記号論的になる。あらゆることに意味があり,パターンがあるように見える」。9・11後の数か月,こうした心理状態は避けようもなかった。

ジェシー・ウォーカー 鍛原多惠子(訳) (2015). パラノイア合衆国:陰謀論で読み解く《アメリカ史》 河出書房新社 pp.379

真面目な陰謀論・風刺的な陰謀論

真面目な陰謀論と風刺的な陰謀論を区別できない人もいる。クラスナーの悪ふざけや『アイアンマウンテン報告』が実際に陰謀が存在する証拠と誤って解釈されたことはすでに見てきた。同じことはロバート・アントン・ウィルスンにも起きた。彼の小説はありとあらゆる陰謀論に引用され,そもそも彼の皮肉のおもな対象であるキリスト教原理主義の人びとにすら引用される始末だった。「こうした人びとの多くは,私の著作の特定のくだりを文脈なしに引用すればきわめて彼らに都合がいいと気づいた」と彼はあるインタビュアーに話している。「しかし私はまったく気に病んでいない」と彼は付け加えた。「それは絶妙なジョークに思えるからね」

ジェシー・ウォーカー 鍛原多惠子(訳) (2015). パラノイア合衆国:陰謀論で読み解く《アメリカ史》 河出書房新社 pp.322-323

聞こえると思えば

ポップ音楽の制作者のなかには逆再生すると隠されたメッセージが聞こえる音をわざと挿入した人もいたが,そうしたメッセージはたいてい悪魔的ではなく無意味だったり滑稽なものだったりした。たとえば,エレクトリック・ライト・オーケストラの「ファイアー・オン・ハイ」は「音楽は逆方向に再生できるが,時間は逆行できない。逆に回せ,逆に回せ,逆に回せ」という逆再生で聞こえるメッセージで起きるパニックのパロディをつくった。たいていの場合,メッセージとされるものは心が暗示によって雑音にパターンを見つけた結果だった。なにが聞こえるか教えてもらわずに,レッド・ツェッペリンの「天国への階段」を逆回転して聞いても,たぶん奇妙な音以外にはなにも聞こえないだろう。ところが,悪魔的なメッセージが込められていると知ると,「愛するサタン」という言葉が聞こえてくる。そして逆回転した音楽が再生されている状態で,話者の背後にある暗号とされるものを見ていると,「愛する悪魔」だけでなく,「では,私の愛するサタンに乾杯。その小径は私を悲しみに突き落とし,その力たるやサタンそのもの。彼は己とともにある者に666を与える。小さな道具小屋があって,そこで私たちは彼に苦しめられた。悲しきサタン」という,まとまりのない不気味な「ことばのサラダ」を聞いたと思うかもしれない。

ジェシー・ウォーカー 鍛原多惠子(訳) (2015). パラノイア合衆国:陰謀論で読み解く《アメリカ史》 河出書房新社 pp.259-260

善と悪は表裏一体

善意の者がわれわれを導いてくれるという考えはパラノイアの特効薬になる。「私たちは現在極度の恐怖を抱えた文化に生きています」とバーナムは述べた。「9・11後に敷かれた警備体制のばかばかしさを考えるといいでしょう。どのオフィスに行くにも,磁気読取機を通らねばなりません。それで,誰かがヴァージニア州リーズバーグの裁判所を爆弾で吹っ飛ばすとでもいうのでしょうか?ありえません。図書館?正気ですか?」彼女は天使たち,すなわち「私たちの味方であり,わたしたちが想像する以上に私たちにとって良きことが起きるように願っている心霊的な存在」を信じるほうがましだと考えている。
 しかし,善の陰謀と悪の陰謀は表裏一体の関係にある。神聖な運命を希求していると考えているなら,そこにある他の目には見えないもの(その神聖な運命が果たされるのを望まない闇の危険な力)を見ることは難しくはない。清教徒は彼らの町を荒野にある悪魔に魅入られた丘の上に見た。1957年にユリーカ・カレッジで建国の父たちに独立宣言に署名するよう求めた謎の男について話したあと,レーガンは共産主義者の脅威について話しはじめた。「私たちのなかにはこの敵,邪悪な力とハリウッド社会で間近に接した人がいる」と彼は卒業生に語った。「ここで間違わないでもらいたいのだが,これは邪悪な力なのだ。弾丸の音が聞こえないからといって騙されないでほしい。それでも,君たちは命をかけて戦っているのだから」。

ジェシー・ウォーカー 鍛原多惠子(訳) (2015). パラノイア合衆国:陰謀論で読み解く《アメリカ史》 河出書房新社 pp.198-199

動物虐待と暴力

一部の研究者や動物保護団体にとって,動物虐待と対人暴力の結びつき(を主張すること)は,いまや使命感を帯びたこの上ない熱意をもって追い求めるべき,道徳上の”聖戦”のごときだ。しかし,研究者のなかにも,そうした単純な「つながり」説には疑問を抱く人が増えてきている。彼らは,「つながり」説に賛同する人たちとメディアのせいで,人々のあいだで馬鹿げた道徳的パニックがいつまでも続くことを懸念する。「つながり」説を懐疑的に見ている人たちは,動物虐待なんか無視してもかまわないと主張しているわけではない。むしろ彼ら研究者たちは,動物虐待が子どもたちを大人になってからサイコパス(=「反社会性人格障がい」とも呼ばれる)にしてしまうからという理由ではなくて,動物虐待が持つ本来の意味合いを考える必要があるという意味で,重大な問題として扱うべきだと考えている。

ハロルド・ハーツォグ (2011). ぼくらはそれでも肉を食う:人と動物の奇妙な関係 柏書房 pp.44

泡立ちを売る

「泡立ちは大きな報酬です」ブランドマネジャーのシンクレアが言った。「シャンプーは本来,泡立つ必要はないのですが,人々は髪を洗うたびに泡立つことを期待するので,そのための化学薬品を加えています。洗濯洗剤も同様です。練り歯磨きも……いまではもっと泡立つように,すべての企業がラウリル硫酸ナトリウムを加えています。洗浄力は変わらないのですが,口の中が泡だらけになると,気分がいいんです。その泡を期待するようになると,習慣が根づいていくのです」
 習慣を根づかせるのは欲求だ。どうやって欲求を生み出せばいいかがわかれば,新しい習慣を根づかせるのが楽になる。約百年前の真実は,今でも通用している。毎晩,刺激的な感覚を求めて何百万人もの人間が歯を磨く。毎朝,体内を駆け巡るエンドルフィンを求めて,何百万もの人間がジョギングシューズをはく。
 それから帰宅して,キッチンを片づけたり,寝室を整えたりしたあと,一部の人はファブリーズをスプレーするのである。

チャールズ・デュヒッグ 度会圭子(訳) (2013). 習慣の力 The Power of Habit 講談社 pp.96

感覚を売る

ペプソデントが市場を独占するようになると,競合他社の研究員はその理由を見極めようと奮闘した。その結果判明したのは,消費者はペプソデントを使い忘れたとき,口の中がひんやりしないのが物足りなくて,使わなかったことに気づくという点だ。消費者はそのかすかな刺激を期待し,求めたのである。ひりひりしないと,歯がきれいになった気がしないのだ。
 クロード・ホプキンスは美しい歯を売ったわけではない。彼が売ったのは感覚だった。ひりひりするような,ひんやりした感覚を人々が求めるようになったからこそ,つまりその感覚を歯がきれいになったことととらえるようになったからこそ,歯磨きは習慣になったのだった。
 ホプキンスが実際に何を売っていたかに気づくと,同業他社もそれに追随した。20年もたたないうちに,大半の練り歯磨きに,歯肉を刺激する油や化学薬品が含まれるようになり,ペプソデントの売り上げが落ち始めた。今日でも,ほとんどの練り歯磨きには,歯を磨いたあとで口の中をひりひりさせることだけが目的の添加物が含まれている。

チャールズ・デュヒッグ 度会圭子(訳) (2013). 習慣の力 The Power of Habit 講談社 pp.93

ファブリーズの習慣

1998年,ファブリーズが再発売されると,2ヵ月で売り上げは2倍になった。1年もたたないうちに,消費者はこの製品に2億3000万ドル以上を支払った。以来,数十に及ぶ姉妹品(エアフレッシュナー,キャンドル,洗濯洗剤,キッチンスプレー)が生み出され,今ではその年間総売上が10億ドル超と言われている。P&Gはようやく消費者に対し,「ファブリーズは良い香りがするうえに,悪臭を消すこともできる」と宣伝するようになり,スティムソンは昇進し,彼のチームにボーナスが出た。
 欲求という感覚,つまり見た目を整えると同時によい香りにしたいという欲求を生み出して初めて,ファブリーズはヒット商品となった。そして,この欲求こそが,ペプソデントの広告マンであるクロード・ホプキンスが気づくことのなかった,新しい習慣を生むのに不可欠な要素だったのである。

チャールズ・デュヒッグ 度会圭子(訳) (2013). 習慣の力 The Power of Habit 講談社 pp.90

きっかけと報酬

「私はペプソデントで100万ドル稼いだ」ホプキンスはペプソデントが発売された数年後にそう書いている。そのカギは”人間の心理を正しく理解していたこと”だという。それは2つの基本原則にもとづいている。

 1 シンプルでわかりやすいきっかけを見つけること。
 2 具体的な報酬を設定すること。

 この2点をきちんとおさえれば魔法のような効果があると,ホプキンスは受け合っている。その好例がペプソデントだ。きっかけ(歯の膜)と報酬(美しい歯)を打ち出すことで,数百万人が従う生活習慣を生み出した。今日でも,ホプキンスのルールはマーケティングに欠かせない要素であり,数えきれないほど多くの広告キャンペーンの基礎となっている。

チャールズ・デュヒッグ 度会圭子(訳) (2013). 習慣の力 The Power of Habit 講談社 pp.63-64

普遍的優しさの掟

今日の新上流階級は,トインビーにいわせれば間違いなく支配的少数派だが,彼らの行動規範はいい人であれという漠然とした命令でしかない。これを「普遍的優しさの掟」(the code of ecumenical niceness)と呼ぼう。子供たちはおもちゃを取りあうのではなく,仲良く共有し,代わりばんこに使うよう教えられる。つまり”いい子”でなければならない。実際,新上流階級の子供たちはおおむね”いい子”に育つ。だが同時に,子供たちは他人のやり方に口を挟まないようにと教えられている。つまり,性別,人種,性的嗜好,文化的慣行,国籍を問わず,他人のやり方を尊重しなければならない。そこから,「普遍的優しさの掟」に決定的な欠陥が生じる。支配的少数派の行動規範は本来社会の基準になるべきものなのだが,「普遍的優しさの掟」は結局のところ,支配的少数派が選んだ人々——要するに自分たち——にしか及ばない。

チャールズ・マレー 橘 明美(訳) (2013). 階級「断絶」社会アメリカ:新上流と新下流の出現 草思社 pp.418-419

「勤勉」

建国の父たちは「勤勉」という美徳にしばしば言及したが,そのさいには18世紀の表現である「industry」を使っていた。この「industry」は,独立革命のそもそもの原動力となった一連の資質のことを意味している。アメリカの独立革命が起きたのは,ただたんに人々が表現の自由や信仰の自由,「代表なくして課税なし」といった原則を望んだからではない。そこには,自力で成功をつかみ取り,自分と子供たちの暮らしを豊かにすることができてこそ人生だという,アメリカ人の骨身にしみこんだ気負いが働いていたのであり,そうした精神こそが「industry」だった。わたしはなじみのある現代語「industriousness」を使うが,「industry」と同じように,かなり広い概念を念頭に置いている。

チャールズ・マレー 橘 明美(訳) (2013). 階級「断絶」社会アメリカ:新上流と新下流の出現 草思社 pp.195

リベラル派

一般のアメリカ人に比べて新上流階級にはリベラル派が多いと広く考えられているが,それには正当な理由がある。名門校の教授陣が左寄りだという点はすでに具体的に検証されているし,メディア界のエリート・ジャーナリストたちに占めるリベラル派の割合も明らかにされている。映画産業にいたっては調べるまでもなく,トップスターやプロデューサー,ディレクターが公然とリベラリズムを標榜している。

チャールズ・マレー 橘 明美(訳) (2013). 階級「断絶」社会アメリカ:新上流と新下流の出現 草思社 pp.148

新上流階級

では実際のところ,新上流階級の人々は一般のアメリカ人とどこが違うのだろうか。とりあえず見た目の違いを知りたければ,小学校の保護者相談会に顔を出すといい。まず世帯所得が全米の平均レベルにある地区の小学校へ行き,それから有名私立小学校へ行くのである。
 すると,駐車場からして様子が違っている。普通の小学校では駐車している車のおよそ半分が国産だが,有名私立小学校では圧倒的多数が外車である。続いて中に入って父母たちのあいだを歩いてみると,年齢層が違うことに気づくだろう。普通の小学校では母親は20代後半から30代半ばだが,エリート小学校では20代の母親は見かけず,逆に40代が多い。父親の年齢差はもっと大きく,エリート小学校ではかなりの父親が40代で,50代も少し交じっている。さらに上も見かけなくはない。
 もう1つの見た目の違いは体型である。普通の小学校では両親の3分の2が太り気味で,そのまた3分の1は明らかに肥満である(2009年の国立健康統計センターの肥満調査から算出した割合)。一方,有名私立小学校では両親はだいたい痩せていて,肥満はまれである。新上流階級は健康とフィットネスにかなり気を配っているので,スポーツクラブに通って締まった体をしている人が多く,なかにはマラソンに参加したばかりでげっそり,といった人もいるほどである。ほかには毎日1時間ヨガをする,週末にマウンテンバイクに乗る,平日にまめに泳いでいるなど,方法は各人各様だが,いずれにしても新上流階級が一般のアメリカ人より太っていることはまず考えられない。

チャールズ・マレー 橘 明美(訳) (2013). 階級「断絶」社会アメリカ:新上流と新下流の出現 草思社 pp.60-61

不毛

「イスラム国」が凄惨な虐殺を繰り返しているのは事実だ。しかし,「正義」と「邪悪」,「善」と「悪」,「敵」と「味方」という二分法で色分けした場合,その行き着く先はどちらかを殲滅するまで戦うということになりはしないか。不毛の戦いがつづくだけだ。新聞のコラムでこのような書き方をするのは変だという指摘だった。
 電話の向こうの少し興奮した声を,なるほどと思いながら聞いた。

徳山善雄 (2015). 安倍晋三「迷言」録:政権・メディア・世論の攻防 平凡社 pp.122

歴史展望

ならば,ついでに書ききろう。
 私は国旗や国歌,日の丸や君が代に伝統を感じる人々のことも,いぶかしく思っている。あんなものは,東京が首都になってからうかびあがった,新出来の象徴でしかありえない。嵯峨が副都心だった平安鎌倉時代には,まだできていなかった。そこに,たいした伝統はないんじゃあないかと,彼らには問いただしたくなってくる。
 どうして,近ごろの政権は,ああいうものを国民におしつけたがるのだろう。東京政府が,近代化の途上でひねりだした印ばかりをふりかざすのは,なぜなのか。明治政府ができる前の象徴には値打ちがない。そう言わんばかりのかまえを見せる現政権に,私は鼻白む。
 もちろん,京都の文化からも,国民へ強制する要素をえらべと言いたいわけではない。嵯峨の文化項目を,私が国家的な象徴にしたがっていると,誤解をされるのはこまる。私は故郷の嵯峨を,こよなく愛している。そして,愛する嵯峨の何かが人々におしつけられ,怨嗟の的になるのは,たえられない。
 何かで国民をしばろうとする姿勢じたいに,私は違和感をおぼえる。それが何であれ,うとましく思う。そして,強制の対象が東京時代の産物でしめられる点には,べつの意味であきれてきた。けっきょく,現政権の歴史展望は,明治より前にとどかないのかと,がっかりする。

井上章一 (2015). 京都ぎらい 朝日新聞出版 pp.209-211

金閣寺と銀閣寺の言い値

庭園を案内する本なのに,有名な寺の庭を紹介するところだけ,写真がない。たいていの庭を写真でしめしながら「金銀」級の庭だけは,イラストであしらっている。そういう本を見るたびに,私はあわれをもよおしてきた。
 ——ああ,「金銀」の言い値が,この出版社にははらえんかったんや。経費はおさえなあかんし,苦肉の策でイラストにしてしたんやろな。写真がらみの出費がイラストレーターへの謝金より,高うつく寺もあるということや……。
 四大寺あたりへの志納金は,噂のとおり高いのだろうと,私が想像するゆえんである。

井上章一 (2015). 京都ぎらい 朝日新聞出版 pp.109

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